四.新しい部を創ろう!
「え、部を新しく創りたい、だって?」
翌日、放課後の職員室。
アツシは部の指導に出ようとしていた担任の松田を無理矢理引き留めて、「部の創り方」を聞き出そうとしていた。
「でも須磨。お前、確かバドミントン部だろう? 期待の新人だって聞いたぞ」
「誰がそんなこと言ってたんですか? オレ、まだコートに立ったことすらないですよ」
「ん、そうなのか? じゃあ、先生の聞き違いかな」
担任の松田は教師の中ではまだ若い、二十六才の中々のイケメンだ。陸上部の顧問をしている。
「もちろん、バドミントン部は辞めますよ」
「そうかそうか。うちの運動部は他の部との掛け持ち禁止だから、退部届もきちんとだしておけよー……っと、ご両親にはきちんと伝えてあるのか? 形式上だけど、保護者の了承も必要なんだ」
「あー、はい。大丈夫です」
しれっと言ってのけたが、実際にはアツシは両親に何も話していない。
両親、とりわけスポーツ関連の仕事をしている父親は、アツシがバドミントン部を辞めることを快く思わないはずだった。折を見て話すつもりではあったが――。
「で、先生。新しく部を創るには、どうしたらいいんですか?」
「ん? ああ、えーとだな……確か、部員を最低でも三人、顧問を一人集めた上で教員一人以上から推薦をもらって、校長先生に許可をもらえば創れるぞ」
「なるほど、部員三人と……顧問一人」
チラッと松田の方を見るが、松田は「俺は陸上部の顧問やってるから駄目だぞ。推薦だけならいいが」と予防線を張ってきて、つれなかった。――となると。
「松田先生、今なんの部の顧問もやってない先生っていますか?」
「んん? そりゃあ、何人かはいるな。何部を創るのかは知らんが、多分国語の小峠先生なら引き受けて下さると思うぞ」
「小峠先生?」
「ああ、二年生を受け持ってる先生だから、知らないか。ほら、あっちの窓際でお茶飲んでる、白髪の人だよ」
松田が指さす方を見ると、いた。
窓際でおいしそうにお茶をすすっている、白髪に眼鏡の教師がそこにいた。
一見すると「おじいちゃん先生」という風情だが、アツシの祖父などよりは遥かに年下に見える。白髪のせいで老けて見えるのかもしれなかった。
――余談だが、後になって小峠に年齢を尋ねたところ、アツシの父親よりも十歳程度上なだけであった。やはり、人の年齢というものは見た目だけでは分からないものらしい。
「あの~、小峠先生」
「ん~? なにか私に用かね?」
アツシは早速とばかりに小峠に話しかけに行った。小峠は湯呑をゆっくりと机の上に置くと、やはりゆっくりとした動きでアツシの方に向き直った。
「君は~、新入生の須磨くんだね」
「えっ!? オレのこと、知ってるんですか!?」
「いやいや、松田先生との会話が聞こえていただけですよ。ほっほっほ」
小峠は、なんだか変な先生らしかった。独特な雰囲気を纏っている。
しかしそれでいて、とっつきにくさも感じない。アツシは何となく、小峠のことを好きになれそうだと感じた。
「ええと、どこまで話聞いてました?」
「新しい部を創りたいから、顧問を探している……というところまでですかね。私ならオッケーですよ」
「ええっ!? い、いいんですか? そんなにあっさり」
「もちろん。ただ、何部を創るのかは知りませんが、顧問としてはあまりお役に立てませんよ? 私が教えられるのは国語だけですからね」
そう言って、小峠はまた「ほっほっほ」と笑った。
それはどこか、人を安心させるような笑い声だった。
(よし、これで顧問はゲットだ! 次は……部員確保だ!)
アツシは早速とばかりに、元相棒のいる教室へと向かった。
***
「断る」
「ええ……」
まだ教室に居残っていたエイジを捕まえて「新しい部を創ろう!」と誘ったところ、一秒で「お断り」の返事をもらってしまった。
「いや、せめてなんの部かくらい聞いてからにしてくれよぉ」
「なんの部でも同じだよ。新しい部を創るってことは、アツシがバドミントン部を辞めるってことでしょう? それは駄目だよ」
エイジの表情はとても不機嫌そうだった。彼がこんな顔をするのは珍しい。アツシの提案によほど腹を立てているようだった。
「いいから聞けって! エイジ、また二人で『全国』を目指せるかもしれないんだ!」
「君なら一人でも……いや、部で新しいパートナーを見付ければ、十分に全国を狙えるはずだ。余計なことを考えてないで、一秒でも多くバドミントンに時間を費やしたらどうだい?」
「――っ」
エイジのその言葉に、アツシは思わずカチンときた。
「余計なこと」とエイジは言った。二人でまた「全国」を目指せるかもしれない可能性を、余計なことだと。
「余計なことってなんだよ! オレがせっかく、また二人で一緒にがんばれるものを見付けてきたのに!」
「ボクがいつ、そんなことを頼んだのさ? いいかいアツシ。君がボクのことを考えて色々やろうとしてくれること自体は嬉しいよ。でもね、君がその才能を無駄にしてまで一緒にいて欲しいとは、思わないんだ! 君にはバドミントンの才能がある。すごい才能だ。長く一緒にやってきたボクには分かる。それを捨てるだなんて、とんだバカだよ!」
「バ、バカだと!?」
アツシの頭の中が真っ白になる。自分ははただ、エイジと一緒にまたがんばりたいだけなのに。それを「バカ」の一言で済ませるのか? と。
「バカって言う方がバカだろ!」
「いいや、そちらの方がバカだ!」
二人はそのまま、中学生にもなって小学生レベルの口ケンカを始めてしまった。
「売り言葉に買い言葉」というやつだろうか。「どっちがバカか」といった低次元なののしり合いはエスカレートして、遂に「なんだなんだ」と何人もの生徒が廊下から彼らの様子を遠巻きに観戦し始めてしまった。
アツシもエイジもそのことには気付きつつも、お互いに一歩も退けない状態になっている。ようは意地の張り合いだ。
――けれども、その低レベルな意地の張り合いは、唐突に終わることになった。
「ちょっと二人とも、何やってるのよ!」
教室の外から呆れたような女子の声がした。見れば、ジャージ姿のレイカが腰に手を当てた姿勢で、困ったような、それでいて怒ったような複雑な表情を浮かべていた。
「アツシくんが全然部活に姿を現さないって、男子部が騒いでるから様子を見に来てみれば……中学生にもなって、小学生みたいな口ゲンカして、お姉さん情けないわ」
『むぅ……』
仲の良い知り合いに見られたことで、アツシとエイジの中に「恥ずかしい」という気持ちが不意に蘇ってきた。二人して赤くなってうつむき、声にならない声が口からもれる。
「で? 一体何が原因でケンカなんてしていたの? お姉さんに話してみて」
「それは……アツシがバカだから」
「あ、またバカって言いやがったな!」
「黙らっしゃい! い・い・か・ら! アタシにも分かるように! 順を追って! きちんと話しなさい!」
『は、はい……』
珍しく本気で怒っているらしいレイカの迫力を前に、アツシとエイジは縮こまるほかなかった――。
***
「――なるほど、ね」
ケンカになるまでの経緯を話すと、レイカは何かに納得したようにウンウンとうなずき始めた。
「先輩にも分かったでしょう? アツシがどんなにバカげたことを言っているのか。先輩からも、何か言ってやってくださいよ」
エイジが「正義は我にあり」とでも言わんばかりに、レイカに自分の正しさをアピールする。けれども、レイカはエイジのその言葉に対し眉間にしわをよせて――。
「いいえエイジくん。間違っているのは、君よ」
はっきりとそう言ってのけた。
「どうしてですか。先輩だってアツシの才能はご存じでしょう? それをむざむざ捨てるだなんて――」
「エイジくん、その君の態度が間違いだって言ってるのよ。アツシくんの才能はもちろん知ってる。でも、才能とアツシくん自身の意思は別物よ。『才能があるからそれをしなければならない』なんて、それこそ本人でもない誰かが強いるのは、ゴーマンだわ」
「傲慢……ですか?」
「そうよエイジくん。結局君は、アツシくんの才能にほれ込んでいる自分の想いを押し付けてるだけじゃない。アツシくんの想いはどうなるの? エイジくんは自分の想いさえ通ればいいの?」
「それは……」
どうやら、レイカはアツシの味方をしてくれているらしかった。エイジはレイカの言葉にショックを受けたらしく、すっかりうなだれている。
「ねぇ、アツシくん」
「は、はい!」
急に話を振られ、アツシが軽くどもりながら背筋を正して返事をする。どうにも恰好がつかない。
「アツシくんは、バドミントンは好き?」
「……嫌いではない、です」
「そうよね。そういう答えになるわよね」
レイカは再びウンウンと何度もうなずき、一人でなにやら納得し始めた。
「聞いて、エイジくん。アツシくんはね、決してバドミントン自体が好きなわけじゃないの。『君と一緒にやるバドミントン』が好きだったのよ。二人をずっと見てきたアタシには分かるわ。ホント、やけちゃうくらい相思相愛なのよ、君たち」
苦笑いのような、それでいて羨望するような熱い眼差しをアツシ達に向けながら、レイカは続けた。
「全てのスポーツ選手が自分の競技を好きでやっているわけじゃないだろうけど、でも『好き』は大事なのよ。とってもね。いくら才能があったって、好きでもないスポーツを他人が無理矢理やらせてしまっては、それこそ、その人にとっては大きな損失になるわ。中学の三年間なんて、きっと短いわよ? アタシも結局、中学一年の間には何もできなかった。何も残せなかった。そういう後悔を、アツシくん……いいえ、エイジくんにもしてもらいたくないの」
「レイカ先輩……」
昨日のレイカの言葉を思い出す。
選手を辞めるまでの「えへへ、ちょっと色々あって……ね」という言葉の裏には、きっと沢山の出来事があったはずだ。それこそ、アツシには言えないような――あるいは言いたくないような、何かが。
だからアツシには、レイカの言葉が腹にズシンと響くほど重いものに思えた。
「なあ、エイジ……。先輩の言う通りなんだ。オレ、実はバドミントン自体はそこまで好きじゃないんだよ。お前とのコンビが、ペアが、楽しかっただけでさ。だから……だからまた、オレと『ペア』を組んでくれないか? バドミントンじゃない、新しいことで!」
改めてエイジに向き直り、まっすぐに目を見ながら告げる。
エイジは、少しだけ何かを考えるかのように目をつむり――やがて小さく、コクンと首を縦に振った。
――途端、何故かギャラリーが「わっ!」と沸いた。
「ヒューヒュー!」「よっ! ご両人!」等と茶化すような歓声が二人に向けられる。
「え、なに、これ? なんでこんなに沸いてんの?」
自分達の口喧嘩を、クラスメイトや通りがかりの生徒達が「観戦」していたことにアツシは気付いていたが、どうにも盛り上がり方がおかしかった。
アツシが首を傾げていると、廊下から二人の様子を見守っていたクラスメイトの女子数人がやってきて、何故か頬を赤らめながらアツシ達にこう言った。
「ふ、二人とも……私達くらいの歳だと、まだそういうことに偏見あるかもだけど……私達は二人の仲、応援してるから!」
そのまま「キャー!」と黄色い歓声を上げながら走り去る女子達。
そこに至って、アツシとエイジはようやく、自分達の喧嘩がギャラリーには「痴話喧嘩」だと映っていたことに気付き、必死の弁明を始めるのだった――。
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