第72話 どうやら大丈夫そうだ
「センはご飯を作るのが上手いにゃ。こんな山奥に暮らしているのはもったいないにゃ」
「さっきも言ったがここは街外れだ。山奥には違いないかもしれないが」
「そうなのかにゃ?」
ニャルサーナルは何度かミルク粥をお替りしてようやく満足したらしく、ベッドの上で寛いでいる。
しかし、まだ体は衰弱しているようで上手く力が入っていなようにセンには見えた。
「因みに、ここはシアレンの街。おそらくお前が目指していたダンジョンの街だ」
「そうなのにゃ?流石ニャルにゃ、意識朦朧としながらもしっかり目的地に着いているなんて超凄いのにゃ」
「……死にかけているみたいだがな」
(面倒を見る必要は無いと思うが……夜が明けてからハーケル殿を呼びに行って診察してもらうか。放り出して野垂れ死んでいたら流石に気分が悪いしな)
「……そういえば上手く体が動かないにゃ。縛られているせいだと思っていたけど違ったかにゃ?」
「どのくらいの間食ってなかったのか知らないが、そのせいだろ」
「……意識したら……すんごい怠くなって来たにゃ……」
ニャルサーナルの瞼が落ちてきている。腹が膨れたこともあり、今度は眠気が襲って来ているらしい。
「休むといい」
「……こんな美少女が同じ家に寝てても……大丈夫かにゃ?……欲情して……襲い掛かってこないかにゃ?」
「絶対にないから安心しろ。サルを襲う趣味はない」
「体が……動く様になったら……ぶっころす……にゃ……」
最後までろくでもないことを言いながら眠りに就くニャルサーナル。
それを見届けた後、センは腰を上げた。
「すみません、どちらか御一人この部屋で彼女を見張っておいて貰えますか?もう御一方は私と一緒にサリエナ殿の所へ、少し遅くなりましたが、まだお休みになってはいないですかね?」
「奥様はまだ休まれていないかと。一足先に戻って馬車を回しましょうか?」
「いえ、歩いて向かいます。夜も遅いですし、少しでも早い方が良いでしょう」
「畏まりました。では私がご案内いたします。ここは頼む」
「了解」
ニャルサーナルの寝息が聞こえる中、小声で打ち合わせをしたセンは警備兵と共に急ぎエミリ邸へと向かい事情を説明した。
「……外傷もないし、特に病に侵されている感じもありませんね。栄養不足と極度の疲労と言った感じですが……結構こちらは酷い状態ですね。暫くは麦粥にいくつかの薬草足して食べさせると良いでしょう。薬草に関しては後で用意しておきますので昼頃に回収してください。それと……こちらを一日一本飲ませてあげて下さい。体力回復用のポーションです」
診察を終えたハーケルが、リビングにやって来てセンに診断結果を伝える。
昨夜事情をサリエナに説明し、暫くの間警備兵を家に派遣してもらう事を頼んだセンは、朝になるのを待ってストリクの街にハーケルを呼びに行った。
診断結果は前述の通りで、とりあえず大事無さそうという事が判明したのでハーケルをストリクに送った後、子供達も家に戻ることが出来るだろう。
「ありがとうございます、ハーケル殿。遠いところわざわざ来ていただき本当に感謝します」
「ふふっ、遠いと言っても移動に大した時間はかかっていませんよ?それにいつか来てみたかったシアレンの街に来られたのですから、私としては儲けものといった所です」
そう言っていつものように微笑むハーケルにセンは軽く頭を下げた。
「ハーケル殿はもう少しシアレンの街を見て回りますか?」
「そうしたいのは山々ですが……今日は衛兵詰所への納品があるので、長居は出来そうにありませんね」
「忙しい所申し訳ありません。また今度時間がある時に街を案内させて貰います」
「えぇ、その時を楽しみにしておきます」
その後いくつか言葉を交わした後、センはハーケルをストリクの街に送り返し、すぐに子供たちをエミリの店に迎えに行った。
昨夜のうちに問題ない事は伝えてあり、念の為ニャルサーナルが病気だった時の事を考えエミリ邸に一泊させてもらったのだが、今日も朝からエミリの店で働いている三人はエミリ邸からの方が出勤はしやすかった事だろう。
(うちからだと歩いて三十分くらいかかるからな。エミリさんの所からなら馬車で移動だろうし、そんなに時間はかからない筈だ)
センはゆっくりと街を歩いていく。朝早くという時間帯ではないが、昼と言うほどでもない。
(既に店は開いているだろうし、店が昨日みたいな状況であればとてもじゃないけど迎えに行くのは無理だな。というか、高確率で昨日と同じ状況だと思うが)
そんなことを考えながら、たっぷり一時間ほどかけてセンはエミリの店へとやって来た。しかし、案の定と言うか当然というか……エミリの店は大盛況でやはり通りに溢れるくらいの人だかりが出来ていた。
「今日も順風満帆と言った感じだが……ラーニャ達に会うのは無理だな。店に入れたとしても邪魔にしかならん。今日もどこかで時間を潰すか……」
ぼやきながら振り返ると、見覚えのある人物がこちらを見ていることに気付いた。
「おはようございます、センさん」
「クリス殿、おはようございます」
「良くお会いしますね。今日は……もしかしてあの店に?」
「えぇ、そのつもりだったのですが……あまりの人出に途方に暮れていた所でして」
センが眉尻を下げながら言うとクリスは朗らかに笑いながら口を開く。
「昨日も今日に負けず劣らずと言った感じでしたよ。他所から仕入れた商品を販売しているそうですね」
「……そのようですね。クリス殿はまだあの店には?」
「えぇ。まだ話に聞いただけです。興味はあるのですが、あの人出ですからね……老体では耐えられそうにありません」
そう言って笑うクリスではあったが、センから見てクリスの動きは非常にかくしゃくしていて、おそらくセンよりも肉体的な能力は上なのだろうと思わせる。
「人出が落ち着く前に店の商品が無くなってしまいそうですね」
「そうですなぁ。私も香辛料の類が欲しかったのですが……」
「なるほど……因みにどのような物ですか?」
「大陸中央の方でとれる植物を乾燥させた香辛料があるのですが、少し痺れるような辛みが特徴ですね。小さな丸い実を潰して粉にしたものです」
「痺れるような辛みですか……中々癖のありそうな感じですが、クリス殿は料理をされるのですか?」
「えぇ、辛い料理が好みでして……料理自体は下手の横好きと言った程度ですがね」
(下手の横好きとは言っているけど……なんか物凄く上手そうだよな……雰囲気的にだが。それにしても痺れるような辛みで乾燥させた実を潰したものか……山椒……いや、花椒みたいな感じか?)
「機会があったらクリス殿の料理を食べてみたいですね」
「本当に人様にお出し出来るようなものではありませんよ。以前食べて下さった人はもう二度と食べたくないとおっしゃっていましたしね、ほっほっほ」
「それは……相当辛かったのですか?」
「程よい辛さですよ」
(食べるのは止めておいた方が良さそうだ……辛い物好きの程よいは、普通に人間にとって致死量の可能性が否めない)
クリスの話を聞いたセンは、真っ赤に染まった激辛料理を頭に思い浮かべる。
「……因みにその香辛料の名前は何というのですか?」
「ミランという植物から作る香辛料で、確かそのままミランだったはずです」
「なるほど……もし入荷している様なら取り置きしてもらいましょうか。個人用の香辛料くらいなら何とかなると思います」
「おや?あの商店の方とお知り合いなのですか?」
センの提案にクリスが首を傾げるように尋ねる。
「えぇ、何人か知り合いが働いているので、そのくらいは融通してもらえるかと」
「そうでしたか。しかし、よろしいのでしょうか?」
「えぇ、取り置き程度なら大丈夫だと思いますよ」
「そうですか……ではお言葉に甘えてもいいでしょうか?」
「勿論です、私の名前で取り置いて貰っておきます。在庫があれば明日にでも受け取れるように頼んでおきますが、仕入れていない場合は申し訳ありません……」
「それはセンさんのせいではありませんからお気になさらず。っと、頼みごとをした直後で申し訳ありませんがそろそろ……」
クリスが申し訳なさそうにしながら頭を下げる。その姿を見て思いの外長く立ち話をしてしまったことにセンは気づいた。
「あぁ、すみません、引き留めてしまって。また機会があったらゆっくりとお話しさせてください」
「えぇ、楽しみにしておきます。それでは……」
クリスが通りの向こうへと去っていく姿を見送った後、センはエミリの店に視線を向け……先日と同じくため息をついた後時間を潰すために歩き去った。
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