第18話 桃山の特技

 桃山ももやまが振り向いた。

 表情からさっきまでの見下すような雰囲気がなくなり、パァっと明るい笑顔が浮かんだ。

 しかしそれも一瞬のこと。すぐさま小悪魔的な笑みに転じた。


「ちょっとやり返したからって良い気にならないでくださーい。体調悪そうなのに、そんなのであたしに勝てると思っているんですかぁ?」

「うるせぇな。ハンデだよ、ハンデ」


 一時間後。

 俺は桃山の部屋で呆然としながら罵声を浴びていた。

 ベッドに座った桃山が俺の背中に数回足を押し付けてくる。


「また負けちゃったね? ざぁこ。反省しろっ」


 感情が芽生える前のロボット並の棒読みで応じる。


「めっちゃ反省した」

「全然反省できてないじゃーん。目開けてプレイして?」


 言われなくてもおめめパッチリだよ?

 何なら、ぴえんの絵文字より潤んでる自信がある。


 ……そう。桃山はアホほどゲームが上手かったのである。

 視聴者を募って同じ対戦型アクションゲームをやったことは何度もあったが、ここまでボコボコにされたことはなかった。

 俺らみんなクラスとか近所で一番うまいみたいなノリでやってたんだけどな。

 いきなり世界レベルのやつが殴り込んできた感じ。

 ハンデと称していた謎の頭痛もすっかり消えているのだが、まっっっったく勝ち目がない。


「俺、これからこのゲームで一方的にボコられた時にケツモチとしてお前を呼びたくなったわ」

「自分で張り倒す気概ぐらい見せて欲しいんですけど?」


 帰り際、桃山宅の玄関には夕陽のオレンジが満ちていた。

 見送りにきた桃山が何故かしおらしい態度になった。


「あの、今日は一緒にゲームできて楽しかったです。周りの友達はあんまりゲームしないので」

「ああ、うん。俺も楽しかった」


 割と本音だったのだが、桃山の表情には陰りが見える。


「一緒にゲームしてくれた人みんな、最初はそう言ってくれるんですよね」

「普通に面白かったが? ……あっ、いや、分かったわ。俺だけ楽しんでごめんね?」


 向こうからしたら弱すぎて面白みに欠けたのかもしれない。

 現に、ゲーム中は罵倒が鳴りやまなかったし。

 あそこまで実力差があると、ああいう態度をとられたところで絶対分からせてやる、みたいな気にならないというのはある。


「そうじゃなくて、あたしとゲームやった人って大体皆不機嫌になってほぼ確で疎遠になるというか……」

「あ~、そっちね」


 気持ちは分からなくもない。強さの次元が違い過ぎるし。


「ま、お前が飽きるまでは付き合ってやるよ」


 数秒フリーズしていたかと思うと、歯噛みしながら小さく呟いた。


「……っ! クソザコ先輩のくせにこういう時だけ……!」


 イマイチ意味が掴めなかったので首を捻っていると、玄関扉の方にグイグイ追い立てられた。

 体格差が明白なので、陰キャの俺といえども全力で押されたところでびくともしない。

 空気を読んで自分で扉を開けて外に出る。


「さっさと帰れ、バカ!」


 お前が飽きるまで、と言ってから一分も経たないうちに捨てられたんだが?

 やっぱギャルゲー向いてねぇわ。



 二学期の大きなイベントは、学園祭と修学旅行だ。

 ヒロインの学年の散らばり方を考慮に入れると、同学年の吉川は修学旅行で会話のチャンスをそれなりに確保できるため、学園祭で他の二人と仲を深めるのがセオリーというものだろう。

 少なくとも前回はそう進めた。

 もちろん、最初から攻略ヒロインを絞っているのなら時間配分なんて考える必要ないのだが、その点、前回も今も攻略ヒロインが決まっていない。


 今回何か問題があるとすれば、学園祭に対する俺のやる気がなさすぎることだ。

 学園祭の準備は夏休みなどを利用して進められており、九月の中旬に開催される。

 友達の多い桃山やクラス内で目立たないように周りと調子を合わせている吉川は夏休みの後半忙しそうだった。

 反面、大岡部おおおかべ先輩はそういう素振りを見せない。

 そもそも彼女も俺と同じで学外で色々な活動に励んでいるからだ。俺との最大の違いは、学内や世間一般においてそれらの活動が実績として認められているかどうかだ。

 学校側からすれば、有名人の子どもというだけでなく、大岡部自身の知名度を広告に活かせるため、在籍してくれるだけでありがたい存在。

 生徒たちから見れば、羨望の的。

 学園祭の準備はたまに手伝ってもらえればそれだけで大満足で、むしろ大岡部の手を煩わせないことを目標にしたい、といったところだろう。


 対して俺はといえば、活動を隠しているため、ただのサボりにしか見えないわけで、久々に出席したら「あいつ何で手伝わないの?」という恨みがましい視線をドスドス浴びせられる。

 だが、サボっている庶民は俺だけではない。

 見た目は爽やかイケメン、中身はガチクズ、寺田てらだ太陽たいようくんもその一人だ。


「おっ、ろく、いいところに。放課後空いてるか?」

「ああ、空いてるけど」


 教室にいた生徒たちから「残って作業しろよ」という圧力を感じる。吉川さんは見て見ぬふりをしていた。

 寺田が小声に切り替えた。


「大岡部先輩の周辺からちょっと仕事が入ってな。いつも通り報酬は出すし、今日もよろしく」

「わかったよ」


 休んでいる日に呼び出されたのならともかく、学校にわざわざ来たついでなのでギリギリ許せる。

 こっちに来てからのアルバイト(アルバイトではないのだろうが)は初めてだが、前回のゲーム知識を参照すると、大岡部先輩絡みで寺田が取ってくる仕事は意外と報酬が多くておいしかったはずだ。

 仕事を流してくる寺田がどれだけピンハネしているのかは分からないが、それでも普通のバイトよりは短時間で高収入だ。

 断る理由を考えるのもそれはそれで面倒だし、仮にもヒロインの一角。

 一応動向をうかがっておいて損はないはずだ。


「俺とお前だけでやるのか?」

「今日はお前だけしか呼ばれてねぇよ。ほら、詳細送っておくから読んでおけ」


 放課後。

 学校からそれほど離れていないレンタルオフィスの一室に向かう。

 少人数向けの狭い部屋の奥で大岡部先輩がスマホを弄りながら待っていた。

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