第7話 鼻ピアス


★ 鼻ピアス




その頃、

僕はお店を任される立場になっていた。

きっと拓也を失ってから、

がむしゃらに働いていたのが、

いい形で結果になったのだろう。


元々都心に何店舗も

抱える企業サロンだったので

同じ名前の店でも

知らない顔のスタッフがたくさんいた。


店長になった僕は、

収入もある程度安定して

生活には困らなかった。

同じ高円寺でも少しランクを

上げたマンションにも引越しができた。


ナオトと別れたあとも、

隆清のイベントにドラッグクイーンと

して出演したり、

二カ月に一度のペースで

開催される大成会のイベントも

みんなで盛り上がった。


そんな中、

大成会にナオトが

新しい彼氏を連れてきた。

僕は自分勝手だが

ナオトの笑顔が戻ったようで、

本当に心から嬉しかった。


隆清とジュンが

ナオトと僕に

気を使っていたのが

痛くわかった。


僕はその日

自分の出演するステージに立つと

一心不乱に踊った。



記憶がない。


終わると同時に

涙が止まらなくなって泣いた。

なんでだろ、心から嬉しいのにね。


泣いた。

自業自得だ。



ジュンが近寄り、

肩を貸してくれた。


その後は、何も覚えてない。



目が覚めると、

ラメ入りのアイシャドウをしたまま

自分の部屋のベッドに居た。


そんな状態なのに、

帰宅して自分のベッドに

寝てた事が奇跡としか言いようがなかった。


昨夜のイベントの

お酒が頭痛に変わってしまった朝、

飲んではいけないとわかってるのに

洗面所に置いているバファリンを探す。


半分は優しさなので、あまり効かない。


朝の身仕度を済ませ、

駅に向かう途中、

立ち止まり太陽を浴びる。


今日も僕の身体を浄化してな、

と、昨日のナオトの笑顔を浮かべ、

拓也の笑顔を思い出しながら前に進む。


未来に向かって前に進む。





職場に着くと、

偶然にも同じ職場に配属された、

同じ細胞をもつヨシキが僕に近寄ってきた。


ヨシキは僕とは違う

道を歩ゆみ完成されたような

ゲイだった。



僕はヨシキが苦手だ。

同じ細胞が分裂を起こし、

また違う生き物になったのだろう、

僕とは馬が合わない。


ヨシキは背は小さいが

ガッチリしていて

顔も犬顔で可愛い、

その趣向のイベントでは

かなり人気があるだろう。


人気がうえの、

奢りが強い子で

僕は自然に避けていた。


ヨシキは偶然に当時流行っていた

ミクシィというSNSで僕のページに

入って来てお互いが同じ細胞だと

知ってしまった。


だか、仲良くなる訳ではなく

お互いが別の路線を歩んでたまたま

同僚と言う接点で繋がってるだけの

不思議な関係性だった。


そんなヨシキが今日は近寄ってきた。



千尋、アイシャドウ残ってるよ(笑)


僕は慌て顔を擦った。


鏡を見ると、ラメらしきものはない。


思わずヨシキにガンを飛ばす。



遠くから光希が心配そうに見ていた。

ヨシキはニヤニヤしながら、


今日さ、

新人がこの店舗に来るらしいよ。


そんなこと店長なんだから、

マネージャーから聞いていたが、

ヨシキはイジメの的を決めたような口調で、


先ずはどんな仕事任せちゃおうかな(笑)


と、嬉しそうに話してる。


僕は聞かないフリをしながら、

鏡に映っている自分の顔に

ラメが残ってないか

最終チェックをしていた。


僕は店長だが、

この店舗ではヨシキの方が先輩

だったので胃が痛かった。


マネージャーもヨシキの性格を

熟知してた為、

僕の方に店長という大役を預けた。


サロン掃除をスタッフ一同でしていると、

自動ドアが開く音が聞こえた。


おはようございます、

今日からよろしくお願いします。


と言う声と共に、

ヨシキの声で遅いぞと、

早速の攻撃があった。


僕はかけ寄り、一礼をした。


それが今、

僕が消えてほしいほど

憎い君との出会いだったね、

君も緊張していたね。



店長の千尋です。

よろしくお願いします。


君は一礼をしてから、



宇佐美 文也です。

と、名乗った。




今、思えば僕が、

ヨシキみたいに最初に

攻撃をすれば良かったんだ。


その時点で嫌われていれば、

今の苦しみはきっと無かっただろう。


髪は短く無造作にセットし、

細い体で精一杯大きく見せようと

大き目のボタンシャツにデニムを履いた、

少年の様に可愛い顔の君に正直、

成人してるかどうか疑ったくらいだった。


ただ反抗期の様に

鼻にシルバーのピアスを開けていた。


鼻ピアスが唯一、異彩を放っていた。



文也はヨシキの期待を裏切る様に、

直ぐに仕事を覚えた、

僕等とアイコンタクトで

意思の疎通が出来る様になるまで早かった。


こうしたいという仕事の流れを

直ぐに掴み、

僕と光希は新しい人材に喜んだ。


ヨシキは相変わらず

一匹オオカミで仕事をしていたが、

文也はそんなヨシキにも丁寧に接し、

ヨシキの心に直ぐに入っていった。


僕はサロン営業が終わると、

文也に仕事を教えた。

遅くなると、

文也とごはんに行ったり

酒を交わしたり。


年齢が四歳年下だったが、

いつしか職場以外では

普通の親友のように

仲良くなっていった。


光希はそんな文也に

若干のジェラシーがあったらしく、

付いて来なくなった。


最初はイジケてると思ってたが、

徐々に光希は文也と

口を聞かなくなっていた。


ある日、

光希とサシ飲みをしてる時の

言葉が警告だったかもしれない。


千尋、

俺、ちょっと文也が怖い。

千尋を奪われた気がしてならない。

それを俺に見せつけてるように感じるんだ。


光希、あいつはそんな奴じゃないよ、

光希は僕には特別な存在だよ。

僕と光希の絆は誰も

壊せないから大丈夫だよ。


光希の考え過ぎだと思ってた。


今となっては、

あの時の光希に土下座し謝りたい。




文也が配属されて、

二年が経つと

もう誰も文也に対しての

新人扱いはなくなり、

逆にこれからを担う即戦力として、

期待されていた。


その矢先に文也が、

高円寺に独立しお店を出したいと

僕と光希に話してきた。


あれから僕と文也は

順調に友情を深め、

今では光希といる時間よりも

一緒に過ごしていた。


光希は負けを認めたのか、

もう何も言わず文也の言うことを

受け入れ、当たり障りのないくらいの

会話しかしなくなっていた。


光希は悪あがきはしない

大人だった。


文也には四年付き合い

同棲していた彼女が居た。

ユキという色白のハーフのような

美人だった。


文也とユキは前の職場の先輩と後輩だった。


だから僕は、

文也がストレートの男だと、

疑いもしないまま二年間友情を育んできた。

そのカミングアウトを聞くまでは。


僕と光希とヨシキ、

職場にゲイが三人もいれば、

何も言わなくてもカミングアウト

してるようなものだろう。


文也はそれを感じていたんだろうか、


遂に、打ち明けて来た。


ある日の居酒屋で

文也は僕の目を見て、


千尋君はゲイに生まれて幸せかい?

と問いかけてきた。


僕は、

悔しいこと、

悲しいことたくあんあったけど、

乗り越えられた気がする。。

今が一番、幸せだと思うよ!



文也は少しの沈黙の後、口を開いた。


俺ね、実は性別が女性なんだ。

僕は少し動揺し、

思考が一時停止してしまったが、

カミングアウトしてくれた事が

なによりも嬉しいと思った。


文也の心にはどうしても

親友が心友になれない

何か大きな壁があった。


やっとその壁を開けてくれたと。


少し違う形だけど、同じ細胞だった。


僕は何も言わず文也にハグをした。


それが僕の気持ち全てだったから。


強く抱きしめた。



確かに文也は外見が男の子だけど、

僕は文也をゲイの目線から見たことは

一度もなかった。


それを感じさせない雰囲気があったし、

それ以上に親友だと思っていたから。


それから、

文也とは更に深い心友になった、

僕が勝手に心友だと

思っていただけかもしれないが、

僕の中では心から信頼していた。


文也が着々と

高円寺に出店計画を進めてる頃、

光希が打ち明けてきた。


あれから

光希の文也に対する

不安感は減るどころか

増すばかりだと。


店を出店するに至っては

僕の事を文也は引き抜いた。

千尋くんの幸せは、

僕に任せて付いて来てくれないかと。


正直、迷った。

収入も安定し、

今の暮らしには満足している、


わざわざ苦しい道に

進まなくてもと思う反面、

文也の前を見る姿勢と

男らしい、その背中に

付いて行って冒険するのも

人生の宝になるのではと。



それが、君を信じてしまった、

最初の誤ちだった。


光希の真剣な眼差しの方を

信じていれば良かった。


あの時、

光希は本気で辛かっに違いない、

今の僕だったら光希を助けただろう。



文也が、辞職届けを出すと

それを合図とするかのように

僕も引き継ぎを済ませ

サロンを辞めた。


光希はまるで逃げるように

実家のある静岡に帰った。


元々実家が美容室だったこともあり、

家業を継ぐと言って。


違う理由だったのが、今は解る。


それからしばらく

光希とは連絡が取れなくなった。


光希を

最後見送りに行ったとき、

涙を浮かべ

言った言葉が胸に刺さる。



千尋と出逢えて楽しかったよ。

千尋が辛い時はいつでも

飛んでくるからな、

文也だけはこれから先、

絶対に敵に回しちゃいけないぞ。


千尋、

僕は文也が無限大、嫌いだ。


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