第33話 恐るべき子
ハウエンのただ事では無さそうな声音に、ライオネルの顔が強張り視線をセンの方に向ける。
「どうやらただならぬ様子ですし、私は構いません。退出しましょう」
「いえ、それには及びません。セン殿はそちらに居て下さい。ハウエン、入りなさい」
ライオネルの言葉が終わるとほぼ同時に扉が開かれ、険しい表情のハウエンが小走りにライオネルの元へと駆け寄る。
センにとってハウエンは半月ほどの付き合いだが、常に執事然とした彼がそのような様子を見せると言うのは余程の事だと感じていた。
「旦那様……エミリお嬢様が……こちらを……」
ライオネルに耳打ちするハウエンの声が所々センの耳に届いてくる。
耳打ちされたライオネルが目を見開く。
(エミリさんに何かあったようだが……流石に内容は聞こえないな)
センはなるべくライオネル達の方を見ない様にしていたが、子供たちは最近仲良くしているエミリの名が聞こえた事で心配そうにライオネル達の方を見ている。
しかし子供達のそんな視線には気づかず、怒りの形相を見せたライオネルがハウエンから受け取った紙に視線を落とし、紙を握りつぶす。
「こんな……馬鹿な……いや、すぐに金を用意だ。金で解決出来るなら……」
「お待ちください、旦那様!相手の要求を聞いたからと、お嬢様が無事に解放されるとは……」
声を我慢できなくなった二人の声がはっきりとセン達に聞こえてくる。
(なるほど……ハウエンさんの言葉を聞く限り……エミリさんが誘拐されたってところか?)
センは横に座る子供達に視線を向ける。
三人とも心配そうに、そして何かを訴える様にセンの事を見つめている。
(三人ともエミリさんと仲良くしているしな。まぁ、ここでエミリさんを救わないと言う選択肢はない)
三人に軽く笑顔を向けた後、センは立ち上がり剣呑な雰囲気で言い合うライオネル達の元に近づく。
「どうしろというのだ!恐らくこの屋敷は監視されている!余計な動きをすればエミリの身に危険が及ぶかもしれぬだろう!?」
「旦那様のおっしゃる通りです!ですが、お嬢様の安全を第一とするのならば慎重に動くべきです!せめて身代金の引き渡しの場にお嬢様を連れてくるように伝えるとか……」
「相手に要求を伝える方法がないだろうが!この金の引き渡し方法では直接交渉する機会すらない!」
慎重に事を進めるべきだと主張するハウエンと、方法がないと憤るライオネル……その二人を落ち着かせるべく、センは少し声を張って二人に語り掛ける。
「ライオネル殿、それにハウエン殿も。お気持ちは分かりますが、落ち着いてください。それと漏れ聞こえてしまったのですが……エミリさんが誘拐されたのですね?」
センが話しかけるとハウエンがバツの悪そうな顔をする。どうやら周りが見えなくなるくらい慌てていたらしい。
(その状態であってもエミリさんの事を考えて、冷静に行動するべきだと言えるのは凄いな)
センはハウエンの忠誠心の高さに舌を巻きつつ、二人を刺激しない様に語り掛けた。
「……セン殿。おっしゃる通りです。なので、申し訳ありませんが、暫く屋敷の中に居て貰えますかな?今屋敷を出入りされると犯人を刺激しかねない」
苦し気に言うライオネルに対し、センは軽く笑みを浮かべながら口を開く。
「ライオネル殿、水臭いですよ。私はエミリさんの事を良く知っています。お忘れですか?」
センの言葉に目を見開いたライオネルが、ハウエンの方に勢いよく向き直る。
「ハウエン!今すぐ誓え!」
「は、はい!何を誓えばよろしいでしょうか?」
「これからこの部屋で起こる事を誰にも口外しないことだ!」
「はい!ライオネル家執事として、これからこの部屋で起こる事を一切口外しないことを神と亡き妻に誓います」
ハウエンが胸に手を当てながら頭を下げる。それを確認したライオネルはセンの方に向き直り深く頭を下げた。
「セン殿!略式ではありますが、ハウエンは私が最も信頼する者の一人です。どうか許していただきたい!」
「えぇ、ハウエン殿はこの状況を知っているわけですし、ライオネル殿に一番近い人物だ。流石に誤魔化せるものではありませんからね。あの子達と仲良くしてくれているエミリさんには私も感謝していますし、一刻も早く救助するべきでしょう」
そう言ってセンは召喚魔法を起動する。
エミリのパーソナルデータを条件として当てはめ、ひとまず場所の指定はこの街全域にする。
すぐに発動した召喚魔法の条件に一致した少女……エミリがセンの正面に召喚される。
エミリは手を後ろ手に縛られ猿轡を嚙まされていたが、正面にいるセンの事を射殺さんばかりに睨んでいた。
正確には、センが召喚する前にエミリの真正面に居た人物を睨んでいたのだろうが……エミリは自分の目の前に居た人物が突然変わったことに目を丸くした後、素早く左右を見渡し猿轡をされた状態のまま何かをもごもごと言った。
「エミリ!」
「お嬢様!」
姿を現したエミリにライオネルが駆け寄り猿轡を外そうとしているが、慌てていて上手くいかない様だ。
ハウエンは突然現れたエミリの姿に驚きの声を上げ一瞬固まったものの、ライオネルが猿轡を外そうと悪戦苦闘しているのを見て足早に近づき、懐から出したナイフでエミリの猿轡と拘束を一瞬で外した。
「お父様!」
拘束を解かれたエミリがライオネルに抱き着き、ライオネルはその大きな体で包み込むようにエミリを抱きしめる。
その様子を見たセンは、無事にエミリを召喚できたことに胸を撫で下ろしながら笑みを浮かべる。
(エミリさんは凄いな。本当に九歳なのか?誘拐され拘束されて……その状態で泣きもせずに相手をあんな目で相手を睨めるか?胆力というか負けん気というか……元々凄い子だとは思っていたが、想像以上にとんでもない女の子だな)
エミリの評価を更に上げながら、センはソファにいる三人の元へと移動する。
「無事だったとは言え、凄く怖い思いをしたはずだ。皆もエミリさんの傍にいってあげるといい……まぁ、ライオネル殿がエミリさんを離してからな」
センはそう言ってライオネル達の方を見るが……ライオネルに抱きしめられているエミリが、ライオネルの二の腕を結構な勢いでパンパン叩いている。その様子に三人が先程までとは違った感じで心配そうな表情になる。
(ライオネル殿……エミリさんが窒息する前に解放してあげた方が良いと思いますよ?)
そう思いはしたものの、センは口出しをせずにライオネル達の傍に控えているハウエンに視線でエミリの危機を教えた。
センの視線に気づいたハウエンは、慌ててライオネルとエミリを引き離し事なきを得たが……ライオネルは若干不満そうだ。
しかしセンがその様子に苦笑していることに気付いたライオネルは、慌ててソファの近くにいたセンの元に移動してくる。
「セン殿!この度は本当に……本当にありがとうございます!本当に、本当に……」
センの両手をがっしりと掴んだまま、その巨躯を折り曲げる様に頭を下げるライオネルが言葉を詰まらせながらも礼を言い続ける。
エミリはライオネルから解放された直後、今度はラーニャ達に囲まれていたが……センに頭を下げ続けるライオネルを見て、自分を助け出してくれたのがセンであることに気付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます