第71話 猫少女



「あっついにゃ!もっとふーふーするにゃ!」


 後ろ手に縛られた猫耳少女がベッドの上で喚くのを見て、スプーンを手にしたセンは遠い目をしている。


(何故こんな状況になった?いや、俺の記憶が途切れていないのであれば……ほんの数分前までコイツは死にかけていたよな?原因は飢餓らしいという事で食事を与えた。とは言え、いくら弱っていても素性の分からない奴を自由にさせるつもりはなかったので拘束したままだ。作ったミルク粥をもって部屋に入ったらその匂いで目を覚ましたが、手を自由にしていないから俺が食べさせた……)


 魂が抜けた様な表情のまま、センが少女の口元にスプーンを近づけると大きな口を開けて食いつく。その様子は数分前までの衰弱しきった姿とはかけ離れたものだ。


(どす黒かった隈とかこけた頬とか……何処に行ったんだ?いや、食べ始める前までは確かにあったんだが……今はどうみても健康体だ)


「次にゃ!はやく寄越すにゃ!」


「……しっかり噛んでゆっくり食え」


 虚ろな様子ながらも、しっかりと注意を口にしながらスプーンを相手の口元に運ぶセン。そんな注意が聞こえていないのか、勢いよくスプーンに食いつき粥を飲み込んでいく少女は、間違いなく拘束が無ければセンから器を奪って粥をかき込むだろう。


「あっちぃにゃ!もっと冷ませって言ってるにゃろ!?」


(随分元気になったし、もう食わせる必要はないんじゃないか?)


 食べさせてもらっておきながら文句ばかりの相手に辟易としだしたセンだが……少女から視線を外しこの部屋にいる残りの二人に視線を向ける。

 一人はセンのすぐ傍で何があってもすぐに対応できるように控えており、もう一人はドアの前に立っていた。

 しかし、センの視線から逃げる様に二人ともスッと目を逸らす。

 二人ともセンとポジションの変更は拒否するようだ。


(いい加減話を聞くか?……会話にならなそうなタイプだが……)


 センはサイドテーブルにミルク粥の入った器を置いて、少女の方をじっと見る。


「にゃ!まだ足りないにゃ!もっと食わせろにゃ!」


「……」


 更なる食事を要求する少女を感情の見えない目でじっと見つめ、何も言わないセン。その様子に騒がしかった少女も徐々にたじろいだ様子を見せる。


「な、なんにゃ?いくらニャルが可愛いからって、そんなに見つめられてもお前の気持ちには答えられないのにゃ。ごめんにゃ」


 そんな台詞を吐いて頭を下げる少女に対し、一瞬こめかみを引くつかせたセンだったが気を落ち着けて口を開く。


「お前は何者だ?」


「そっちこそ何者にゃ!」


 センはため息を一つつくと再び口を開いた。


「俺はここの家主だ。お前は俺の家の窓を突き破っていきなり飛び込んできた後気絶した。覚えているか?」


「知らんにゃ。そんなことよりニャルを縛ってどうするつもりにゃ!もっと飯食わせろにゃ!」


「……俺の質問にちゃんと答えたら続きをやる。正直に答えたらお替りを持って来てやる。嘘をついたりはぐらかしたりしたら縛ったまま外に放り出す。よく考えて慎重に喋れよ?」


「ちゃんと答えるのもやぶさかではないのにゃ。ん?やさぶか?」


「よし、最初に名前を聞こう」


「名前を聞くときは……」


 そこまで言いかけたところで、センが感情を感じさせない目で自分を見ていることに気付いた少女は、スッと目を逸らして名前を名乗る。


「ニャルサーナル=シャルニャラにゃ」


「……ニャルサーニャル=サルニャラニャ?」


「ニャルサーナル=シャルニャラにゃ!」


「すまん、ニャルサーナル=シャルニャラニャだな?」


「ニャルサーナル=シャルニャラって言ってんにゃろ!?」


「ニャルサーナル=シャルニャラだな?」


「ずっとそう言ってるにゃ!」


 激昂するニャルサーナルを見てなおセンは無表情だったが……内心は家の外に叩きだしたい気持ちでいっぱいだった。


(一回目の間違いはともかく、二回目の間違いは俺のせいじゃないだろ)


 そう思った物の、この手合いと同レベルになってイラついても仕方ないと考え、そのまま受け流す。


「何と呼べば?」


「特別にニャルサーナル=シャルニャラ様でいいにゃ」


「略してサルでいいな」


「ぶっ殺すにゃ!」


 手を縛られているのを忘れ飛び掛かろうとしたニャルサーナルが、前のめりに倒れる。

 体を起こそうと身をよじっているが、手を縛られているせいなのか、それとも思いの外体が衰弱しているのか、もぞもぞと動くだけで体を起こせそうな気配がない。

 流石にそのまま窒息されても困るので、センはニャルサーナルの肩を掴んで体を起こす。


「死ぬかと思ったにゃ、とんでもない拷問を受けたにゃ……」


「人聞きの悪い事を言うな。それで、サル」


「サルって呼ぶにゃ!」


 再び前のめりになるニャルサーナルを助け起こしたセンはため息をつきながら口を開く。


「……シャルニャラでいいか?」


「……特別にニャル様と呼んでもいいにゃ」


「分かった。ニャル、次の質問だが、なんで俺の家に飛び込んできた?」


「……んあー、その件はどうもすみませんでしたにゃ」


 一瞬前とは打って変わって、殊勝な様子でぺこりと頭を下げるニャルサーナル。


「謝罪を受け入れるかどうかは理由次第だ。もう一度聞く、何で家に飛び込んできた?」


「それはあれにゃ……我を忘れてというやつにゃ。物凄くお腹が空いて、いい匂いがしてきて訳分らんちんになったにゃ」


「……なるほど。腹が減って飛び込んできたと……だが、ここは人里離れた山奥と言う訳でもない。街に行けばいくらでも飯くらいくえるだろう?」


「……ここは街なのかにゃ?ニャルはずっと山の中を移動して来たにゃ」


「この街の住人じゃないのか?」


「違うにゃ。ニャルはダンジョンの街を目指して旅をしているにゃ」


「……そうか」


「でもその街は山の中にあるらしく、全然たどり着けないにゃ。もう一月以上山の中を彷徨っているにゃ」


「……」


 ニャルサーナルの話を聞いてセンは難しい表情になっている。センの傍で話を聞いている警備兵や扉の前に立っている警備兵は半笑いだ。


「何故ダンジョンの街に向かっているんだ?」


「ニャルは超優秀な探索者にゃ。他のダンジョンを攻略したから次のダンジョンを目指して移動しているにゃ」


「なるほど……だが、山の中ならそれなりに食べられる物はあったんじゃないか?別に冬の雪山ってわけじゃないんだ」


「ニャルは昔その辺のキノコとか草を食べてとんでもない目にあったにゃ。それ以来ちゃんと作ってもらったご飯以外食べられない体になったにゃ」


「……そうか」


(餓死寸前でも食べないってのは相当だと思うが……まぁ、それはいいか)


「ダンジョンの街を目指して山の中を移動していた所、食べるものが無くなって困っていた。そこに偶々見つけた家に飛び込んでしまった。そういうことだな」


「概ねそんな感じにゃ」


「概ねという事は違う所があるということだな?」


「……」


「……どうした?」


 真剣な表情で黙り込んでしまったニャルサーナルにセンが問いかけると、重い口を開くと言った様子でニャルサーナルが一言呟く。


「そんな感じにゃ」


「……そうか」


(……嘘をついている感じではない。というか……こんなアホっぽいのを刺客として送り込んではこないだろう。これが全て演技だとしたら……いや、こんな目立つやり方をする必要があるとは思えない。俺の懐に潜り込みたいならもう少しまともな対応をするだろう)


 自分を狙って送り込まれた刺客、若しくは盗賊の類を疑っていたセンだったがニャルサーナルの様子に毒気を抜かれていた。


(信用したわけではないが……拘束は解いてもいいか。もう食べさせるのはごめんだしな)


 センは警備兵の二人に了承を取ってからニャルサーナルの拘束を解くことにした。


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