第33話 NTRに脳を破壊されたギャルゲーヒロイン(上)
「おはようございます。おはようございまーす。うーん、お寝坊さんですね。まあこれも彼女っぽくていいですが」
やや大人びた声が俺の意識を揺さぶった。
わずかに開いた目に明るい陽射しが突き刺さる。
目を擦りながら身体を起こし、枕元に腰掛けていた人物を認識する。
「えっ、
想像を超えた現実に意識を叩き起こされた。
俺の記憶が確かなら、昨日の夜は……と記憶を掘り起こしていると、大岡部先輩が微笑を浮かべた。
「昨夜はお楽しみでしたね」
「え、それどういう意味? 俺、もしかして……いや、それよりも」
こちらが質問するよりも早く、大岡部先輩が俺の足のある方向に顔を向けながら、
「あなたとの夜は楽しくなかったそうよ、
声を掛けた方向を見ると、そちらの壁際のカーペット上に桃山が腕と足を拘束された状態で転がっていた。
というか、よく見ると桃山の部屋じゃない。
よくあるマンションの一室にいたはずなのに、いつの間にか洋館の一室に移動させられていたようだ。
「だーろくパイセン、鍵ちゃんと閉めました?」
「閉めた閉めた。絶対閉めたって」
俺と桃山が言い争っているのをニコニコ眺めながら、
「うちの使用人に掛かれば少し古いマンションの鍵なんて余裕です。その後、起こさないように薬で深い睡眠に落として別荘の一つに運び込むのも朝飯前よ」
誘拐以外の何物でもないことを何事もなかったかのように語る大岡部先輩の姿を見ながら、何故こうなったのかを考える。
すぐさま、考えるまでもなかったことと、あまり状況がよくないことに気付いた。
大岡部先輩に頭を下げる。
「すまん。今日の午前中にホワイトデーのやつを買いに行くつもりだったからまだ用意できてないんだけど」
「大丈夫。うちの使用人に用意させたから」
「確かに経費で落としてもらう予定だったけど、こういうのって俺が選ぶことに意味があるのでは? な、桃山?」
「そうそう。そうですよ。というか、これ外してくれませんか?
重厚なマホガニーの扉が開き、黒服の男とメイドが音もなく入ってきた。
普段の大岡部先輩は使用人を侍らせていないので忘れていたが、夏休みのイベントの時は立ち絵でチラッと登場していた気がする。
銀のトレイに乗った高そうなお菓子が俺の方に差し出された。朝食?
「確かにあなたが選ぶことにも意味はあるわ。でも、私としては、あなたが食べさせてくれることにもっと大きな意義を感じるのよ」
声を高揚させながら、大岡部先輩が桃山を見下ろした。
「特に、あなたが彼女の前で私に食べさせてくれることに、ね」
コイツ、聞いていたよりやべぇ。
そう思ったのは俺だけではなかったようだ。
「彼氏契約の時に聞かされていたけど、本当にここまでのことをやってくるとは思わなかったわ。ドン引きですよ……」
桃山、知ってたのかよ。
いや、知らなければクリスマスの時に、大岡部は他人の好きなものが好き、なんてアドバイスできないか。
どうすればいいのか、と頭を抱えそうになった時、トレイを差し出していた三十代ぐらいの美人のメイドさんと目が合った。
メイドさんが気まずそうな顔をしながら小声で、
「すいませんがご主人様の要望を叶えていただけませんか、黒田様。実は昔から交流がある家のお坊ちゃんの趣味に巻き込まれて以来、美緒お嬢様は人が変わってしまいまして。あ、できれば食べさせる動画を自撮りしながら、『イェーイ、お坊ちゃん見てる~?』と言っていただけると二人とも喜びます」
よく笑わずに説明できたな、としか言えない内容だった。
後から執事のおじさんに教えてもらった情報も総合すると、家族ぐるみで親交があった金持ちの家のお坊ちゃんがまずNTRで脳を破壊され、大岡部に今のシステムを作らせ、定期的に送られてくる写真や動画で大興奮していた、と。
まずこの時点でツッコミどころさんしかないのだが、この茶番に付き合っている間に大岡部先輩も性格が変わり――性癖が捻じ曲がり、と言った方が正確かもしれないが、NTRする側の楽しみを見出して今に至ってしまったとのことだ。
その結果として、略奪愛が趣味という分析をぶつけられることになったのだろう。
よくこんなので結婚生活を維持できたな、どこかの世界線の俺。
オタク君みてる~、の件は少し慣れてからにしよう。
マカロンを摘まんで大岡部先輩の口元に近付ける。
部屋の隅で呻き声が上がった。
「あううぅ……パイセン、昨日はあーんしてくれなかったのに大岡部先輩にはするんですね?」
「いや、使用人たちがちょっとかわいそうに見えたというか、ほら、早く腕とか足とか解放してあげたいと言いますか」
桃山の方を見ながら大岡部先輩がマカロンにパクつく。
「あーん程度は彼氏契約で割と普段からしていて正直新鮮味に欠けるのですが、桃山さんのその表情がスパイスとして加わると満足度が高まるわ」
使用人たちと頷き合い、桃山に声を掛ける。
「早めに解放されるためにその調子で良い感じのセリフ頼むわ」
「だーろくパイセン、これ演技なんかじゃないですから、その辺ちゃんと理解してくださいよ」
桃山が完全に涙目になったが、こんな状況になってしまった以上、心を鬼にしてノルマを達成しなければならない。
「次は撮影するんだけど、お前絶対うるさくて動画のクオリティ下がりそうだから別の部屋行きな」
使用人たちが桃山を担ぎ上げる。
「この期に及んでクオリティとか気にしなくてもいいじゃないですか~! 降ろしてください! 監視する義務が……」
防音性が高いのか、扉が閉まると叫び声がほとんど聞こえなくなった。
マシュマロと自撮り用のスマホを受け取り、気持ちを整えていく。
複数人を画角に収めるタイプの自撮りには慣れていないが、実況には一家言ある。
動画に桃山の声が入らないように使用人が桃山を別室に運んでいったのを見送り、深呼吸。
「ちーっす、お坊ちゃまクン、見てる~? 君の大事な彼女は、今から俺の持ってきたホワイトデーのお返しを食べまーす! 渡しに来るのが遅かったね~。てか、そもそもお坊ちゃまクンはバレンタイン貰ったの? まあどっちでもいいけど、奈緒は俺のお返しの方がいいんだってよ。はい、あーん」
「あーん」
大岡部先輩がマシュマロを食べるついでに俺の指を舐めた。
生温い感触にドキッとして叫びそうになったが、ここはリアクションをする場面ではないのでグッと堪える。
「ほら見てみ? 指についた粉まで舐め尽くしたいぐらい俺のを気に入ってくれたみたいだぜ」
数個食べさせながら、
「奈緒はこのままお腹いっぱいになって俺のだけで満足しちゃうからお前のは受け取れないってよ。頑張って選んだのかもしれないけど、独り寂しくおうちで食べるんだな。ギャハハ!」
録画を終了させ、スマホを使用人に渡す。
大岡部先輩の方に向き直り、冷静に感想を聞く。
「あんな感じでどう?」
クール系な顔立ちの大岡部先輩が珍しく瞳を輝かせながら、
「完璧ね! 彼氏契約で今まで色々してきたけど、今回は今までの中で一番よかった。何かもう全然人が違うというか、こっちのニーズをちゃんと分かっていたというか……」
と言い、数秒後に真顔に戻った。
「できれば桃山さんの生の反応も見れればよかったのだけれど、あの人、注文が多いからね。そこが相容れないから本命の彼氏にする気になれないのよ」
オーディエンスを求める方が注文多い気がするけどツッコむのは止めよう。
撮影が終わったので再び部屋に桃山が運ばれ、大岡部の指示でまたしても床に転がされていた。ふかふかのカーペットなのでそこだけは救いである。
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