第24話 沙織、暴走する3

 権兵衛は、沙織の父親である山本康市を呼び出した。


 康市は警察庁警備局長、つまり公安警察のトップだ。

 権兵衛が総理をしていた時は、よく顔を合わせていたが、総理を退いてからは機会が無く、久しぶりのことである。


 ちなみに、康市の実家は愛知県名古屋市。妻は名古屋にある大学の教授をしているため、彼は東京に単身赴任状態だ。


 この康市と権兵衛。沙織の問題について対策を講じようと、権兵衛宅の応接間で面会した。沙織も呼び出され、並んで坐る権兵衛と康市の、対面に坐らされた。


 どうして、こうもたて続けに沙織ばかり襲われるのか。

 特に、最後のボディーガードは、絶対に間違いが起きないような固い人選をしてあったはずなのだ。


 …が、沙織の対面に居る二人は、彼女をどう扱えば良いのか分からなくなってしまった。


 ……なんとなく、いや、ハッキリ、襲った男たちの気持ちが分かる……

 

 父康市から、心当たりが無いかと問われた沙織。


(心当たり……。無くは無い。たぶん……)


 沙織は、言いにくそうに小さくなりながら、だが、正直に全て話した。

 自分は異能の力として、「淫魔の力」を持っていること。

 そして、自分では使っているつもりが無いが、慎也から別れさせられて想いが募るあまり、無意識に「淫気」が漏れ出ているのかもしれないということを…。


 いずれの時も、沙織は慎也たちのことを思い出していた。

 特に三人同時に襲われた時に見ていたのは、雑誌の奈来早神社紹介記事だったのだ。

 だから更に淫気が強くなってしまい、助けに入ろうとした者まで巻き込まれることになったのだろう。

 これ以外には、沙織には心当たりは全く無い。他の原因は考えられないのだ。

 


 康市は、愕然とした。そして、納得した。

 沙織は権兵衛の秘書として来ていて、今は、権兵衛の東京宅に住んでいる。

 自分は久しぶりに顔を合わせたのだが、その瞬間、思わず組み臥したくなるような性的衝動に駆られていたのだ。

 実の娘でなければ、抑えきれなかったかもしれない。


 権兵衛もまた、納得していた。

 彼も、ずっと同じ衝動を感じていて、特に今は何時いつも以上にそれを強く感じるのだ。

 彼がその衝動を抑えることが出来ていたのは、「沙織は血のつながった実の孫」ということと、「自分は前内閣総理大臣である」という、強固な自制によるもの。

 あとは、やはり、八十歳という年齢も大きかったであろう…。


 それに、まさか、慎也の元へ戻りたいと思っていたとは…。

 命じられて義務感のみで神子かんこを産み育てたのではなかったのかと思うと、意外でしかなかった。



 とにかく、沙織を男と接触させるのは危険極まりない。まずは、自宅待機で、外に出さないことにする。

 しかしこれは、とりあえずの対策。いつまでもそうしておくことは出来ない。

 根本的解決法としては、沙織を慎也の元に戻すしかない……。


「止むを得ないな。今の妻と別れさせて、お前と結婚させるようにはかるしか……」


 これは、康市の発言…。

 康市には、父親として、娘を妾として一生過ごさせるなどということは考えることも出来なかった。

 だからの発案であったが、言ってはいけないことを言ってしまった。

 この発言は、沙織の逆鱗に触れてしまった。


「冗談じゃありません!! 舞衣さんと慎也さんを別れさせるなんて、そんなことをしたら、私は、お父様を絶対に、許しませんよ!!」


 机をバンと勢い良く叩いて立ち上がり、沙織は父親に猛然と食って掛かった。


 今しがたまで、大人しく縮こまっていた娘の急変に、康市はった。

 慎也と舞衣を別れさせる…。康市の力をもってすれば、容易たやすいことだった。

 公に出来ない、数多くの裏工作もしてきているし、その手段も、幾つも持ち合わせているのだ。


 …が、娘は、それを絶対に許さないという。

 …慎也の元に帰りたいのではなかったのか?


「慎也さんの正妻は、舞衣さん以外には、断じてあり得ません!

 二人は、互いに互いを命の恩人と思っていますし、深く愛し合っています。引き離すなんて、とんでもありません!

 私は、妾でいいんです。いや、妾がいいんです!妾じゃなきゃダメなんです!

 そして、杏奈と環奈も含めて、前のように、みんな一緒に仲良く暮らしてゆきたいんです!」


 康市と権兵衛は顔を見合わせて、同時に溜息ためいきをついた。

 全くもって、理解不能だ。妾でなければダメだとは…。

 更には、杏奈と環奈も一緒にとは…。


 しかし、よくよく考えてみれば、慎也たちには三体の鬼を退治した功績がある。

 「神子かんこ」の件でも、世を救うのに大きな貢献をしたということらしい。

 そして何より、異能の力を有しているということで、また鬼が襲ってくるようなことがあれば、力になってもらいたい存在だ。

 敵対するような行為は避けたいし、身内がその仲間になっていれば、都合が良いともいえる。


 そして、最も重大な事。これ以上沙織の「淫気」が強く成ったら、自分たちも沙織を襲ってしまうかもしれない…。

 父が、実の娘を……。

 祖父が、実の孫を……。

 そんなこと、絶対、絶対に、あってはならない!


 「妾」として戻るというのは、誰有ろう沙織本人の、強い希望…。


 向き合ってボソボソと小声で話し合っている二人を、沙織は対面状態でジッと鋭い目でにらみ続けていた。

 机に両手を突き、腰をソファーから浮かせたまま…。


 二人は同時に、横目で沙織の表情を確認した。

 そして、再度、同時に溜息をついた。


「仕方ないな。杏奈と環奈も一緒にというのは、とりあえずは置いておいて、お前をこのままには出来ない。好きにするがいい」


 父の言葉に、沙織は腰を下ろし、両手を口に当て、目を見開いた。


 そのまま、「やった~!」と飛び上がらんとしたのだが…。

 すぐさま、それを権兵衛が止めた。


「いや、待て、待て、あわてるな。

 だがな、それに関して、一つ、大きな関門がある」


 祖父のさえぎりに、沙織は一気に顔を曇らせた。


「私と康市君は良いのだ。だがな、優子がな……」

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