第4話 自称幼馴染、襲来!
ゲームを始めると、簡単なモノローグが流れ、主人公の名前を入力画面になった。
実況では基本的に「シス」名義を使っているのだが、
「名前が『
名前を消そうとしても、別の文字を足そうとしても全く反応しない。
「パパ、変換候補っぽいところにある『黒』とか『熊猫』って名前は何なの?」
「聞き覚えあると思ったら、親が俺に付けようとしていた名前の候補じゃねぇか! こんな細かいところで神がつくったゲームですアピールすんな!」
小学校の時に「名前の由来を調べよう」的な授業で発表させられて以来、卒業までパンダ呼ばわりされていたトラウマがあるのだが、どうやら結二は読めていないようで助かった。
しかし、他の二人は読めていたようで、
「プクッ……父さん、これからパンダって呼んでいい? パンダに失礼かもだけど、ププッ」
「お父様は一日中ゴロゴロしているのでパンダとも張り合えまず! いえ、パンダより長時間ゲームができるのでお父様の方がえらいです!」
「でもパンダの方が可愛くて集客力あってすごいじゃん?」
「くっ……」
全肯定オタクが脳死気味に使っていそうな「息ができてえらい」より雑な褒め方されると逆に傷つくというか、もうちょっと何か言い返してくれないと、パンダより経済効果が弱い全世界の人類の立場がなくなってしまう。
「俺をパンダ呼びしたければ、笹を捧げてパンダ様から許可を得てからにするんだな! ちゃんと許諾取らないと怖い人が取り立てに来るぞ!」
「来ないわよ!」
背後の会話を雑に流しながらモノローグを適当に読んでいく。
コメント欄の確認とかも並行しているため、正直半分ぐらいしか頭に入っていない。
命が懸かったゲームなのだからもっとシナリオや演出に意識を向けるべきなのかもしれないが、実況をやれという指示が大前提にあるので勘弁してほしい。
「え、何これ? ギャルゲーのくせに高二の夏前から始まるの? 俺、この頃に死ぬから現世知識チートできないんだが?」
画面にオレンジの髪のちょっとチャラそうな男子の立ち絵が表示される。
「誰だコイツ!」
『よう、禄。さすがにテストの日ぐらいは登校するんだな』
キャラのセリフの少し上には「
表記を見てようやく思い出す。今更だけどフルボイスなのかよ。
「いや、名前書いてあったし普通に知り合いだったわ。イラストになると雰囲気変わるな」
この立ち絵だけ見ると、人畜無害な爽やかイケメンにしか見えない。
「パパにも友達っていたんだ。ちょっと安心したかも」
娘に高校時代の友達の有無を心配される父親とは一体……。
しかし、理由あって結二には全力で抗議させてもらう。
「大体こいつが一方的に話しかけてくるだけなんだけで俺は友達だと思っていないんだが」
「えー、友達大切にしなよ」
「まあ見てな」
このキャラが俺の知っている寺田太陽なら、そろそろいつもの話を始める頃合いだ。
『テストの話はさておき……』
立ち絵の爽やかな笑顔がゲスいスマイルに変貌した。
『今付き合ってる女子に飽きてきたから適当な男をあてがってフェードアウトしたいところなんだけど、頼めるか? もちろん報酬も出すからさぁ~』
「メ○カリで売れ!」
『俺も散々性格がゴミって罵倒されてきたけど、お前も大概だよなぁ。ハッハッハ!』
さっき俺が反射的に叫んだ言葉とほぼ同じテキストが画面に流れたのだが、これも神の為せるワザってやつなのだろうか。
そして、先ほどまで友達扱いしていた自称娘たちも太陽を人間以下の存在として認識しなおしたようで、様々な罵声が画面に浴びせられていた。ちょっとかわいそう。
こちらの事情など全く伝わるわけもなく、太陽は世間話を続ける。
『俺は学内の女子に嫌われまくってるみたいだからさ、外に出会いを求めるしかないんよ。あ、でもパパ活やってるって噂の
「パパ活と援助交際を一緒に考えんな素人が!」
後方からパパ活経験者、釈茶の怒号が飛んでくる。
しかし、俺とは違ってゲームのテキストには反映されていないようだった。
「つっても全然知らん人の名前が出てきたな。一応ゲームなわけだし、重要な登場人物なのかもしれないが……」
ゲームのシナリオ通りなのか、こちらの思考を反映したのか、主人公が大岡部という人物について質問する。呆れながら寺田が答えた。
『えー、お前あのレベルの有名人も知らないのかよ。超美人の先輩で、母親は実業家と結婚した元女子アナだから母親目当てのやつもいるぐらい親子揃って美形の金持ち一家だぜ』
『パパ活がどうの、ってのは?』
『噂レベルの話でしかないが、色んなおじさんと二人で街を歩いている姿が度々報告されているんだよ。訴訟沙汰とか校内トラブルになるのを恐れているのか、ネットに流す奴は少ないけど、校内じゃ有名な話さ』
「おじさんが実は父親でした、みたいな話でもなく?」
『じゃないな。大岡部の親父はネットで顔も動向も大体分かる』
「暇なやつらも多いんだな」
『親子丼を目指してひたむきに努力する若き狩人、と呼んでもらおうか』
セリフにそぐわぬ爽やかな笑みを見せて太陽が立ち去った。
「ゴミ人間もあそこまで突き抜けると一周回ってカッコいいな。ゲーム化で誇張されているのか元からあんなだったのか分からなくなってきた」
テストを受けている描写が続き、ついに最初の女子が登場した。
赤いポニーテール。前髪やポニーテールの一部に白いメッシュが入っている。
半袖の夏服からスラリと伸びた両手首に巻かれた赤、白、黒のミサンガが目を引く。
ギャルゲーの登場人物だけあって、整った顔立ちとスタイルが標準搭載されている。
問題は、寺田太陽と違って全く心当たりがないことだ。こんなカラフルなやつが学校にいたら記憶にないと困るのだが。
頑張って記憶のサルベージを行っている俺を置き去りに、まだ名前が表示されていないカラフル女子がフレンドリーな笑顔でセリフを紡ぐ。
『禄、テストどうだった?』
「誰コイツぅ!」
わざわざ下の名前で呼んでくる女子に対して反射的に叫んでしまった。
『ちょっとちょっと~、幼少の頃からの付き合いがある
「え、マジで誰?」
生前の記憶に塵ほども存在しない自称幼馴染の登場に狼狽えていると、菫にダメ出しされた。
「斯くも綺麗な女子を相手に、あまりに冷たい対応じゃないですか? お父様」
「んなこと言われてもガチで知らない人が出たらビビるっしょ。しかも平然と幼馴染面してるしよぉ」
混乱しっ放しのこちらをよそに、ゲーム内の禄くんは自然と会話を続ける。
『ははは。少しからかっただけだって』
今の心境からかけ離れたセリフのテキストが流れる。
ところで俺さんに豪華声優陣を起用するのはまだですか?
あ? 俺が読め?
それはそう。
陽津辺なる人物の立ち絵がズイっと画面に近付いて、
『ところで、あの約束忘れてないよね?』
幼馴染との約束か。忘れるどころか聞いたこともないな。まず幼馴染いないし。
しかしながら、ゲーム内の禄くんは社訓を暗唱する社畜のようにバッチリ暗唱し始めた。
『「大学入学までに彼女ができなければお前と結婚する」だったっけ? もちろん覚えているさ』
「記憶に、ございませんっ!」
脊髄反射で叫ぶ俺に、菫が冷静な分析を寄越してくれた。
「あくまでゲームの演出として受け止めるべきでは?」
「それはそうなのだが、ギャルゲーなのに彼女候補がいるのも変な話だろ?」
結二が同意し、
「確かにそうだよね。こんなに待ってくれている人がいるのなら、早くそっちと結婚しなさいよ、って思うもん」
「甘いわね。このゲームの制作者はそういう同情心につけ込もうとしているのよ。適切に攻略できなければウチらを復活させる手間が省けるんだから」
一呼吸おいて、釈茶が続ける。
「こんなぽっと出の自称幼馴染に忖度して死ぬなんて御免よ」
空気が重くなり過ぎる前に、別の話題を提供する。
「でも、コイツが誰かの親って可能性はないの?」
「いえ、最初のタイトル画面で目立っていたキャラではないのでその可能性は薄いと思います」
実況しろとかいう無茶ぶりとかの影響で完全に忘れていたのだが、菫のおかげで助かった。
陽津辺の口元がだらしなく歪み、目にハートが浮かぶ。
『結婚したら存分に……えへへ。みんな待っているんですよ?』
「何? こわっ! みんなって誰?」
立ち絵が切り替わり、モブっぽい生徒たちから、「またイチャついているのか、早く死ねばいいのに」みたいな視線を浴びせられる。
その後、明らかに扱いが違う女子の立ち絵が表示された。
黒い髪を左右に分けて三つ編みにしたメガネの女子。
瞳はメガネの反射で見えない。
いかにも地味子といった雰囲気だ。自分の席に座って小さく溜め息をついている。
再び立ち絵が切り替わって陽津辺との会話に戻ったのだが、キャラのイラストの雰囲気がモブのそれではなかったことを考慮すると、攻略ヒロインの一角を担っていると考えるべきだろう。
テストが終わると特に何事もなくゲーム内の禄くんは家路についた。
おい、家の絵がマジで俺の家なのやめろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます