五.eスポーツ部、始動!
「あ、須磨くん。部設立の申請、校長先生からオッケーが出ましたよ。部室も確保できました」
「え、早っ」
昼休みに小峠がひょっこりと教室にやってきて、校長から新しい部への許可が出たことをアツシに伝えた。申請を出してから、まだ一週間も経っていない。驚きの早さだった。
部員はアツシ、エイジ、そしてなんとレイカが加わってくれることになった。レイカはバドミントン部をきっぱりと辞めて、アツシ達に協力してくれるそうだ。
『アタシにも色々あるのよ』
レイカは「むしろ清々した」とでも言いたげな顔をしていた。アツシの知らない一年の間、レイカに果たして何があったのか? アツシはとても気にはなっていたが、今は聞かないでおくことにした。
顧問はもちろん小峠が引き受けた。推薦人はアツシとエイジの担任の松田だ。
部の名前はストレートに「eスポーツ部」とした。これは小峠からのアドバイスの結果だ。「今後のことを考えたら、分かりやすい方がいいですよ」とのことらしい。
「eスポーツ」はアツシ達が生まれた頃から他のスポーツに負けず劣らずの人気があり、大きなプロリーグもあるくらいだ。部として活動していく上で、知名度のある分かりやすい「eスポーツ」という言葉を使った方が、学校や先生方の心証が良くなるのだろう。
「ああ、それと。例の『フルダイブ・マシーン』? ええと……『エル・ムンド』と言いましたか。そちらのレンタル申請も出しておきましたから。メーカーから連絡があったら、また須磨くんにお伝えしますね」
「ええっ? そっちの方も小峠先生がやってくれたんですか? ……なんか、すみません」
「ほっほっほっ、いいんですよ。私はフルダイブ技術はおろか、eスポーツにも全く詳しくありませんから、競技に関してお手伝いできることは、ほとんどありません。面倒な手続きは私に任せて、須磨くんたちは部の活動計画を立てておいてくださいね。そちらは生徒会と職員会議に提出する必要がありますから。はい、これ必要書類。ちゃんと目を通しておいてくださいね」
「はい、分かりました! 色々とありがとうございます!」
アツシが深々とお辞儀をして小峠を見送っていると、背後からモーター音が近付いてきた。エイジの電動車イスの音だ。
「小峠先生、なんだって?」
「ふっふっふっ、聞いて驚けよエイジ。なんと、オレ達の部が正式に承認されたんだ! フルダイブ・マシーンはまだだけど、今日から早速、今後の計画を練るぞ!」
「へぇ、早いね。小峠先生って見かけによらず、すごい先生なのかもね。……っと、そうだ。レイカ先輩にも連絡しておこう」
そう呟きながら、エイジが黒縁メガネのフレームを指でなぞり始める。
エイジのメガネはただのメガネではなく装着型の情報端末であり、スマホに近い機能が内蔵されている。本来は落ちた視力を補助する為の端末なのだが、通信機能やメッセージ機能も付いていて、ショートメールくらいなら簡単に送ることができた。
操作は視線や、今のようにフレームを指なぞったりして行う。音声は「骨伝導」という技術の応用で、スピーカーを使わずに直接聞こえるようになっている。
視覚や聴覚に障がいのある人々の間で、じわじわと使い始められている優れものだった。
「ふむ……先輩も『りょーかい』だってさ。いよいよだね、アツシ」
「おう、ようやく始められるな! オレ達の新しい戦いを!」
様々な感情を込めて、二人は笑いあった。
全てはこれからだった。
***
放課後、アツシとエイジ、レイカの三人は、部室としてあてがわれた空き教室に集まっていた。
昔はいわゆる「視聴覚室」に使われていた部屋だが、ほとんどの教室にスクリーンが設置されるようになった為、現在では使われていない。その名残で、床のそこかしこに電源や通信用の設備が残っている。
「エル・ムンド」はオンライン前提の機械であり、電源も大量に必要とする。設備の整っているこの教室は、実に都合が良かったのだ。小峠は、きちんとその辺りを考えて部室を確保してくれたらしい。
(本当に、あの先生には頭が上がらないな……)
実は、アツシがバドミントン部を辞める時にも、裏でこっそりと小峠が手を回してくれていたらしかった。そのお陰で特に引き留められることもなく、アツシはあっさりと退部することができていた。
「さて。じゃあ早速、記念すべき第一回部活会議を始めます!」
『おー!』
軽く掃除を済ませてから、教室の後ろに寄せてあった机やイスを持ち寄り、アツシ達は部の活動計画を練り始めた。
とはいえ、まだまだ手探りの状態だ。肝心のフルダイブ・マシン「エル・ムンド」も到着していない。当面は大会までのスケジュールを決めたり、ネットやらなにやらでの情報収集がメインの活動になりそうだった。
「それじゃあ、まずは地区大会までのスケジュールだけど――」
資料を見ながら、アツシがホワイトボードにキュッキュと今後のスケジュールを書いていく。
・四月~「エル・ムンド」到着? 情報収集
・五月~「ダブルス!」のトレーニング開始
・六月~練習試合などをセッティング
・七月~全国大会への参加エントリー 神奈川東地区予選
・八月~全国大会
「ざっくり書くとこんな感じかな」
「本当にざっくりだね」
「仕方ないだろ。まだマシンも届いてないんだから。当面は情報収集、特に強豪校についての調査とレギュレーションの確認だな」
「レギュレーション」とは、大会の参加条件やルールのことだ。バドミントンにも細かいルールがあるように、ほとんどのeスポーツには厳密なルールが決められている。「ダブルス!」も例外ではない。
「あ、強豪校の調査はアタシに任せて! その……友達に、詳しい人いるから。訊いてみる」
「じゃあ、レギュレーションの方はボクが。アツシ、あんまり細かいルールとか調べるの苦手でしょう?」
「分かった。じゃあ、そっちは二人に任せるよ。オレは『エル・ムンド』がどのくらいで貸してもらえるのかとか、設置にどれくらいかかるのかとか、小峠先生と一緒に調べておく」
***
その日の部活は、そんな簡単な話し合いだけで終わった。
話し合った内容を活動計画書にまとめて、それを小峠に預けてから、三人は揃って下校した。
「……そう言えば、こうやって三人一緒に帰るの、久しぶりかもね?」
「あれ、そうでしたっけ?」
「そうだよ。そもそもボクとアツシが一緒に帰るのだって、久しぶりじゃないか」
まだレイカが小学生だった頃は、一緒に下校したり、放課後に三人でバドミントン・クラブへ向かったりと、共に行動することが多かった。
それが、レイカが中学へ上がるとぐっと減り、アツシ達が中学に入ってからは皆無になっていた。
「そういえば……そうだったな」
――中学に入ってからの、一人ぼっちの帰り道を思い出す。
慣れない中学校生活、つまらない部活、エイジもレイカもいないうら寂しい下校時間。ほんの短い間ではあったが、アツシにとってそれは、記憶の中から消し去りたいほどの憂鬱な時間だった。
それが今はどうだろう。傍らにはエイジがいて、レイカがいる。三人で新しい部活動を頑張るという目的もある。
まだ陽の短い、春の夕暮れの薄暗闇の中だというのに、アツシの心は実に晴れ晴れとしていた。
そのまま、学校でのできごとや最近話題になっている動画の話、どんな先生がいるのかだとか、何でもない雑談をしていると、いつの間にか県道に着いていた。
楽しい時間はすぐに過ぎてしまうらしい。
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日ね~」
「二人とも、気を付けて帰ってね」
三者三様のあいさつをして、そのまま別れる。明日また部活で会えるというのに、なんだかそれが、とても寂しく感じられる。それは、アツシにとって三人での時間があまりにも輝かしく尊いものであることの証だった。
アツシは今、中学へ入学して初めて「楽しい」と感じていた。
けれども、アツシは一つ見落としをしていた。
その「見落とし」は、帰宅早々アツシに牙をむいてくることになった――。
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