第20話 ユキと文也
★ユキと文也
当時は、
楽しい事ばかりではなかった。
サロンに行くと、
僕自身が精神的に
弱者になっていた。
その頃は、
仕事内容はおろか、
文也との人間関係すら
修復できないほどの
苦痛を感じていた。
ユキの状態は
ますます酷くなる
一方だった。
文也に当たり散らし暴れ、
虚言や幻影をみたり。
しまいには
僕に殺されると、
千尋を近づけるなと
文也に言っていたらしい。
僕はそんな事を
言われる様な事は
いっさいしていないが。
僕もそんなユキが嫌いで
僕の方こそ避けていた。
そのうちにサロンでは
一切文也とは口を利かなくなり、
サロン内の空気は本当に
苦しい冷え切ったものだった。
ユキは母子家庭で育ち、
厳しく育てられたが
ユキが高校を卒業すると、
突き放すように母親は
ユキを捨て男と出て行ったそうだ、
ユキはバイトをし
自分で貯金をして、
専門学校を卒業して
美容師になった。
この話を聞いた時は、
ぬくぬくと専門学校を卒業し、
流れに身を任せたまま
美容師になった僕は
ひどく申し訳無い気持ちで
ユキに接していた。
ユキがインターンで働いていた時、
まだ女性だった文也に出会い、
恋に落ちた。
ユキはもともとがストレートの女性
だったのでレズビアンではない。
ただ、まだ女性だった文也が
女子が惚れるほど
魅力的だったのだろう。
もともと文也には
ゲイの僕ですら格好良いと
思えるほど硬派で
引っ張ってくれる様な
オーラがあった。
普通の女子でも
文也を愛してしまう気持ちが
分からなくもない。
だから、
文也の出したお店に
付いて行ってしまったのだろう。
文也はユキを
心から愛してしまい、
ユキの為に外見や性器
全てにおいて
男性になろうと決心をした。
ユキが一般女性なら
普通の結婚生活を
させてあげたいと、
文也は決意した。
最初は
女性ホルモンの注射から始めた。
毛が濃くなり、
全身の柔らかな丸みがなくなり
少しずつ筋張った筋肉が
露わになり
ゴツゴツし痩せてきた。
もともと豊満だった
文也の胸元は男性になるには
只々邪魔な物にしか思えなかった。
そしてホルモン注射を
打ち続けて一年が経った頃、
写真でしか見た事が無かったが
男性ならほっとかない様な
美乳を惜しげもなく切り落とした。
むしろ前向きにユキとの
結婚生活を夢みていた
文也はその時の事を
痛くて苦しくて辛かったけど、
女として生きる苦しみよりは
まだマシと言っていた。
胸の傷が完治して、
ホルモン注射が馴染む頃には、
はたから見れば完全に
疑う余地がないくらい
男性になっていた。
文也の場合は男性と言うよりも、
青年や成長期の少年と
表した方が適切かもしれない。
文也はモテた。
文也の性別を知らない
女子からはたくさんの
アプローチがあったし、
僕のゲイ仲間も可愛いとか
格好良いとかの声も
チラホラ聞こえた。
文也は躊躇もせず、
元女なんで!
と言って断わってたが。。
文也のユキに対する愛情は、
何も邪魔できなかった。
胸を亡くし、
外見が男性になり
そこで初めて僕と出逢った。
ユキがおかしくなる前までは
よく三人で飲みに行ったり、
二人の愛の巣に伺ったり、
文也が乗っていた二輪に乗り
高校を卒業以来の
ニケツで東京の街を走らせた。
この友情は誰にも真似できない、
きっと一生続く友情だと思った。
そう思っていた。
光希の話をちゃんと
聞きもしないで、
新しい友情の誕生に
うつつを抜かしていた。
またその出会いは
ユキにとっても
あまり歓迎できるものでは
なかったのだろう。
新しい友情を自慢したくて、
オーバーザレインボーの
仲間に合わせようと
集まりやイベントに無理矢理
引っ張って連れて行っていたが、
翌日いつもユキの機嫌が悪く、
文也に当たり散らしたり、
僕の前でも平気で
仲間の事を悪く言った。
バカばっかりだね〜(笑)
その瞳には優しさなど
まったくなく、
ただの憎しみに近い
蔑んだ瞳だった。
僕にとっては
この頃からすでに
ユキを親友の彼女ではなく、
一人の女性として、
人間として嫌いだった。
ある時、
ジュンがサロンに遊びに来た。
文也とジュンの初対面の時だった。
ジュンは持ち前の明るさで
すぐに文也と打ち解けた、
文也も年齢が同じ
ジュンにすぐに心を開いた。
それを見ていたユキは
ジュンが帰った後に
おかしくなった。
あんなブスにデレデレしやがって。
そのセリフを
僕の前でも
言えるのだね。
文也ももう僕に何も言わず、
愛が故に、
正しさを忘れ、
暗闇を彷徨って
堕ちていった。
もともとストレートの
ユキは子供が欲しかったが、
愛してしまった相手とは
その夢が叶わないと悟り、
精神を病んでいった。
文也も子宮除去の手術を完治し、
戸籍上の性別も男性になった。
これから
前向きに考えていた時に
ユキが崩壊していった。
ユキは鬱病と診断され、
通院や入院を繰り返し、
何度かの自殺未遂を
遂行してしまった。
僕は最低だった。
逃げてばかりで、
ユキの事が嫌いなあまり
親友の悲痛な叫びにも
耳を貸さず、
文也の涙も
見て見ないふりをしていた。
その当時のサロンは
生き地獄の様だった。
二○十三年四月
朝サロンに着くと、
僕のハサミや美容師道具が
ゴミ箱の中にあった。
後にサロンに
到着した文也が
それをみて腰から崩れ落ちた。
涙を流してそれをみていた文也に、
ごめん、
ユキの為にも
僕はこのサロンから消えるな。
と一言だけ言った。
ユキとは
こんな感じだけど、
文也は大切な心友だからね。
荷物をまとめて、
東京バイクに括り付け、
サドルにまたがる。
此処からがまた
文也との第一歩だから、
今は時間をかけて
ゆっくり行こうね。
と文也にハグをした。
文也も頷き、
そして手を握りガッツを見せた。
これを最後にしとけば
きっと、友情小説のまま
終わる事ができたのだろう。
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