第32話 月影村の恵美

 さて、人界での騒動など露知らず…。

 恵美は妖界月影村で、仕事に励んでいた。


 彼女の仕事は、この鬼の村を豊かにする助言・指導だ。

 最重要なのは、基幹産業の農業。食料が無ければ、生きてゆけない。使いやすい農機具で作業を効率化させ、灌漑設備等を整えてゆく。


 農機具・設備を充実させるには、どうしても腕の良い職人が必要となって来るが、村に何人かいた職人は疫病で亡くなり、残ったのはさちの夫となったタケだけだった。

 彼は、見た目、締まりのない抜けた容貌…。

 しかし、それと異なり、かなりの腕前の優れた人材(鬼材?ややこしいので、以後、人と表記)だった。

 木工製品でも金属製品でも、恵美の指示通りに仕上げてくる。大きな水車も、恵美の簡単な説明を聞いただけで難なく作ってしまい、水力で穀類の精白や製粉も可能になった。

 タケは恵美のお気に入りとなり、寝る間も惜しむ大活躍だ。

 妻のさちは、自分の旦那ばかり働かせすぎだと恵美に抗議しているが、他に人材が居ないので、やむを得ない。

 聴けば、タケの父親も、村一番の職人で有り、神社調度品の整備を一手に引き受けていたということであった。惜しくも疫病で亡くなったが、タケはその技術を見事に受け継いでいたのだ。


 しかし、恵美がタケを独占してしまうので、結果、神社の方の仕事をする職人が居なくなっている。

 村長むらおさと大婆に泣き言を言われるとアマが繰り返し訴えては来るが、とりあえず、村を発展させるのが先だと、恵美はアマの訴えを無視していた。


 鬼姫であろうと、村長であろうと、恵美に逆らうことなどは出来ない…。



 娘たちは神子かんこ就任後、六人揃ってすぐに妊娠、「十月十日とつきとおか」、翌年の八月後半頃にそれぞれ第一子を産んだ。

 つまり、恵美は二十六歳にして早くも「お婆ちゃん」になってしまったということだ。


 恵美の提案で、子供たちの保育所兼学校を作ることも計画されている。

 保育士兼先生には、自身も子育て中の、トヨとタミが就任予定だ。施設も必要なので、子供たち誕生と同時に準備に入った。

 まあ、施設と言っても、それほど巨大なものは不要。普通の館で結構で、神社境内隅の木を切り、建設中。工事は、さとの夫で建設の経験のあるツチに任せていた。





 ところで、これは恵美が月影村に来て四ヶ月程度経った頃、人界では丁度沙織・杏奈・環奈が慎也の元へ戻ったくらいの時のこと…。


 娘たちが次々妊娠してゆくのに気を取られ、また他の業務も忙しくて頭が回らなかったのだが、恵美は、自身に生理がこないことに気が付いた。


 こちらの世界は、あちらの三分の一の成長速度となる。生理の周期もそれに従い三倍になるのか?

 しかし、三倍の成長速度である娘たちの生理周期は、人界でも約一ヶ月だった。皆すぐに妊娠したようだから、その周期まで三分の一になっているとも思えない。

 いや、この点も神子かんこは特別なのかもしれないが…。


 どちらにしても三ヶ月以上経ているのであるから、もうとっくに来ていても良いはずの生理がこないのは、何故か?

 恵美には、思い当たることがあった。

 お別れの日の前日。慎也と久しぶりに、「生」で交わっていた…。


(きっと、あれで、妊娠したんだ…)


 とすると、もうこちらで四ヶ月を過ごしている。

 こちらの世界では、妊娠しても一年くらいで未成長状態のまま死産するという。

 成長速度の変化に胎児と母体が適応できないためだ。その為に、特別な存在の神子かんこが鬼の子を産んでいるのだ。神子かんこ自身も三倍の成長速度だが、その子宮内に宿った命も三倍の速度で成長させるという…。


 折角お腹に宿った我が子であれば、死なせたくない。しかし、今更戻ったところで、既に過ごした四ヶ月の異常状態の影響はまぬがれないだろう…。

 村の方も、まだ放っておける状態ではない…。

 それに、妊娠検査薬も何もなく、実際に妊娠しているかも定かでない。


 恵美は悩み、それを、自身の実娘のつきに打ち明けた。つきはすぐさま、異母姉のさとの館へ行って相談した。

 さとは、それを聞いて、慌てて恵美のいる館に駆け込んできた。つきも引っ張り連れて…。


「恵美母様! 何で、もっと早く気付かないのよ!」


 さとに激しく責められるが、あの日、慎也は排卵を誘発する「痛くないように…」は、しなかった。

 一夜で懐妊して夫の邇邇芸命ににぎのみことに貞操を疑われた此花咲耶姫このはなさくやひめでもあるまいし、まさかあの一夜の交わりで妊娠しているとは思わなかったのだ。

 もっとも、回数自体は六回していたのだが…。


「まだ、赤ちゃんは大丈夫かな? 母様なら透視で見られるでしょ。確認して!」


 そうであった。さとに言われるまで、迂闊うかつにも恵美は気が付かなかった。

 妊娠検査薬など無くても、自分の特殊能力で見れば良いのだ。

 他人は透視して見る癖に、自分を透視したことは一度も無かった。まさに、「灯台もと暗し」だ。

 恵美は、すぐに自身の下腹部を透視した。


「うわ、グロ……」


 彼女に見えているのは、グニュグニュうごめいている自分の小腸・大腸と、ドクドク脈打つ血管…。


「恵美母様?真面目にしなさいよ!」


 さとに、ジロッと睨まれる。


「わ、分かってるわよ~。自分を見るのは、やりにくいのよ~」


 気を取り直して、股間の少し上を透視する。蠢く小腸に隠れて、子宮がある。子宮は腫れたように少し大きいみたいだ…。


 中は…。


「居た! 小さな小さな赤ちゃん。まだ一センチくらいかな…」


「生きてる?」


「そんなの、分かんないわよ~。まだ小さすぎるもん」


「そっか…。小さい時の方が順応性があるだろうから、まだ大丈夫かな…」


 さとは何やら考え込んでいる。そして、両手で恵美の手を取り、彼女の顔を間近でしっかりと見た。


「恵美母様!私が、何とかします!」


「な、何とかって…。どうするの~?」


「分かんないけど、何とかします!私にとっても、弟か妹になるんだから!」


 さとは、それだけ言って、駆けて部屋を出て行ってしまった。


 呆気あっけにとられた恵美とつき…。

 しかし、自分たちではどうしようもない。「何とか」してくれるというさとに任せるしか無い。


 少しして、さとが駆け戻ってきた。


「ちょっと、さとちゃ~ん。私のこと、思ってくれるのは嬉しいけど~、あなたも妊娠中なのよ~。走っちゃダメ~」


「だ、だって! もう四ヶ月も放っておかれてるのよ。恵美母様の赤ちゃんは!」


「分かった、分かった~。で、どうするの~?」


「これ!」


「え、ええ~!!」


 さとが握りしめて恵美の前にズバッと突き出したもの…。

 それは、前にアマの金縛りを解くのに使った張形はりがた…。


 あの時、さとは、それをアマの肛門に突っ込んで気を送り、アマの金縛りを強制解除した。

 その後、汚れてしまった張形を投げ捨てたのだが、実はあの後、テルが拾って宝物として神社で保管していたのだ。

 何しろ、通常では解くことが出来ないはずのアマの金縛りを解除するのに使用した「宝具」なのであるから、ふさわしい扱いだ。

 勿論もちろん、徹底的に洗ってあるのは言うまでもないし、アマには内緒である。知らせようものなら、発狂しかねない。

 このことは、テルの妻のあいが「内緒」ということで聞いていて、仲の良いさとあいが、やはり「内緒」として教えていたのだった。

 内緒、内緒と言いながら、こういう話は自然と広がってゆくものだ。知らぬは本人ばかりなり…。


「ちょ、チョイ待ち~! それ、アマちゃんのお尻に突っ込んだバッチイやつじゃない~!」


「恵美母様!大丈夫。綺麗に洗ってあります!今では神社の宝物扱いになっているシロモノよ。アリガタ~イ宝具です!」


 恵美の目の前にさとが、その怪しいブツを押し付けてくる。


「うそ、うそ~! そんなんで、何するつもり~!お尻は嫌よ~。冗談じゃない~!」


「大丈夫!お尻じゃない!正しい方よ。恵美母様もれて試してみたんでしょ!」


「は、はあ~?!」


「だから、これを通して、私の気を赤ちゃんと母様の子宮に送るの! 金縛り解くのと同じで、出来そうな気がするの!

 『龍の祝部』である父様とスルと、安産になるのも同じ原理でしょ!」


「そ、そんな……」


「そんな、じゃない! はい、恵美母様、はかま脱いで、股を広げる!」


「うそ、うそ~。止めてよ!娘にそんなことされたくない~!」


「え~い、やかましい!大人しくれさせろ!つきちゃん、手伝って!」


「了解!」


 抵抗するも、実の娘のつきに裏切られて背後から羽交い絞めにされ、さとに袴をぎ取られる。


「待って、待って、待って~。いきなりは、嫌!ダメだって~!」


「ぐだぐだ、ウルサイ!静かにナサイ! いくよ! エイ!」


「んぎゃ~!!」


 少し唾液で湿らされただけの太いモノを、直接の血の繋がりはないとは言え、「娘」に行き成り女の秘部へ、ズブッと…。

 ご愁傷様。


 チィ~ン……。



 恵美は、それから毎日、この「拷問」を受けることになった。

 但し、やはり愛撫無しで突っ込むというのはむご過ぎる。かといって、前段階を娘にしてもらうわけにもゆかず、恵美は寂しく自身で事前に十分湿らせるようにした…。


 このかいあってか、恵美のお腹の子は順調に育っていった。が、順調にといっても、やはり成長速度は三分の一。つまり、彼女のお腹に通常の三倍の期間居ることになる。透視で無事に育っているのは分かるのだが、母体にとって、これは途轍もない負担だ。

 さとの気の注入無しでは絶対無理なのは当然だが、普段から鍛えている恵美だったから何とか耐えることが出来たのかもしれない。

 また、うたえみが、母体に良いとされる薬草を、村中駆けずり回って探し出してきた。この不味まず~い薬湯を、毎日強制的に飲まされていた効果も、少しは有ったかもしれない。


 非常に長く辛い妊娠期間に耐えながら、恵美は月影村の為の仕事をしてきた。

 二年目後半に入ってからはお腹も大きくなってきて、三年目に入って少しすると思うようには動けなくなってしまった。

 それでも、いつものポーカーフェイスで、周囲(娘以外)には辛そうな表情を見せないのが恵美…。動けないなら動けないで、用事があるモノは呼びつけるだけ。彼女の仕事は助言と指導であるし、有能なタケが居るから問題なかった。

 村は見違えて豊かになっていった。


 そして、三年弱経過後の九月十五日。満月の照り輝く下の神社産屋にて…。

 娘たちに見守られる中、恵美は無事、元気な女の子を出産したということであった。

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