第57話 治太夫の反乱2

 ナナミ御殿に着くと、治太夫はひつぎを中に運び込ませ、他の河童たちには、「皆でリナ様の御殿の様子を見てくるように」と言いつけた。

 荷運び作業員の河童たちは、ナナミから灯りを借り、それを手にしてゾロゾロと御殿から出て行った。


 ナナミの御殿には、夜の宿直河童は居ない。

 妹ナナセの影響を受けたのか、単に一人が好きなのか、それは分からないが、港の近くであり、そちらに警備河童が常駐しているので、何かあれば、そこへ連絡すれば良いということもあるのだろう。

 とにかく、この御殿内には、今、他には誰も居ないことになる。


 完全に二人きりになってから、治太夫はおもむろに柩の蓋を開けた。

 ナナミは即座に中をのぞき込み、食い入るように入れられているモノを見る。


 棺桶の中の遺体は全裸状態。

 頭がかち割られ、ゆがんだ顔…。

 そして、だいぶ乾燥してしまっていた。

 人魚は乾燥に弱い。美しかったであろう生きていた時とは、全く異なるひどい状態になっていた。

 が、よく見ると、左唇の下に小さなホクロがある。

 これは、ナナセにしかない特徴だ。


 間違いの無い、ナナセの遺体……。


 ナナミは、口に手を当て、嗚咽おえつしながら、ミイラの様になりかけている妹の遺体の手を取った。


「ひ、酷い!なんでナナセがこんな目に! 絶対、絶対、許せない!」


「許せませんか?」


「当り前でしょう!何を言っているの!」


 ナナミは、キッと治太夫をにらんだ。

 睨まれた治太夫は、うすら笑いを浮かべている。

 その不気味な笑い顔に、ナナミは動揺して身構えた。


貴女あなた方は、河童を搾取しすぎたのです。これは、当然の報いではありませんか?」


「な…、何を言って……」


「自分たちだけでは何も出来ないくせに威張り腐って、我らを奴隷の如く使っている報いだと言っているのです」


「え? ど、どういうこと?

 も、もしかして、銀之丞が言っていたことは……」


「そうです。こいつを殺して、脳を喰ったのは私です。次は貴女の番ですよ」


 ナナミは身の危険を感じ、目を赤く光らせた。

 金縛り…。

 治太夫は、その赤く光るナナミの目を真っ直ぐ見ていた。


 ……が、動いている。金縛りが掛からない!


「無駄ですよ。こいつの力を得たのです。私に金縛りは効きません」


 そうであった!


 ナナミは、この時点でやっと重大な事に気付いたのだ。


 ナナセは金縛り無効の力を持っていた。その力を奪ったのであれば、銀之丞は金縛りに掛からないはずであった。

 なのに、銀之丞はリナの金縛りに掛かった…。


 これは、ナナセを殺し喰った犯人では無いということ。

 自ら告白し、金縛り無効の力も持っている、目の前の治太夫こそがナナセ殺害の真犯人なのだ。


 ナナミは、驚愕の表情で後退あとずさる。

 そして、背を向け、逃げ出そうとした。


 しかし、その刹那せつな、ナナミの両脚が大腿下部でザックリ切断され、血しぶきをあげてゴロゴロと転がった。ナナミは、そのままうつぶせにベタンと豪快に倒れ伏す。


「あううう、痛いー!!」


 絞り出すような声……。

 薄紫のミニドレスの裾は、血で赤く染まってゆく……。


 人魚には自己修復の能力がある。切れた脚はすぐに白いもやつながり、元の場所に戻ってくっついてゆくが、ナナミは脚が繋がりきる前に、手だけの匍匐ほふくで逃げようとした。

 だが、その両腕もスッパリ切り落とされた。


「ギャー!! イヤー、止めてー!!」


「抵抗すると、痛いだけですよ。すぐに楽にして差し上げますから、じっとしていてくださいな。

 なに、頭をゴリッとかち割って、中身をグチャグチャッとほじくり出したら、もう終わりです。直ぐですよ。」


 切れた両腕も、直ぐに白い靄で繋がり再生して行く。ナナミは更に、四つん這い状態になって逃げ出そうと試みる。治太夫に後ろを見せて…。

 しかし、このポーズは、河童に対して一番してはならない姿勢だ。


 ズブッ!!


「んぐうううう!!」


 ドレスのすそまくられ、治太夫の右腕がナナミの排泄穴を貫いていた。

 そして、次の瞬間……。


 ブリブリッ、グチグチグチグチッ!!


「ふんぐああああああああ~!!」


 ナナミの尻の小さな穴から、ピンク色の太い大腸が一気に抜き出された!


 ―――人魚の内臓も、基本的にはヒトと似たようなものだ。

 消化器官としては、胃があって小腸があって大腸となり、排泄穴へ繋がっている。

 排泄穴からは尿も一緒に出す為、混ざり合った排泄物は固形では無いが、消化器官の外見上は大差ない。

 その、大腸部分が引き抜き出された状態…。

 丁度、愛が為されたのと同じにされたのだ―――


 人魚の負った傷は、直ぐに自動的に修復してゆく。人魚が生まれながらに持つ異能であり、無意識化に働く力。脳さえ損傷しなければ、どんな状態にされても治ってしまう。

 だけれども、痛みを感じないわけでは無い。傷を負えば、当り前のこととして、普通に痛いのだ。


 内臓を、狭い排泄穴から無理やり引きずり出されたという途轍もない激痛!

 その上、それは自動的に自分の体の中に戻ってゆく。狭い排泄穴の強い抵抗を受け、激しい痛みを伴いながら……。

 ナナミにとって、これは、二重の苦痛だ。猛烈な痛みが、大腸が体内に戻り終わるまで続くこととなった。


「あ、あああああ~! ぐうあああああ~。

 ぐ、うう……。ゲロゲロゲロ…。ゴホッ、グエエエ……」


 口からは吐瀉し、引き出されているグロテスクな大腸の先からも人魚特有の紫色ドロドロ汚物を大量に撒き散らし、体をよじもだえながら、ゴロゴロ転げまわるナナミ……。

 それを見て治太夫は愉快そうに笑った。


「ハーハッハ! まるで傷をつけてやった芋虫のようでは無いか。汚いものを噴き出しながら転げておるわ」


 威張り腐っていた人魚のみっともない姿は、治太夫にとっては溜飲の下がる最高の見せ物だ。

 しかし、遊んでばかりも居られない。リナの御殿に向かわせた河童が戻る前に全てを終えなければならない。


 ナナミの大腸は、汚物を垂れ流しながらもズルズル全て腹部内に戻っていった。

 彼女のドレスは、血と汚物で赤黒く染まってしまっている。

 仰向けの大の字になり、息を荒くして体を痙攣させている状態。まもなく、内部の修復も完了するだろう。


 治太夫は、その仰向け状態のナナミに対面するようにまたがった。

 逃げ出せないように腰を下ろし、しっかり体重を掛ける。


「い、嫌! 助けて……」


 ナナミは恐怖に顔を歪める。棺桶の中のナナセの遺体の様にはなりたくない。


 ネットリした笑みを浮かべながら、治太夫はふところからなたをヌッと取り出した。

 その鉈が、大きく振りかぶられる。


 必死の形相で、「イヤ、イヤ」と、何度も首を横に振るナナミ……。


 そのナナミの頭に…。


 鉈が振り下ろされる!


 ザクッ!!

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