熱いきつね

特技は穴掘りナノ

第1話 熱いきつね

 俺の名前は、赤井田無。


 今年の春、水産高校を卒業して、東洋水産というところに、

就職をした。


 東洋水産が誕生したのは1953年昭和28年3月、

横須賀水産株式会社として築地市場で創業。


 1956年7月に現在の社名に変更された。


 名前の通り、水産物の輸出や加工食品、

おもに魚肉ハムや魚肉ソーセージの販売・製造を、

主にしている会社だ。


 そこで俺は、商品開発部というところに配属された。


 新しい魚肉ソーセージとか作るのかと思ったら、

なんとインスタントラーメンを作ると指示があった。


 これには、理由があり、加工食品事業の中心だった、

魚肉ハムなどは夏場が需要期で、冬場に売るものが、

ない状態だった。


 そこで冬場向きの商品として、着目したのが、

人気の出て来た、インスタントラーメンだった。


 東洋水産には、長年培ってきた魚介の加工技術と、

ノウハウがある、これを活かしたインスタントラーメンを、

作ることが出来ないものかというものだった。


 こうして初めてインスタントラーメンの製造に着手したのは、

1962年昭和37年のことだった。


 全く別の業界に参入することから、子供からお年寄りまで、

親しみやすいブランドとして「マルちゃん」が誕生することになった。


 何度も試作を重ねながら、「マルト印ラーメン味付け」が

誕生した。


 同年5月に、マルちゃんハイラーメンを発売。


 その後にも、1963年8月、業界初の和風即席麺「たぬきそば」を発売。


 これが結構好評だったので、うちの会社は、

カップ麺の製造に乗り出した。


 マルちゃんマークには「お客様に美味しさや楽しさ幸せをお届けしたい」という願いがこめられている。

 

 この時、パッケージで意見が割れた。


 縦型にするという意見と、いや丼型にするという意見だ。


 結局双方譲らず、じゃあ両方出してみたらということで。

1975年に赤いきつねの前進である、

業界初のカップ入り即席うどんが発売された、

この時、西日本は縦型、東日本は丼型とパッケージが違う売り出し方をした。


 この商品は、自社加工のだしを使用した味の良さ、

うどんをカップで手軽に食べられるという2点から、

大ヒット商品になった。


 当然人気が出れば、競合他社が黙っているはずもなく、

カップうどんという長所は次第に埋もれていった。


 そこで、競合他社との差別化を考えることにした。


 開発段階では熱々のつゆのおいしさが伝わるように、

『熱いきつね』というキャッチコピーが生まれた。


 当初は、黄色いパッケージに黒文字というデザインだった。


 しかし俺は提案をした。


 キツネといえば、赤い前掛け、稲荷神社の赤と白の鳥居などが、

連想し易いので、赤白のパッケージで「赤いきつね」はどうかと。


 赤白のパッケージは社内でも好評で、イメージ的にも、

シンプルで分りやすく、日本人に馴染みのある色ということで、

採用されることになった。


 この競合他社との差別化は、ブランドの一新だけでなく、

売り場で目立つ赤色ということで、引き続き人気商品になった。


 そこで俺と部長は、もう一押し欲しいと考えた。


 会社の方も、広告に力を入れていて、ブランドイメージに合うような、

世代を超えたユニークさを盛り込もうと考えた。


 そこで抜擢されたのが「幸福の黄色いハンカチ」で、

日本アカデミー最優秀助演男優賞を獲得した武田鉄矢さんだった。


 和風カップ麺という新ジャンルをアピールするために、

海外を舞台に軍服を着たCMを展開、当初予定になかった台詞。


 「戦車が怖くて赤いきつねが食えるか」が1979年話題になった。

これは、なんと武田さんのアドリブだった。


 実はこのCM、アメリカまでロケを敢行しており、戦車や銃も本物だった、

その恐怖?からか生まれたのが武田さんのアドリブだったのだ。


 これは後に、2019年「同じ俳優を起用したテレビCMを、

最も長い間放映し続けている商品」のギネス記録を獲得している。


 その後、ドラマ「3年B組金八先生」と、

主題歌「贈る言葉」が共に大ヒット、

赤いきつねも相乗効果で定番ブランドの地位を固めていった。


 赤いきつねがヒットしたので、袋麺で人気のある、

「マルちゅん天ぷらそば」をカップ麺化してはどうかと提案した。


 それならば、赤いきつねの姉妹商品として売り出そうと決まった。


 姉妹商品として売るのだから、補色関係にある緑のパッケージが良いのでは、

と提案した。


 それで、姉妹商品であることを印象付けるために、

「緑のたぬき」にすることに決まった。


 一方、海外事業部は、1972年にアメリカ現地法人を設立、

1986年にはメキシコにも進出、1994年にメキシコペソの大暴落で、

ライバル会社が撤退する中でも販売を継続。


 徹底的なコスト削減を実行して、現在メキシコでは約9割のシュアを占めている。

(詳しく知りたい方は、本又は映画の燃ゆるときを見て下さい)


 メキシコでは、マルちゃんは「簡単にできる」「すぐできる」と同義語になり、

サッカーワールドカップでもメキシコ代表の速攻を、

「Maruchan作戦」と読んでいたみたいだ。


 「赤井よ、海外事業部が、がんばっているから、うちもがんばらないとな」


 「でも部長、うちが一番こだわっている和風だしは、

ハッキリ好みが分かれる部分ですからねえ・・」


 「だったら、西と東で味を変えればいいんじゃねえ」


 「えええええ、いいんですか?」


 「赤井よ、うちのモットーを言ってみろ」


 「お客様に美味しさや楽しさ幸せをお届けしたいですか」


 「だから要望ニーズに応えて、味を変えるのだ」

 「向こうの海外事業部も、麺がすすれないから、

麺を短くしたと言っていたからな」


 現在では、うるめ鰯をたっぷり使った「関西向け」、

北海道産利尻昆布を使った「北海道向け」の4種類を展開している。


 そんなこんなで愛され続けた「赤いきつね」「緑のたぬき」も、

発売40周年を迎えた。


 そこでわが社は、節目として赤緑合戦を企画した。


 結果は、2018年に行われた投票では、

29066票24797票で赤いきつねの勝利!


 続く2019年でも、

36680票30301票で赤いきつねの勝利!


 なんと負けた緑のたぬきは、期間限定で、

紅生姜入り天ぷらの入った「もっと赤いたぬき」を発売されてしまった。


 その悔しさを元に、2020年は、

赤いきつね8884票、緑のたぬき9065票で、

雪辱を果たしたのであった。


 しかし争いを良しとしない、緑のたぬき側は、

和解案として、具の交換を提案をしてきた。


 こうして生まれたのが限定で、

「赤いたぬき」と「緑のきつね」である。

 

 「和風だしにこだわりをもち」

 「お客様に美味しさや楽しさ幸せをお届け」

 を続けていく「赤いたぬき」と「緑のきつね」は、

これからも食べ続かれて行くだろう。




 参考資料、東洋水産マルちゃんのひみつ、

ユーチューブゆっくり解説東洋水産のカップ麺、etc。

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