指示厨(=娘たち)が本気すぎるギャルゲー実況

富士之縁

第1話 娘、襲来(上)

 机に並べられた複数のディスプレイの一つでは、とあるゲームがプレイされていた。

 困ったような表情の女子高生の立ち絵と、画面に表示された二つの選択肢。

 要するに、恋愛シミュレーションゲーム、ギャルゲーってジャンルのやつだ。

 片方は積極的にアプローチするもの。もう片方は現状維持のためのもの。

 さて、どちらを選ぶべきか。

 何度かカーソルを上下させていると、ゲーミングチェア越しに指示が飛んできた。


「パパ! そんな根暗女じゃなくてエネルギッシュな女子を選ぶべきよ!」


 異様に圧のある声。そして「パパ」呼ばわり。未だに慣れず、マウスを握る手が止まった。

 すぐさま、小さいながらも凛とした声が続く。


「お父様。声の大きさに惑わされてはいけません。人の輝きは内面にこそ宿るものなれば、内奥まで見通す眼を慧眼と呼ぶのです。そして、お父様にはそれが備わっている。後は自信を持ってその女性に告白するだけです」


 俺より偏差値の高そうで、自信にも満ちた声音だった。そこまで言われれば、この場面はこの行動が最適解なのだろう。

 覚悟を決めてボタンを押そうとした時、甘ったるい声が背後から飛んできた。


「父さん、このマセガキの言うことに耳を貸す必要はないんじゃない? その女をデートに誘うのはやめて、バイトしよ? んで、その金を積んで先輩を買うの。このゲームってさ、最終的には子どもつくるのが目的なわけでしょ? なら、手段選ばずにヤることヤらないと、ね?」


 俺もそういうゲームと聞いているが、まず父親に買春を推奨するのをやめろ。

 次に、高校が舞台のゲームにそういう攻略法を見出そうとするのをやめろ。

 どんな教育受けたらこんな子どもに育ってしまうのか。

 俺のことを「父さん」と呼んでくるコイツだけ俺より年上の大学生らしいので子ども感ゼロなのだが。頭おかしいんじゃね?

 そもそも俺がパパだの何だのと言われているこの状況自体があまりにもおかしいのだ。

 俺はまだ高校二年生だというのに。

 なぜこんな状況になってしまったのか。

 自称「娘」三人組の喧々諤々とした口論を聞き流しつつ、これまでの経緯に思いを馳せた。

 何かの間違いであってくれと願いながら。


§ § §


 俺の名前は黒田くろだろく

 中肉中背、顔面偏差値も平均並み。

 エスカレーター式にまあまあの大学まで行けるタイプの高校に通う高校二年生。受験もないわけだから、高校進学後から出席率と成績をすり減らしつつゲーム実況を始めてみる。

 ここまでのプロフィールを客観的に見ると、めちゃくちゃ良いわけではないが悪くもない。

 世界的視野、あるいは日本社会全体から相対的に見ると恵まれていると言ってもいい。

 ……が、生まれ持った運はそこまでだったようで、ゲーム実況はそれほどうまくいっていなかった。

 要するに登録者数の伸びが悪い、というわけだ。

 しかしながら、単純に伸びが悪いだけでゼロではない。もう少しで収益化できる、という感じだ。


 そこそこのゲーム実況者になって、そこそこの大学に行き、そこそこの会社に就職してそこそこの人生を送っていくという保険への甘えが出ていたのかもしれない。

 客観的に見れば、それが絶望するような選択肢ではないということぐらい理解できる。

 だが、そんな一般論をボソボソ並べ立てたって納得できない。満足できやしない。

 そこそこの人生ってやつは底が見え透いているからだ。

 そういう人生をコソコソ生きることに何の楽しみがあるのだろうか。

 みたいなことを考えながら試行錯誤しつつゲーム実況メインの高校生活を送っていたある日、俺は学校に遅刻しかけた。


 あの日はテストがあったから、できれば遅刻したくなかった。

 救済措置として再試験もあるのだが、難易度が高くなってしまう。

 焦って学校に向かっていた俺は事故に遭った。

 居眠り運転をした車が事故を起こし、当てられた車が吸い込まれるようにこっちに来た。

 焦っていたのが悪いのではなく、人生の総括として運が悪かった、という感じの事故だった。



 んで、気付けば知らない部屋にいた。

 デカい机に高そうなゲーミングPC。複数のディスプレイと、これまた高そうなマイク等の配信機材と思しきガジェットが並んでいる。

 よく見れば、机の下には小さな冷蔵庫もあった。

 対面するのは言うまでもなく、オタクのチャイルドシートと名高いゲーミングチェア。前から欲しかった赤いカラーのやつ。

 この部屋の主とは趣味が合いそうだが、今のところ完全に不法侵入状態であるため素直に感心していられない。


「あれ、ここって……」


 声がした方向を向くと、女子が三人立っていた。

 ジェンダーがどうとかいう時代にこんなことを言うのもアレだが、この部屋は女子の部屋って雰囲気がしないから意外だった。となると、この部屋に住んでいるやつの関係者だろうか。


「ふむ。すみれの記憶とは少し違うようですが」


 ここで、違和感に気付く。

 俺が立っている部屋――ゲーム部屋と、女子たちが立っている部屋は一つの部屋のように見えるが、かなり様相を異にしていた。

 こっちは明るく、向こうは暗い。

 かろうじて見えるのは映画館のシートみたいなソファぐらいだ。

 とりあえず向こうの空間を観客席と呼ぶことにする。


「うーん。最近はご無沙汰だったけど、やっぱりこの部屋はアレよね」


 女子の声をガン無視しながら見回してみると、ゲーム部屋の方にはカーテンを閉め切った窓と木製の扉があった。

 PCデスクに向かって右側の壁に窓、左側の壁にドアという配置。

 見知らぬ女子三人組が俺の存在に気付く前にここを退散しようとした矢先、三人が同時に叫んだ。


「パパ(お父様)(父さん)の部屋!」


 なるほど。そのお父さんに見つかったら命がないパターンのやつか。

 いや、もう死んでいるはずなので恐れる必要もないのかもしれないが。

 幽霊になって女子の親の部屋に行くって相当ヤバいストーカーだと思うのだが、この女子たちにも、思わずストーキングしたくなるイケオジにも覚えがない。

 てか、よく見るとこの三人なぜか絶妙に似てないな。しかも若干よそよそしいというか、少なくとも姉妹って感じには見えない。

 まあいい。こういうのは逃げ一択だ。


 無心でドアノブを掴んでガチャガチャやってみたが、開かない。

 死んでいるのだから壁をすり抜けられてもよさそうなのだがそれも不可能だった。

 窓からの脱出経路も考えたが、カーテンを開くと窓が壁に埋まっていて外の様子が分からないことだけが分かった。

 端的に言えば、どうやらここは密室らしい。

 となると、交流は不可避。


「そこの男子! こっち来なさい!」


 金髪のギャルに先制攻撃され、会話の主導権を奪われてしまった。声の圧が怖い。

 渋々歩いている間に、ギャルの隣に立っていた長身の女子も声を掛けてきた。


「あんたもウチらみたいに死んでるって認識でオッケー?」

「車に轢かれた記憶ならあるが、死んだかどうかまでは分からん」

「車かぁ。微妙だね。最近のモデルは自動運転が賢くなってるから当たり所が悪いってのは少ないと思うし、車体も年々軽くて柔らかくなってるから」


 は? 自動? 車体が云々って何だ?

 ニュース見てないとはいえ、心当たりがない。そこまで進化していたら動画サイトの広告とかで何度も見ていたもおかしくないのだが。

 しかしながら、これ以上怪しまれると困るので口には出さない。

 最後の、和装で小柄な女子は俺の顔を見ながら何度も首を傾げている。

 そして、おずおずと口を開いた。


「あなたはこの部屋に見覚えありますか?」


 この三人の父親の部屋らしいというのは少し前の声で分かった。

 しかし、俺には全く心当たりがない。

 知っているフリをしてもいいのだが、意味の分からない密室で長時間隠し通すのが現実的じゃないことぐらい想像できる。


「知らない部屋だな。配信活動をしている人間の部屋だろうとは思うが」


 幸い、これ以上は深掘りされなかった。

 その代わり、俺たちのやり取りを眺めていたギャルが口を開いた。


「ちょっと待って! 私、この男子の名前分かっちゃったかも!」


 全く見覚えないから無理だろと思ったが、むやみに敵対してもいいことはない。

 自制した俺をよそに、女子たちが謎の張り合いを始めた。


「菫も、今の質問で完全に理解しました」

「ウチはもっと前からわかってたんだけど」


 ギャルが年上っぽい女子を煽る。


「何? 負け惜しみ?」

「まだ勝ちも負けも決まってなくない?」

「私が先に名前を当てれば勝ち。そして、私がその名前を分かってしまったから既に私の勝ちが決まったのよ、負け犬!」


 長身の女子がやれやれと肩を竦めた。

 どこか大人の余裕を感じさせる仕草だ。クスリと笑って、


「ここに来る前の話をちゃんと聞いていれば、最終的な勝敗が決まるのはもっと後だって分かると思うんだけどねぇ」


 残りの二人の視線が鋭くなり、剣吞な空気が広がる。

 俺はここに来る前の話とかいうの知らないので巻き込むのやめてもらっていいっすか?


「全戦全勝すればいいだけよ」


 ギャルが改めてこちらを向き、尊大に指を突き付けてきた。


「あんたの名前は禄よ。黒田くろだろく


 違う名前だったらジブリ映画の某ババアみたいに改名しつつ自己紹介しようかと思っていたが、マジで当てにきやがった。普通に怖い。


「確かに俺は黒田禄だけど、残念ながら俺はお前らに見覚えないんだよな。んで、君ら何者?」


 女子三人組がアイコンタクトして、まず金髪ギャルが一歩前に出た。

 肩ぐらいまで伸びた髪の先の方には緩やかにウェーブが掛けられており、こちらを指し示す指のネイルを見ても、そこまで意識が配られていることが分かる。

 服装はどこかの制服みたいだが、俺は制服に詳しくないので自分の学校ではないことぐらいしか分からなかった。

 俺の通っている学校と同様のブレザー形式なのだが細部には違いを感じる。


「私は結二ゆに。高校一年。見ての通りあんたの娘よ! よろしくね、パパ!」

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