第3話 自由人は問い不自由人は痴れ事を言う。

 翌日……ボクは島の泉の中央にある、志念家の別館。

 志念マキの誕生日会が開催される、ボクには不釣合いな場所へ、

 ちっぽけなプレゼント袋を片手に、豪華なプライベート船に乗っていた。


 「とーた君、今日は僕のわがままで付き合ってくれて有難うね」

 緑木 ナエ……

 ボクが今回のイベントに参加することになったきっかけを作った本人。


 「ううん、おかげでいろいろと貴重な体験ができそうだよ」

 こんな豪華な船に乗れることは恐らく人生に置いてなかっただろう。


 「ひゃーーーすっげぇ、あっという間に俺らの居た場所が小さくなっちまった」

 身を乗り出しながら公明 ヒイラギが船着場を指してはしゃいでいる。


 「あははっ……こんなに風や日光が気持ちいいと思えたの初めてかも」

 そんなボクとナエちゃんの隣でヒイラギと不羈乃 ナギちゃんが当たり前のように笑っている。

 どうして、こうなったのだろう……とナエちゃんが少し複雑な表情をしている。


 その少し離れた場所には、孤独に風景を眺めている長い青色の髪の女性……

 月鏡 ウミ……

 一瞬、目が合い……彼女の冷たい目で睨まれたような気もする。



 クルー先端のテーブル席を囲むように座っている4人組。

 鳴響 リンネ、空伊芦 アオ、紫索 キッカイ、水之 シラベ


 水之 シラベ……

 年中、ニット帽をかぶっている。

 愛用のノートパソコンをいつも肌身離さず持ち歩いている。

 少し童顔で、いつも忙しそうに調べごとをしている。

 今も忙しそうにノートパソコンを起動させている。


 そこと別なテーブル席。

 荒川 アラシ(アラカワ アラシ)

 少し素行の悪い男。

 ここに呼ばれている理由とすれば、彼の家庭も志念家ほどではないにしろ、

 それなりの資産家と聞く。


 その前には、分限 ネイネ(ブゲン ネイネ)

 同じく資産家の女。

 その産まれのせいか、少しお高く見え周りからけん制されるタイプ。



 そして、また別な場所……寝そべられるプールサイドチェアに、

 主役となる志念 マキは寝そべり。

 その横をぴくりとも動かず、夕陽 アケミが立っている。



 そして、この船の舵を取っている最年長の男。

 海場 ゴウ。

 今回の船を動かすためだけにこの場に居合わせているだけだろう。


 ボク合わせ計14名がこのプレイベート船に乗っている。



 ・

 ・

 ・



 せっかくだから……そのプライベート船の中を探検していた。

 馬鹿みたいでかい豪華船とはいかないものの、

 プライベートという名にしては、贅沢なものだった。


 室内……下に続く階段を下がる。

 開かれた廊下の一つのドアを開く。


 大きく広がった部屋に、大きなテーブルが一つ。

 周りには少し色々雑貨的なものが置かれていた。


 部屋をぐるりと見回っていると……

 ボクが下がってきた鉄製の階段を同じように下がってくる足音。

 隠すことなく、むしろボクに聞かせるように……


 そして、狙ったようにボクの居る部屋のドアが開かれた。


 「あら、こんな場所で……珍しい人物がいるじゃない……宝物は見つかった?」

 白の身丈より少し大きいパーカーに足にピッチリしている黒いズボン。

 そして、その青く長い髪は、よりそのスタイルを際立てて見える。


 「言わなかったかな……ボクは宝物なんてもの作らない主義なんだ」

 殺意すら感じる相手にボクはそう返す。


 「そうね……それが本音なのかはわからないけど」

 そうおとといの会話を振り返る。


 「ねぇ……とうた君、あなたにもう一度質問していいかしら」

 そう了承を得る気もなくウミちゃんが僕に問う。


 「もしも……私がここに居る一人だけを殺す……と言うならば貴方はその一人になる?」

 ウミちゃんが一歩、また一歩と近寄ってくる。

 恐怖がまったく無いと言えばやはり強がりだろう。

 それでも、ボクは恐らく平然とそれを見ている。



 「さぁ……わからないけど、ただ……ボク一人の命でその狂気が去って……誰もがボクの犠牲を望んだというのなら……ボクはそれでも構わない」

 そう告げる。


 「本当に……?そんな理不尽を不自由をあなたは受け入れるの?」

 そうウミちゃんがボクに言う。


 「……もちろん、それをウミちゃんが実行するというのならボクは抵抗する……そんな事はさせない」

 一瞬だった。

 気がつくと、ボクは大きなテーブルに仰向けになり、その額にいつの間にかウミちゃんが手にしていた拳銃をつけられていた。



 「勘違いしないで……実行権、あなたを殺すも生かすもその権利を握っているのは私の方だ」

 ボクの目の前に広がった銃口の穴……その上から青い髪の綺麗な女性が覗き込んだ。

 目を反らすことはない。


 「何故、自らを犠牲にする?なぜ……あくを止めようとする?」

 そうウミちゃんが尋ねる。



 「痴れ事……として言うなら、それが正義だと思ったから」

 ボクはそう恐れることなく告げた。



 「正義……あなたにしては随分と万人受けする答えが出たものね」

 脅威に満ちた笑み……銃口の先が強く額に突きつけられる。


 「正義……とうた君、私はさ……正義なんて言葉、そんな言葉よりも……ずっと信頼できるものがここにあるのよ、わたしがこの引き金を引くだけで、簡単にそれは証明されるの」

 そう狂気に満ちた笑みをウミちゃんがボクに向ける。



 「……でも、そこに正義は無い、君の意思は無い……君が人としての何かを失うだけだ」

 ボクがそう冷たい目で言う。


 「また、得意の痴れ事か?失うのは私の意志でも正義でもない、あんたの命だ、そして、その権利を私が握っている……生きたければ提示しろっ、私がこのちっぽけな命よりも欲するあなたの宝物……私が納得できるだけの理由を」

 そう言って、さらに力強くボクの額に拳銃をつけつける。


 気配を感じなかった。

 再びガチャリと部屋のドアが開かれる。



 「あははーーーっ、迷子になっちゃたかなぁ、ここ何処だろう」

 惚けた自由人の声が聞こえる。


 「あははっ、ごめんね、なんだかお取り込み中だったのかなぁ」

 ボクはその声の主を見ることはできないが、

 茶髪の短髪の女の子がいま、実に楽しそうにボク達二人を眺めているのだろう。


 「……誰……何者?」

 同じ学校の女子生徒……

 今更な疑問だった。


 友好関係の狭いボクならまだしも、

 この狭い島……この場所で彼女を知っている人間は居るのか?


 手にした拳銃をボクから茶髪の少女に移す。



 「それ……僕のだから返して貰うね」

 ナギちゃんは不適に微笑む。

 銃口の先にすでにナギちゃんの姿はなく……


 仰向けのボクの目線から気がつくと二人の女性が見つめあうように対峙していた。

 鋭いナイフがウミちゃんの首下に突きつけられている。



 異人と超人……狂人が集う場所。

 案外、こんな異常な風景は正常なんだと……そう錯覚してしまう。


 ボクが痴れ事として言った正義など……この状況を変えはしない。


 その異常に抵抗できるのは……狂気なる存在。



 「とうた君……これが貴方の言う正義、私を止める方法ってこと?」

 うっすらと冷や汗を浮かべるウミちゃんに……


 「自分は何もせず、誰かの狂気でそれを止める……あなたの言う正義って、私なんかよりずっと凶悪だな」

 そうウミちゃんが言うと、突き出していた拳銃を下げる。

 何事も無かったように、ウミちゃんはナギちゃんの横を通り過ぎ、

 部屋の外へと出て行った。


 「ありがとう、ナギちゃん……助かったよ」

 ボクのその言葉にいつものように彼女はくすぐったそうにあははっと笑う。


 彼女うみちゃんがボクを本気で殺そうとしたかはわからない。

 この先、始まる誕生日会……

 ボク達は何事も無かったように、振り舞うことができるのだろうか。


 「どうしたの?」

 ナギちゃんは、気がつくと手にしたナイフを何処かにしまい、可愛らしくボクを下から上目遣いで見上げている。


 「ううん、戻ろうか……」

 これ以上、危険な目に合うわけにもいかない。


 ウミちゃんもナギちゃんもいったい何者なのか……ボクは知らない。

 それどころか、それ以上危険な人物がこの船に紛れ込んでいるのかもしれない。


 船は進む。

 宴の会場を目指し……



 この船の何処かで殺人鬼は微笑んだ。

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