第17話 ■■■の正体
学校に行くかどうか悩んだが、幸い、課題の大半が終わっていたので提出に向かう。
休んでゲームをしたいところだったが、こういうので評価を稼いでおくとテストでやらかした時の保険になる。
文句のひとつも言わずにバイトもしてくれているし、やっぱアイツ我ながら有能なのかもしれない。
久々に入った教室はアウェー感が漂っていた。席も分からねぇ。
ふと、地味メガネの
こう見るとゲームのデフォルメって割と現実に忠実だったのだな、と少し感心してしまった。
つまり、制服の下にはあのボディが……?
いや、余計なことを考えるのはよそう。軽く会釈して自分の席に移動する。
元々ほとんど会話をしない関係だったらしく、特に話すことなく放課後を迎えた。
校舎を移動している間に、
こっちも軽く会釈しておいた。
てか、こんな人物に声掛けること自体が無理ゲー。ハードル高過ぎ。
当の大岡部先輩は特に気にしていないように軽く視線を寄越してきただけだった。
校舎を出るまでの間に、
「おっす、だーろくパイセン! おひさ! 元気してた?」
バンバン背中――向こうの身長が低いので背中というより腰の少し上を叩かれる。
陽キャ特有のボディタッチの多さに困惑する。
「お、おう。お前も元気そうだな」
ディスプレイ越しだと強気に言い返せていたかもしれないが、女子の掌や腕の感触や甘い香りに翻弄されてとてもそんな余裕はない。
威勢よくバンバン叩いていた手を止め、訝しげにこちらを見つめてきた。
「ん~? パイセン変なものでも食べた?」
明らかにゲーム内の俺と今の俺の差に気付いているようだ。
コイツと大岡部先輩はゲーム開始後にようやく出会った人なのだから、素の俺の方を知らないんだよな。
隠すべきか迷ったが、コイツらが知っている
第一、実況中は俺の喋ったことがセリフとして反映されることも時々あったので、完全な別人とまでは思われないと願いたい。
「別に凝った料理を食べた覚えはないな。逆じゃね?」
「一昨日食べた超すっぱい冷やし中華がダメだった?」
そこはスルーしつつ、重要なことを告知しておく。
「あ、そうだ。俺、二学期からは出席日数ギリギリ高校生に戻る予定だから教室に探しに来ても空振りになる可能性があるぞ」
目を何度かパチパチさせて、
「学校休んで何するんですかぁ?」
どことなく、舐めたような態度で質問してきた。
言っておくけど、学校って休まず通えば偉いってわけでもないからな?
心の中で反抗しつつ、お茶を濁す。
「趣味だよ、趣味」
「へぇ。そういえばパイセンと趣味の話ってしたことなかったんですよね。どんな趣味をお持ちで? 休日は何を?」
奇妙な話だ。
一ヶ月ぐらい交流があれば普通話す話題じゃないのか?
「陰キャだから漫画、アニメ、ユーチューブ、ゲームとかだよ。たまに運動していたのはほら、健康のためというか……」
今の俺なんて運動に消極的を通り越して出来ればあまり家から出たくないとさえ思っている。
ある意味では量産型以外の何物でもない俺の趣味を聞いた桃山は、とある単語にだけ露骨に反応した。
いかにもピュアそうな童顔が歪む。
「パイセン……」
この、年上を舐めくさった表情を俺は知っている。
確実に来る。例の■■■が。
その予感があっても、ゲーム実況をしていた時ほどの焦りはなかった。
多くの生徒たちが各々の放課後の予定のために周囲をうろついている場所でその単語を口にされても、さして問題にならないという確信があったからだ。
今となってはハッキリと理解できる。
「だーろくパイセン、あたしとゲームしませんかぁ?」
ただ単に俺とゲームをしたかっただけだったのだ。
分かってしまった今、無駄なセンシティブに怯える意味は最早どこにもなく、廊下を吹き抜けていく微風に清々しさを感じるような心地がした。
ついでにいえば、バレンタインの日に出てきたモザイクをかけられた物体はゲーム機だったのだろう。
紛らわしいことをしてくれる。
しみじみとある種の感慨に耽っていると、桃山が身体を屈めて俺の懐近くから顔を覗き込んできた。
「あれれ~? もしかして、後輩女子に勝つ自信がないんですかぁ?」
距離の近さと、バストが強調される姿勢に思わずのけ反って別の方向を見た。
「んなわけねぇだろ」
言葉を続けようとした矢先、別種の思考が湧き出てきた。
女子とのゲームに現を抜かしている暇なんてあるの?
配信や動画等の活動に繋げられないゲームをするよりは、自分の活動に直接関係してくるゲームに励む方が利益になるはずだ。
何のために学校を休んでまでゲームをやっていると思っているんだ?
「ぐっ……」
これまでの俺があまり意識に乗せてこなかった思考をせき止めようとすると、鋭い痛みが頭に走った。
「どうしたんですか? 体調不良を理由に逃げるつもりですかぁ?」
桃山の挑発に含まれていた一つのワードが心に深く刺さった。
逃げるのか。
実を言うと……という前置きなんて要らないだろうが、俺は現在進行形で現実逃避をしている。
ゲーム実況も一種の逃避から始めたことだ。
実家が太くもないし、イケメンでもイケボでもないし、ゲームがプロ級に上手いわけでもないし、トークがコメディアン並に上手いわけでもないのに、大学卒業後にほぼ毎日会社と家の往復を四十年以上繰り返すことになるという、凡人には避け難い現実から逃げている。
更に言えば、例のギャルゲー攻略からも逃げている。
あっちの世界への戻り方が分からない以上、八月下旬に意識を取り戻してからじわじわと日が経つにつれて、アレはクソ長いただの幻覚だったのではないかとさえ思うようになってきた。
もちろん、じゃあそれまでの間の俺の行動がゲームの内容通りだったのは何故なのかという疑問も残るが、時間の流れの中で風化していくに違いない。
あれだけゲーム実況者としてバッドエンドを迎えただけなのは不甲斐ないと叫んでいたのも遠い過去のようだ。
こっちでゲーム実況者として活動を再開できたのだから、この世界に存在しないゲーム(目覚めた次の日にネットで検索したが、そういうゲームは出てこなかった)に固執しても仕方ない。
だいたい、もしこの世界がゲームの中の世界だったとして、誰に、どうやって実況すればいいんだ、って話だ。
人生をゲームに喩えるのは割とよくある手法だし、様々な分野でゲームのように考えるゲーミフィケーションという問題解決のための手法が人気だという話も聞いたことがある。
プレイヤーやゲーム制作者として参加するのは簡単かもしれないが、ゲーム実況者として参加するのは難しい。
今の状況がそうだ。誰に話しても、こんな頭のおかしい現象に巻き込まれている話を信じてはくれないだろう。
一番の理由は、そんなゲームが存在しているかどうかの確証がないからだ。
自作ゲームの実況が成立しても、自分の身の上話はゲーム実況として成立しない。
せいぜい、頭のイカれた縛りを自分自身に課して生活した狂人の記録としてSNSで半日バズれば良い方だ。
全てが終わった後に、後付け実況(先にゲームのプレイ映像だけ撮っておいて、編集に声やら画像やらをつけて動画にするスタイル)と称して語ることもできるかもしれない。
だが、その行為に対して既に自伝というカテゴリーが存在している上に、「高校時代に娘に頼まれて学校内で嫁作りに挑むゲームをしていました」、なんてバルカン半島も震えあがるレベルの大炎上案件を語りたいとも思わない。俺の実況者ブランドに傷がつくからな。
色んな理由があるが、とにかく俺は逃げている。
翻って、桃山からのゲームの誘いからも逃げるべきなのか?
あのゲーム内では逃げていた。
正確には陽津辺が謎の妨害を仕掛けてきたから一度もゲームをする関係にまで発展しなかった。
しかし、今は絶対に断らなければならない理由なんてどこにもない。
逃げる口実を無限に量産する頭を押さえつけていると、桃山が踵を返した。
「またそういう反応をするんですね? 意気地なしの先輩」
歩き始めた小さな背中に声を掛ける。
「待て」
「今更、何ですか?」
口角を無理矢理上げながら、
「お前、逃げるのか?」
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