第17話 魔物の強さ
「あれ?じーさんいないのか?」
センとハーケルの商談に一区切りつくのを狙っていたかのように、店の方から声が聞こえて来た。
「おっと、すみません、セン殿。客が来たようですので」
「長居してしまってすみません。今日の所は一度お暇させて頂きますね。素材については明日、いくらか持ち込ませていただきます」
「ありがとうございます。品薄が続いているので本当に助かります。ケリオス!裏にいるから少し待ってもらえますか?」
ハーケルが店の方に声を掛けた後、センへと向き直る。
「セン殿。もし良ければ彼を紹介させてもらえませんか?この街の衛兵をやっている者で、気の良い若者です。何か揉め事があった際に彼を頼れば、悪いようにはしないでしょう。あ、勿論セン殿に非が無い場合に限りますがね?」
そう言って悪戯っぽく笑うハーケル。
「ははっ、それは怖いですね。ですがお言葉に甘えさせてもらっていいですか?是非とも紹介して頂きたい」
「それは良かった。それではこちらへ。」
ハーケルはそう言うと、セン達を先導して店の方へと移動していく。
センとしては金銭と同じか、それ以上に大事な物が人脈だ。
金銭的な面で言えば、ハーケルとの取引はセンにとって取っ掛かりといったところだ。
取っ掛かりとはいえ、その稼ぎはこの世界の一般的な労働者と比べ、既に比較にならないレベル……昨日稼いだ金貨四枚だけで既に一般人の数か月分の月収に迫るのだ。
個人的な強さを手に入れる事の出来ないセンは、迫る危機に対して組織的な強さで立ち向かおうとしている。
それは、世界を束ねることが出来なければ危機に抗えないと言った女性の言葉を信じてという事ではないが、現実的に考えてセンには戦闘能力の高い人物や権力者とのコネづくり、そして彼らへの支援くらいしか出来る事は無いとセンは考えている。
勿論個人が稼ぐことのできる金額で、世界規模の戦いを支えられるほどの経済支援は出来ないだろうが、召喚魔法を使えば物資の運搬等のコストやそれにかかる時間を軽減することが出来るはず……勿論それが全てではないが、危機が訪れた時はまずそのように動こうとセンは考えていた。戦費というものは馬鹿にならないものなのだから。
「申し訳ありません、ケリオス。待たせてしまいまして」
「いや、無理を言ってポーションを用意して貰っているのはこちらだからな。昨日は本当に助かった」
「うむうむ。あのやんちゃだった子が立派なことを言う様になるのは、感慨深いものがありますね」
「……じーさん、そう言うのはいいから。ところでそちらの方は?」
「あぁ、実はこちらの方が品薄気味の素材を大量に持ち込んでくれまして、そのお陰で今日の分のポーションを作ることが出来たのですよ」
「そうだったのか、そいつは本当に助かった」
ケリオスと呼ばれている兵士はセンに向かって笑いかけながら、両手で包み込むように握手をしてくる。
「いえ、私も商売として持ち込んだだけですから。ですが色々と大変な時に持ち込めて良かったと思います」
「最近色々と薬が入用なことが多くて本当に助かる。俺はケリオス、見ての通り衛兵だ。基本的に南門近くの詰所に詰めているから何か困ったことがあったら訪ねてくれ」
「ありがとうございます、ケリオス殿。私はセンと申します。まだこの街に来たばかりなので色々と教えて頂けると嬉しいです」
センがいつも通りの笑みを浮かべながら挨拶すると、むず痒そうにケリオスが体を揺する。
「そうだったのか。まぁ職業柄この街の事は詳しいからな、何でも聞いてくれ。それと殿は止めてくれないか?あんたみたいに育ちのいい人間じゃなくてな、呼び捨てで構わないし敬語もいらない」
そう言って頭を掻くケリオスを見て、センは笑顔の種類を変えた。
「分かった、ケリオス。これからよろしくな」
「おう。思っていたよりも話が早い奴だな。少し驚いたぜ」
センの砕けた様子を見て、目を丸くした後でにやりと笑いながら応じるケリオス。それを見たセンは肩をすくめている。
「上手くやっていけそうで何よりですな。さて、ケリオス。今日は少し余裕がありますか?」
「あぁ。昨日の中級ポーションのお陰で重傷者は治せたからな。後は精々骨が折れている奴等くらいだし、そこまで急ぎじゃない」
(骨折は軽傷、なのか……?それと、中級ポーションの効果が気になるな)
センがケリオスの言葉に色々と衝撃を受けている間にも二人の話は進む。
「骨折しているような者がまだいるのか……随分と酷い状態だったようですね。」
「辛うじて死者は出なかったって感じだったな。いや、とんでもない相手だったぜ」
「何があったか聞いても?」
げんなりとした表情でため息をつくケリオスにセンが尋ねる。
「昨日街道付近にフレイムリザードって魔物が出て来てな。慌てて討伐に向かったんだが……これがとんでもなく強くてな」
フレイムリザードという魔物についてセンは知らないが、その情報はセンに相当な衝撃を与えた。
(ケリオスはレベル10。しかも衛兵に被害が出ているということは複数人でその魔物と相手取ったはずだ。それで何人も大怪我を負った?魔物ってのはそんなに強いのか?しかもそんな魔物が街道付近に出るだと?)
先程以上の衝撃を受けるセンを他所に、ケリオスとハーケルは会話を続けている。だがセンはすぐに気を取り直し、情報を聞き漏らさぬように話に集中する。
「フレイムリザード……それは東の森から迷い出たということかな?」
「いや、それが違う。奴の首には鎖が巻かれていたんだ」
「鎖……?まさか何者かに捕獲されていた?」
ハーケルが顔色を変えながらケリオスに問う。
「俺達はその線で考えている……フレイムリザードなんて狂暴な魔物、捕獲出来るような連中なんて数えるくらいしかないがな……」
「実力で言うなら傭兵ギルドか騎士団。後は闇ギルドといったところですかね。まぁ、騎士団には理由はないと思いますが」
(闇ギルドなんてあるのか……どう聞いても不穏な響きだよな)
「十中八九、闇ギルドの連中だろう。傭兵ギルドが依頼を受けたとしても中堅以上じゃなきゃフレイムリザードなんて捕獲できないだろうし……そもそも魔物の捕獲なんて酔狂な依頼受ける奴はそういないだろ。小型の魔物ならともかく、中型で獰猛なフレイムリザードなんて危険が大きすぎる」
「フレイムリザードとはそんなに強い魔物なのか?」
「そうだな……俺達衛兵は魔物と戦う事はあまりないが、戦闘訓練はそれなりにしている。そんな俺達が人数を集めて連携して……何とか犠牲を出さずに勝てるって感じだ。まぁ、被害はかなり出るがな。魔物としてはそこまで強くないのかもしれんが、一人で遭遇すれば余程の幸運に恵まれない限り死ぬだろうな」
センの問いかけに少し考えるそぶりを見せながらケリオスは答える。その答えはセンにとってはかなり厳しい内容であったが。
(魔物やこの世界の戦力についても早急に調べる必要があるな……ケリオスとの繋がりは想像以上に助かるかも知れないな)
やらなければいけない事の多さに一瞬目の前が暗くなったような気分だったセンだったが、すぐに持ち直しケリオスとの話に集中する。
「まぁ、傭兵なんかもそうだが……ダンジョンのある街にいる探索者なんかは、魔物との戦闘のスペシャリストだからな。俺達衛兵なんかとは比べ物にならないくらい手慣れているはずだぜ?四、五人程度でダンジョンに行って魔物と戦いまくるらしいからな」
「ダンジョン……」
(なんだ?ダンジョンって。ゲームや物語に出て来るような宝があったりボスがいたりするアレか?そんなものがあるなんて冊子には書いてなかったぞ?)
「っと、すまん。流石にそろそろ戻らないとマズいな。セン今度呑みにでもいこうぜ」
「あぁ、さっきも言ったが、この街に来たばかりで知り合いが全然いないからな。楽しみにしておくよ、いつでも誘ってくれ」
「おう。それじゃぁじーさん、追加のポーション貰って行くぜ。」
そういってケリオスがカウンターに置いてあった箱を持ち上げる。
「皆にもよろしく伝えておいてください。それと、昨日の分と合わせた請求書が中に入っているのでよろしくお願いしますね」
「了解。それじゃぁまたな」
箱を抱えて出ていくケリオスを見送った後、センはハーケルへと向き直る。
「ありがとうございました、ハーケル殿。おかげでいい友人が出来そうです」
「それは良かった。」
柔和な笑みを浮かべながら頷いたハーケルは、いくつかの小瓶をカウンターに並べる。
「セン殿、これをお持ちください」
「これは?」
「私の作った下級ポーションです。怪我をするようなことがあったら試してみて下さい。割と評判はいいのですよ?」
「これは、ありがとうございます。実は薬のストックが無かったので買わせてもらおうと思っていた所だったのです」
先程の怪我の話を聞き、ポーションの効果を知っておきたかったセンは喜色を浮かべる。
「おや、そうでしたか。では他の薬もいくつか差し上げますよ。セン殿にはこれから頑張っていただかなければならないので」
「よろしいのですか?そう安い物ではないと思いますが」
「えぇ、構いませんよ。お試しということで。まぁ、薬なんかは出番がないのが一番いいのですが、持っていて損はしませんから」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
(どの程度の傷が治せるのか試してみたい所ではあるが……下級でも骨折くらい治せるんだったか?そんな大怪我試しにって負ってみるもんじゃないよな……)
怪我をするのは全力で御免被るが、薬の効果は早めに試しておきたい。ハーケルに薬の詰め合わせを貰ったセンは、効果を試すべきかどうかしばらく悩むのだった。
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