第51話 尻子玉抜き2


「う、う~ん…」


 丁度その時、あいが正気を取り戻した。


あい様! 大丈夫ですか?」


 アマの問いかけに、あいは周りに集まっている面々を力無く見渡す。


「あ、赤ちゃんは…?赤ちゃんは無事?」


「大丈夫ですよ。さと様とトヨが外であやしています。それより、心配なのはあい様の方です」


 アマは、あいを気遣う。当たり前だ、ついさっきまで、トンデモナイ状態になっていたのだ。

 テルも隣であいの手を取って、うなずいている。


「う、ちょっと、大丈夫じゃないみたい。お腹が痛くて動けない……」


「え?」


 あいの回答に、銀之丞が驚いた声を出した。

 その銀之丞の声を聞き、彼の当惑した表情を見た恵美…。眉をひそめ、改めてあいの腹部内を透視した。


 相変わらず血まみれでよく分からないが、あいの内臓は、普通の位置にきちんと収まっている。

 …が、よくよく見ると、血管が大腸とキチンと繋がっていない部分がある。新たな出血は無いようだが、このままでは大腸が正常に動かないし、長く放っておけば、壊死してしまうかもしれない。


「薬が足りなかったのかもしれません。助けるには人魚様のところへ連れてゆくしか……」


 恵美からあいの腹部内の状態を聞いた銀之丞の返答…。


「人魚様?」


 再び、恵美の話し方が鋭くなった。


「はい。先ほどの薬も、人魚様から頂いたものなのです。人魚様なら、どんな怪我でも治療できます」


「なるほど。慎也さんや祥子さんの治癒能力と同じか…」


「同じ? 治癒能力をお持ちの方がいるのですか?!」


 銀之丞が驚きの声を上げた。人魚にしか無い能力だと思っていたのだ。


「それでしたら、その方に治して頂けば…」


「それが~、ダメなのよね~。二人とも人界だからね~」


 場の緊張をほぐそうとしてのことか、再度恵美は話し方を柔らかくしている。


「で、では、例の神鏡で人界へ行けば良いのでは?」


 恵美の伏兵捜索中にアマから鬼の神鏡について説明を受けていた銀之丞は、疑問を呈した。


「ダメなのよ~。その神鏡が効力をなくしてしまって~、私も帰れなくなって困っているんだから~」


「な、……。 それを知らずに神鏡を盗み出そうとして、こんなことを仕出かしたとは…」


「つまり~、あなたの言う人魚様のところへ行くしか方法が無い~ということね~。場所は、どっちの方角~?」


 話しぶりは、いつもの調子だが、恵美の眼光は鋭くなっている。それにたじろぎ乍らも、銀之丞は答えた。金縛り状態なので指し示せず、言葉で…。


「私は、東北の方角へ真っ直ぐ泳いで参りました。ですので、ここからですと、西南の方角です」


 銀之丞の回答を聞くと、恵美は目を閉じた。千里眼の能力で場所を確認するためだ。

 暫くして…。


「何よ、これ~。呆れた…。あなた、この距離を泳いできたの~?

 え~と、島が二つあるけど、どっち~?」


「な、なんと! 我らの島まで見えるのですか? 何という能力! あなたは、ヒトではないのですか?」


「失礼ね~。バケモノみたいに~。どうでも良いから、どっちなの~」


 睨みつけられて、一瞬口籠りながらも、銀之丞は言葉を繋ぐ。


「は、はい。こちらからだと、手前の方が我ら河童の住む童島で、奥が人魚様の神島です」


「ふ~ん。奥か…。神島…。神島にも河童が居るね~」


「はい、人魚様のお世話する者や、警護の者が居ります」


「だけど~、この距離……。船が必要ね~。丁度追い風になるから、帆船があれば行けるけど~、村には無いよね~」


 恵美はあごに手を当て、考え込んだ。そして、


「タケ~! 誰か~、タケを呼んで~!」


 外に向かって大きな声を掛けた。


「は~い、居ります!」


 入口で中を覗き込んでいた神子かんこたちの後ろから声がして、タケが分け入ってきた。


「あんた、この間、漁をするための大き目の頑丈な舟を二つ作ったでしょ! それに帆をつけて!

 舟一艘では安定しなくて転覆するから、二艘を横木でしっかり固定して、その横木の部分に帆柱を立てるの! 分かるかな?図面書くから…」


 恵美は部屋の中にあった紙を取ろうとしたが、それをタケが制止した。


「大丈夫です。分かります。すぐに作ります。一時間で仕上げて御覧に入れます。

 タミさん!帆の方をお願いしたい。手伝ってください」


「はい!」


 タケとタミは、慌てて駆け出て行った。


 あいは相変わらず苦しそうに腹部を押さえている。その可哀想な様子に、テルの湧き上がる怒りがオーバーフローした。

 金縛り状態で気を失っている、あいを襲った河童=太吉を無造作に担ぎ上げ、外に向かって歩き出した。

 恵美とアマは、それに視線を送るが黙って見送る…。


 強く床を踏みしめる、テルの歩み…。

 こちらも金縛りになっている銀之丞の横を通り過ぎると、覗き込んで入口を塞いでいた神子かんこたちが、サッと二手に分かれて道を開けた。

 そのまま神子たちはテルの行く方に向きを変え、皆で、テルを見詰める。


 アマは小声で恵美にささやいた。


「よろしいですか? 多分、殺してしまいますよ」


 恵美も小声で囁き返す。


「仕方ないでしょ。愛する妻をこんな状態にされて、許せるはず無いもん」


 テルは外に出て少し進むと、担いでいた河童を無造作に放り下ろし、背後に回って活を入れ、正気を取り戻させた。

 が、金縛り状態のままで、河童=太吉は動けない。テルは太吉を坐らせた。


「お、御願いします。見逃してください…」


 体を動かすことが出来ず震えるような声で懇願する太吉を、テルは立ったまま見下ろし、睨んでいる。

 そして、腰に差している刀の柄に右手を掛け乍ら、低い声で尋問を開始した。


「正直に答えれば、金縛りは解いてやる。答えなければどうなるか、分かっているな!」


「は、はい。何でも話します」


「お前は、何をしにここへ来た」


「は、はい。河童の長の御曹司である治太夫様の命令で、鬼の神鏡を盗んで来いと言われまして…」


「その際に、他には何か言われなかったか?」


「は、はい、鬼は金縛りの能力を持っているから気を付けろと…。鬼の目を見てはいけないと言われました。

 ですので、先ほどのヒトの時も警戒し、赤子を人質に取って抵抗できないように四つん這いにして、背後から尋問を…」


「尋問…。何を聞いた」


「はい、鏡のありかを尋ね、村長むらおさが持っていると…。拝殿右の建物と聞きました」


「それだけか?」


「そ、それだけです」


 鏡は三面存在する。あいが村長の鏡しか教えなかったのは、村長と一緒にいるテルに助けて貰いたかったということは自明の理。

 そう考えると、あいを守れなかった自分が不甲斐無く、また、あいをあんなにした目前の河童に対して更に怒りがこみ上げる。


「で、なぜ、素直に教えてくれたあいは、あんな状態にされたのだ」


「そ、それは…。密かに鏡を奪うには口を封じなければと…。

 それに、とても美味うまそうな身体つきをしていたので我慢できず、尻子玉を抜かせて貰ったというような…」


「尻子玉?…」


 テルには聞き慣れない言葉だったが、『美味そう』というからにはあいの内臓を喰うつもりだったのだろう。尻から抜き取って…。


 テルは、そのまま暫く河童を睨みつけていた。


「よし、約束は守る。金縛りを解いてやろう」


 そのテルの発言を聞いて、少し離れた位置…館の入口近くから様子を観察していた神子かんこたちが驚いた。逃がしてしまって良いのかと…。


 太吉を見詰め、テルの目が赤く光る。

 金縛り解除…。


 自由を取り戻した太吉は、急いで逃げ出そうと立ち上がった。


 が…。テルの手元が光った。


「ギャー!!」


 悲鳴と共に、太吉は仰向けに倒れ込んだ。

 両脚が、太腿の下部で綺麗に切断されて転がっている。テルが刀で抜き打ちにし、切り落としたのだ。


「う、ウオオー! 話が違う~!助けてくれるのではなかったのか!」


 先が無くなってしまった両脚を両手で押さえ、激痛に耐えながら抗議する太吉……。

 神子かんこたちは、河童の脚から噴き出す赤い血に、驚愕の表情で後退あとずさった。


「誰も助けてやるなどとは言って居らん。金縛りを解いてやると言っただけだ」


 テルは、太吉の右手も切り落とした。次に左手。切断面からはダラダラと血が零れ出る。

 神子かんこたちは「ヒ~」と小さく悲鳴を上げ、目を背けた。


 構わずテルは、腹部も横へ浅く斬りつけた。

 次に縦へ。

 十文字に斬れた腹の傷に、刀をズブッと突っ込んで、中身のハラワタをズルズルと引きずり出す。

 太吉は血塗れで腸を曝け出し、体を大きく痙攣させている。


「留めは刺してやらぬ。そのまま苦しみながら死ね!」


 テルは刀の血をぬぐい、鞘に納めて背を向けた。

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