第56話 治太夫の反乱1


「さて、こうしてはいられないわ。犯人は、本当に治太夫なんですね? それなら、捕らえなければ。

 ナナセの遺体を移送して来るということだったけど、もう来てもおかしくないはず……」


 リナの表情が引き締まった。

 恵美の垂れ眉も、クイッと上がる。


「いきなり真犯人登場って、それ超ヤバいよ~。ここに来るの~?」


「そのはずですが…。しかし、異変に気付けば逃げ出すかもしれません。

 港に一番近い館にナナミが住んでいます。大丈夫かしら……」


「どっちの方角?」


「あちらです」


 リナの指す方を向き、恵美は目を閉じた。

 千里眼…。

 ほどなく、恵美がつぶやく。


「あ、あれ…。今度こそ、舞衣さん?」


「あ、違います恵美母様!

 髪の色形まで舞衣母様にそっくりの、その人が、ナナミさんです」


 この館に着いた時に顔を合わせているあいが、恵美に教えた。

 ナナミは舞衣と見分けがつかないほどソックリなのだ。恵美が驚くのも無理はない。

 そして、こうも同じ顔が揃うと、ややこしくて仕方ない…。


 が、そんなことより、事態は逼迫していた。


「たいへん、河童に襲われている! 助けに行くわよ!

 あいちゃんは危ないから、ここに居な!」


 恵美は、即飛び出した。タケと銀之丞も慌てて続いた。





 ナナミは、リナが銀之丞の願い出を聞き入れたのに大層不満だった。よりによって、妹の仇敵の言うことを聞くなんて、あり得ないと…。

 そして、自分の手で妹の仇を討てないことも気に入らなかった。

 だが、これに関しては、一太刀は入れたし、母に任せるべき事だというのも理解出来なくも無い……。


 ただ、やはり、どうしてもスッキリしない。

 とにかく不機嫌だった。



 人魚は基本的に皆、完全個人主義だ。自分勝手に好きなことをしている。人界に入り浸りで遊び歩いている者もいる始末だ。

 島に居ても、他の人魚に会うことは滅多に無い。

 親子関係にしても希薄というか、意識皆無というか……。


 そんな中で、ナナミとナナセ、そしてリナは、人魚としては特異な、仲の良い姉妹・親子だった。

 ナナミにとって可愛い妹のナナセが殺された……。

 信じたく無いが、河童たちがいい加減な情報をもたらすはずがない。

 だけれども、遺体を見るまでは、完全には信じられないという思いも、やはり無くはない。

 皆顔が同じ人魚のことだから、別の人魚との誤認という可能性もあるのだ。


 人魚の死ということは、脳を潰されたということ…。

 遺体も普通の状態では無いはずだし、喰われたということは何かしらの欠損もあるはずだ。判別不能な悲惨な状態になっている可能性も高い。

 それでも、やはり、自分の目で実際に確認したかった。



 ナナミの御殿は浜の近くで、港の様子が見渡せる。夜であっても灯りがともされ、港は明るくなっている。

 御殿に着くやいなや、いかだに載せられたひつぎが港に曳航されて来るのを確認したナナミ…。

 すぐまた、外へ出た。


 柩が桟橋に上げられ、運び込まれて来る。それには、治太夫が付き添っていた。自分でナナセを殺しておきながら…。

 勿論、ナナミは治太夫が犯人だなどとは、微塵も思っていない。銀之丞が犯人だという治太夫の報告を信じ切っていた。

 到着した治太夫はキョロキョロ周りを見渡し、警備の河童が居ない事に驚いている様子だった。

 ナナミは、その治太夫に自分から説明してやった。殺人犯の銀之丞がリナの屋敷に侵入したということと、警備の者は、恐らくそっちの方じゃないかということを……。

 実際は、警備河童は少し離れた場所で、皆、恵美に打ち倒されていたのだが、それをナナミは知らない。だから、警備河童の動向はナナミの推測だ。

 銀之丞は今、リナに金縛りを掛けられていて動けなくされている。連れてきたヒトの女の治療後にリナ自身が銀之丞を処刑することになったことも、言い添えた。


 すると、治太夫はナナミに向かって口を開いた。


「ナナミ様。リナ様は、ヒトの治療中なんですね。

 到着後、遺体は直ぐにリナ様の御殿に運ぶことになっていますが、治療のお邪魔をしてはいけません。

 一旦、ナナミ様の御殿に運ばせて頂けませんでしょうか」


 いきなりの提案に、ナナミは首を傾げる…。

 治療には、そんなに時間はかからないはずだ。治療中であっても少し待つだけだし、急ぐなら遺体を警備の者に引き渡せば良いこと。直ぐにリナの元へ運んでも問題無いはずなのだ。

 だが、ナナミは、治太夫の申し出を受け入れることにした。

 ナナセの遺体を直接確認したいと思っていたから……。


「いいわ。運んで!」


 そう言うと、ナナミは直ぐにきびすを返し、夜道を自分の御殿へ向かって歩きだした。

 背後で治太夫が怪しい笑みをたたえているのに気付かず……。





 ヒトが来ている…。治太夫は表情には出さなかったが、内心は動揺していた。

 治療を受けているということは、逃げ帰ってきた三太の報告で聞いた尻子玉を抜かれた女だろう…。

 銀之丞が何を言っても、皆、聞く耳を持ないだろうが、治療後のヒトから真相がバレる恐れがある。いや、もうバレているかもしれない……。


 治太夫は、すぐにリナの屋敷に行くのは危険だと判断した。

 幸い、目の前のナナミは、治太夫がナナセ殺害の犯人だとは知らない様子だ。知っていたら、のこのこ一人でここへ来るはずが無い。

 これは、まさに勿怪もっけの幸い、飛んで火に入る夏の虫だった…。

 治太夫は、新たな計画を実行することにした。


 新たな計画……。

 鬼ヶ島へ派遣した二人の河童は、神鏡奪取に失敗した。もはや、密かに奪いに行くのは難しいだろう。それに、鬼ヶ島は遠い…。

 だが治太夫は、神鏡を奪うよりも手っ取り早い方法に気付いてしまったのだ。

 それは、人魚を順に殺して、力を奪って行くというモノ……。


 ナナセは、金縛りを無効にする力を持っていると言っていた。つまり、治太夫は、その力を得ているはずだ。ナナセの脳を喰ったから…。

 治太夫には更に、鎌鼬かまいたちがある。

 この二つの能力があれば、かなりの戦力となる。


 人魚の中にはもっと凄い力の持ち主も居るかもしれないが、警戒される前に一気に事を済ませば、殺して喰うのも可能だろう。非力で、陸上行動に制限のある人魚のことなのだ。

 実際、彼の目の前を歩いているナナミは、完全に無防備だ。さっきから終始、すぐにでも首を斬り落とせる状態だ。

 ナナミはナナセの姉。つまり、ナナセより年上だ。ナナセに無い異能も持っているだろう。金縛りも使えるかもしれない。その力を奪ってしまえば……。

 あとは順番に人魚を喰って、他の力も得て行けば良いのだ。


 まずは、ナナミを殺して喰う。

 そしてナナミの死を、母親のリナに知らせる。

 そうすれば、ナナセに続いての事。二人の娘を失って、リナは狼狽うろたえ、大いに動揺するだろう。警備兵にでも紛れて近づき、混乱の隙をついてリナも殺し喰う。

 リナは確実に異界出入りの力を有している。いつも、河童に為に能力を行使しているのはリナなのだから……。

 リナを喰うことが出来れば、取り敢えずの目的は達成だ。

 他の人魚の処分は追々ということで良かろう。


 これが、治太夫の新たな計画だった。




 今、治太夫に背を見せているナナミは、微塵も彼を疑っていない。

 即、首を落として喰ってしまいたいところだが、あいにく、治太夫は一人でなかった。後ろに、ナナセの柩を担いでいる河童が十人付き従っていた。

 河童は、基本的に人魚を神の様に敬っている。恐らく、反抗心を持っているのは、ごく少数だ。

 ここですぐにナナミの首を落とせば、大変な騒ぎになる。

 治太夫は次期村主であるが、まだ「次期」で、就任前なのだ。目の前で人魚を襲えば、河童たちが反抗して来る可能性も高い。

 治太夫は取り敢えず、ナナミの御殿までは我慢することにして、港の灯りを頼りに薄暗い道をナナミに続いた。

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