第34話 金と力
「セン様、ありがとうございます。このご恩はとても返しきれるものではありませんが、何かしなければ私の気持ちが収まりそうにありませんわ。何かセン様が欲しておられるものはありませんか?」
ライオネルに解放されたセンだったが、今度はエミリに掴まっていた。
「エミリさん、あまり気にしなくていいですよ。偶々エミリさんを助ける手段を持ち合わせていただけですし……」
「それですわ。私は誘拐されほんの少し前まで悪漢の前に居ました。ですが一瞬にして視界が変わり、次の瞬間私の前にセン様がおられました。あれはどういうことでしょうか?」
「エミリ、セン殿がお前を助けてくれたことは口外禁止だ」
ライオネルが少し厳しい表情をしながらエミリに言うと、一瞬首を傾げるようにしたエミリだったがすぐに頷きセンに頭を下げる。
「不躾な質問をして申し訳ありません、セン様」
「大丈夫ですよ、エミリさん。突然あんなことが起これば疑問に思い訪ねるのは当然です。何が起きたかは気になると思いますが、今はまだ許していただけますか?」
センが笑みを浮かべながらエミリに対して頭を下げると、エミリは少し眉をハの字にしながら笑みを浮かべる。
「はい。出来れば……この件について教えて頂けるときは、セン様から直接お聞かせいただきたいです」
「分かりました。エミリさん、必ず私から説明することをお約束いたします」
センの言葉にエミリが年相応の笑顔で嬉しそうに笑う。
そんなエミリに頷いたセンはライオネルの方に視線を向けた。
「ライオネル殿。当然これで終わりにはしませんよね?」
「勿論です。エミリを怖がらせたお礼は、しっかりと、懇切丁寧にしなくてはなりませんからな」
「えぇ、とても貴重な体験でしたし、是非私からも御礼申し上げたい所です」
笑顔で言う親子を見て若干背筋が冷たくなったセンだったが、聞かなかったことにして話を進める。
「エミリさん、お辛いとは思いますが、いくつか質問させていただけますか?」
「えぇ、構いませんわ。何をお聞きになりたいのですか?」
「エミリさんの攫われた時の状況、攫われた後に連れて行かれた場所、確認出来た犯人の人数と人相を」
(我ながら誘拐された直後の子供にする質問じゃないとは思うが……エミリさんなら何の苦も無く答えそうなんだよな)
センは自分でした質問ながら、とんでもなく人でなしな質問だと思っているが……問われたエミリは事も無げに答える。
「攫われたのは、日課である市場調査をしていた時です。その時付き人もいたのですが……」
「多少怪我を負っておりますが、彼女も無事です。手紙を持たされ解放されたようです」
エミリが心配そうな表情をすると、ライオネルの傍に控えているハウエンが付き人は無事だとエミリに伝える。
「そうですか……後で見舞いたいのですが……」
「エミリ、すまない。それは少し待ってくれ。救出が早すぎて不自然だからな」
ライオネルが謝るとエミリもそれを理解していたように頷き、話を続ける。
「人気のない路地に差し掛かったところで四人の男に囲まれ、私はすぐに意識を失ってしまいました。目が覚めた時には手を拘束されていて……私達を襲った四人とは別の人物が私を見下ろしていました。意識がなかったので場所は分かりませんが、普通の家屋といった感じの場所でしたが……窓がありませんでした。それと犯人の人相ですが……」
犯人の人相をエミリが語り出してすぐ、ラーニャ達三人が反応した。
(もしかしたらと思ったが……ラーニャ達を攫おうとした相手と同一人物のようだな。一度ケリオスに逮捕されているにも拘らずお構いなしか……しかも今回狙ったのは大手商会の令嬢だ。こう言っては何だが……ラーニャ達とは格が違う相手だ。軽い考えで手を出せるような相手ではないだろう。相手が相当な考え無しでもない限り……ケリオスの上司以外にも権力者との繋がりがありそうだな。それに人質に顔を晒している……無事に人質を返すつもりがないことは明白だな)
エミリから聞きたい情報を聞いたセンは、エミリに礼を言った後ライオネルに話しかける。
「ライオネル殿。今回の犯人、私に心当たりがありまして……直接の面識はないのですが、先日ラーニャ達もエミリさんと同じように襲われたのです。その時の犯人の人相がエミリさんの話の人物と一致しています」
「つまり、犯人は誘拐を繰り返しているということですな?」
「はい。しかも性質が悪い事に、私の友人の衛兵が先日犯人と思しき人物達を捕まえたのですが……上司の命令でロクに取り調べもせずに釈放されてしまったそうなのです」
「なんと……衛兵の中にも犯人たちの協力者がいるという事ですか」
本来街の中の治安を守るべき衛兵の体たらくに、ライオネルの顔が歪む。
「そうなると、非常に厄介ですな。王都や大きな都市であればいくらか上層部にも伝手があるのですが……この街にはハーケル殿の勧誘に来ていただけということもあり、そこまで信用のおける相手がいないのです」
(ライオネル殿に伝手があれば話は早いと思っていたのだが……まぁ、そう上手くはいかないか。なら元々ケリオスと進めていたプランの方で行くしかない)
「ライオネル殿。実は犯人を捕まえるために進めている計画があります……ですが、ライオネル殿が私刑をお望みであればこの計画は使えませんが」
「その計画は……確実に犯人に繋がる者全てを捕まえることが出来ますかな?」
ライオネルが射貫くような視線でセンの事を見るが、センは少し肩をすくめるようにして答える。
「難しいですね。少なくとも実行犯の四人、それからエミリさんの見たもう一人は必ず捕まえます。それとその者たちの直接の仲間と思われる者も……ただ、私の友人の衛兵は、これを大規模な犯罪組織による犯行だと言っておりまして……その者たちが末端の者であり、より上位の犯罪組織があった場合、上位組織の者まで捕まえると言うのは難しいかもしれません」
「ふむ……」
「私自身、犯罪組織を殲滅するつもりはありません。ただ誘拐に関わった者たちには相応の罰を与えたいと言うだけです。如何でしょうか?」
センは自分の狙いを包み隠さずに伝える。センの計画では犯罪組織を捕まえるのはあくまで衛兵だ。ライオネルが私刑を望むのであれば計画自体受け入れては貰えないだろう。
そしてセンにとってはライオネルの私刑でも衛兵による逮捕でもどちらでも構わない。ラーニャ達を危険な目に合わせた連中に落とし前をつけさせ、更にその者たちの背後関係を知りたいだけである。その二つの目的さえ達成できるのであれば過程は問わない。
「そうですな……関わりのある犯罪組織全てを潰すのは現実的ではありませんし……分かりました、セン殿の計画でしたら手抜かりはないでしょうし、実行犯が捕まるのでしたら文句はありません。私は少し融通を聞かせてもらえるように、この街の上層部と仲良くしておきますが……何か手伝う事はありますか?」
堂々と賄賂をばら撒いてくると宣言しているライオネル。犯人と衛兵の繋がりから、権力者との繋がりが必要だと感じたのだろう。流石に親密になるには時間が足りないだろうが、少し融通を聞かせてもらえれば御の字とライオネルは考えている。
そしてその場合……恐らく捕まった後の犯人達の未来は、あまりいい物とは言えないだろう。
改めてセンはこの世界の恐ろしさを感じ取り、気を引き締める。
「えぇ、実はエミリさんの件が無かったとしてもライオネル殿に一つ頼もうと思っていたことがありまして……物件を一つ用意して貰いたいのです」
「物件ですか?……どのような計画を立てていらっしゃるのか……少し楽しみになってきましたな。いや、勿論エミリを攫った者たちへの怒りは欠片も忘れておりませんがな!」
いつもよりもやや獰猛な笑みを浮かべるライオネル。
そんなライオネルの様子に苦笑しつつセンが口を開く。
「計画については、今度協力してくれている友人も交えて説明させていただきますよ。相手にとっては身も蓋もなく、そして抗いようのない逮捕劇になる予定です」
「やはり楽しみですな」
センとライオネルがほくそ笑んでいる様を見てエミリが小声でつぶやく。
「お父様だけズルいです……私も参加したかったですわ」
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