第16話 べつのせかい
ラーニャ達に色々と説明をして後、センにとっては久しぶりの、そしてラーニャ達にとっては初めてのベッドでの就寝となった。子供たちは初体験となる寝具の柔らかさに感激しつつ、かつてない程深く穏やかな眠りに就き、センはマットレスとまではいかない物の十分な心地良さに包まれながら眠りに就いた。
そして翌日、質の良い睡眠で気力十分な四人は先日の約束通り、朝一で薬屋に来ていた。
「おはようございます、ハーケル殿。朝早くからすみません」
「あぁ、セン殿。おはようございます」
昨日と変わらず柔和な笑みを浮かべる薬屋の店主ハーケル。
センは挨拶をしながらハーケルのいるカウンターに近づいていったのだが、途中でハーケルの顔色が優れないことに気付いた。
「ハーケル殿、大丈夫ですか?お加減が優れないようですが……」
「あぁ、心配おかけして申し訳ない。急ぎのポーション作成を朝までやっていましてな。徹夜は老骨には響きますな」
ゆっくりと休むことのできた四人とは裏腹にハーケルは徹夜作業だったようだ。
「それは、お疲れ様です。しかし、それでしたら一度休まれた方が良いのでは?私の話も急ぎと言う訳ではありませんし、後日にでも……」
「いえ、大丈夫ですよ。お気遣い感謝します。ですが、恐らく昨日の衛兵がポーションの引き取りに来るでしょうし、それまで起きておく必要があります。なので申し訳ありませんが、相手をしてもらってもいいでしょうか?」
一人になると寝てしまいそうですからと言って微笑む店主に、センはそう言う事であれば是非と承諾する。
「では、お話をするのにここでは手狭ですし、奥へどうぞ。まぁ、奥も決して広くはありませんが、椅子くらいはありますので」
「ありがとうございます。ハーケル殿この子達も奥に行かせて貰ってもいいでしょうか?私を手伝ってくれる子達ですので」
「えぇ、勿論構いませんよ。初めまして、私はハーケルです。」
センの言葉に頷いたハーケルは、センの陰に隠れている子供達に視線を向け挨拶をする。
その言葉を聞き、センの陰に隠れるようにしていた三人は少しだけ前に出て緊張でガチガチに……トリス以外はガチガチになりながら挨拶をする。
「ラーニャです!初めまして!」
「ニコルです。初めまして」
「……トリス。よろしくです」
トリスの挨拶がおかしかったが、ハーケルは気にした様子もなく笑顔で四人を奥へと誘う。
言葉遣いとかも教えた方が良いのだろうかと、今後の学習プランを考えながらセンもカウンターの奥へと着いて行く。
奥の部屋にはハーケルの言う通り椅子とテーブルが置かれていたが、何より目を引くのは壁を埋め尽くさんばかりに置かれた植物や瓶の類だった。
「申し訳ない、調合用の倉庫も兼ねておりまして。」
「いえ、興味深いです。これは全てポーション作りに使われるのですか?」
「ポーションだけではありません。色々の薬にも使います。あ、君達はすまないけど適当に椅子を使ってくれるかな?棚の物は危険な物もあるから触らないようにね」
「はい。大人しくしておきます」
ラーニャたちはそれぞれ棚の近くに置かれていた椅子をセンの傍に持って来ると座り、それを見たハーケルは部屋の隅にある作業台でお茶を入れ、全員に配った。
「さて、セン殿。色々な素材を仕入れられるとおっしゃっていましたが。具体的にはどのような物を仕入れることが出来ますか?」
「まずは緑白石ですね。こちらは比較的安定して供給することが出来ると思います。他の素材については不勉強で申し訳ないのですが、ハーケル殿に必要な物をお聞きしたいと思っておりました」
「なるほど……セン殿は商人と言う訳ではないのですね?ご自分で採取をされて此処に卸しに来る、そういうことですか?」
「はい、そうなります」
センの返事を聞き、少し考え込むような素振りを見せた後、ハーケルは再び口を開く。
「緑白石を安定して納品出来るとおっしゃっていましたが、先日と同等の量をですか?」
「はい。東の森にどのくらい緑白石があるか分かりませんが、恐らく当分は問題ないと思います」
「セン殿は随分と腕の立つ方のようですね。森の奥深くまで入って採取されていたのですか」
「残念ながら腕は立ちませんが……逃げ隠れするのは得意な物で」
センの言葉を冗談と受け取ったのか、ハーケルは朗らかに笑った。当然、センは本気で言っているのだが。
「東の森での採取となると……薬草や薬石、キノコ……他にもありますが、どれも使うことが多いので助かりますな」
「その、薬草なのですが、葉を摘んでくる感じでしょうか?」
「えぇ、全てがそうと言う訳ではありませんが、葉を必要とする物は大体そうですね。根ごと取ってしまうと次が取れなくなってしまいますから」
「なるほど……」
薬草採取は難しいかもしれないとセンは考える。
召喚魔法で呼び出してしまうと、当然根ごと呼び出してしまう。一部分だけを切り離して召喚というのは出来ないのだ。
その辺りの考えを表情に出さない様にセンはしていたが、ハーケルは何かに気付いたのか話を少し変える。
「逆に根ごと取って来て欲しい物もありますよ。自然薯や根菜系なんかですね。ただ、地下に埋まっている分こちらは発見するのが難しいですし、安定して卸すというのは難しいでしょう。もし見つけられたらその分高く買い取りますが」
「分かりました。注意して見ておきます。他に石系で必要な物はありませんか?」
「えぇ、色々ありますよ。後は……蛇や虫の類もいけますか?」
「大丈夫です。ただ、捕獲となると石に比べて数を持ち込むのは難しいかもしれませんね」
「わかりました。生物に関しては見つけたら程度で構いません。特別必要な場合はその時依頼させていただいても?」
「はい、大丈夫です。では、定期的に必要な物のリストを作成させていただきますね。このリストにないもので特別欲しい物がある場合は、納品の時にでも言って貰えたら用意するようにします」
センは手帳サイズに裁断した紙やインク等を腰に着けていた革袋から取り出していく。
(スマホとは言わないから、せめてボールペンが欲しい所だ)
「ありがとうございます。ですが無茶だけはなさらぬように」
センが準備していくのをみながら、ハーケルが少しだけ眉尻を下げながら言う。
「お心遣い感謝します。安全には細心の注意を払います。ところで、話を持ち掛けたのは私ですが、普段取引されている商人が居られると思いますが、大丈夫でしょうか?」
センとしてはある程度稼ぎは必要なものの、商人を敵に回したくないと考えている。
寧ろ次の足掛かりとして、規模の大きい商会辺りと繋がりを持ちたいと思っていた。
「えぇ、大丈夫ですよ。薬関係はどこも品薄でして、あの手この手を使って素材を集めているのですよ。傭兵ギルドに採取依頼を出すのもその一つです」
「なるほど。でしたら遠慮せずにどんどん持ち込ませていただきますね」
「はっはっは、頼もしいですね。では早速、リストを作っていきましょう。傭兵ギルドに依頼する際の金額と商会からの卸価格もお教えするので値段の方も相談させて下さい。では、まず緑白石は外せないとして……」
そんな風に商談を続ける二人を、子供たちは退屈そうにもせずに興味深げに眺めている。
ラーニャは話している内容は何となく理解出来るのだが……しかしその内容が……出て来るお金の話が別の世界の話にしか思えなかった。
(き、金貨?金貨って、銀貨より凄いの?見た事無いけど……絶対そうだよね?そんなの本当にあるの?)
セン達の会話を邪魔しない様に大人しくしているが、内心はパニック状態のラーニャである。
(センさんと会ってからまだ二日しか経ってないけど……それまでの事が全部夢みたいなことばっかりで……私本当は死んじゃってたりするんじゃないかな……?)
ラーニャは不安になったわけでは無いが、その存在を確認するように長年を一緒に過ごしてきた弟や妹の方を見る。
トリスは機嫌が良さそうにセンの方を見ており、ニコルは……物凄くキラキラした目でセンの方を見ていた。
(トリスがセンさんに懐いているのは分かっていたけど、ニコルはセンさんに憧れているのかも?)
今まで見る事の出来なかった二人の晴れやかな笑顔を見て、ラーニャはセンの背中に向かい心の中でお礼を言った。
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