取引34 告白トランスアクション
「……」
「……」
その場をしばらくの間、沈黙が支配した。米太からすると、昨日あんな別れ方をした手前、合わせる顔がないし、ミアにしてみれば、あれほど大胆に、ジョエルに対して自分への気持ちを語られたものだから、恥ずかしさが勝ってかける言葉が見つからない。つまり、その場はただただ、ひたすらに気まずい空間にしかならず、米太がそのこと自体も申し訳ないと感じ始めた挙句、
「――ごめんなさいッ!」「――すまなかったッ!」
「「……え?」」
同時に顔を上げると、全く自分と全く同じ、土下座の姿勢を保ったミアが、驚いたようにこちらを見ている。ちょうど同じくらいの高さなので、美少女の顔がすぐ近くにあった。「ぷっ」とどちらからともなく笑いが漏れ出し、
「……土下座、すっかり定番になってしまいました」
「そうだな。……日本の伝統文化が泣くな」
「……でも、わたしは好きです。こういうのも」
「……」
ミアの言葉を聞いて、米太がふいに立ち上がる。そのまま窓際に歩いていき、
「……ベイタ?」
床に置き去りにされていた、花束を手に取った。
「これを、ミアに。……汚れちゃったけど」
「……!」
床に片膝をつき、まるで献上でもするかのごとく差し出された花束を、ミアが受け取る。大事そうに胸に抱え、花びらを指でなぞりながら、
「ノン、……キレイです、とても」
「増量してくれたそうだから。一応手紙も。ミアのおかげで、花屋を続けたくなったって。後で、ちゃんと読むといい……」
「そうですか……それは、よかったです」
見ているこちらが嬉しくなるほど、無邪気にミアが笑う。その光景を目にした米太は、再び頭を下げ、
「すまなかった」
「……え?」
「……ジョエルが言ってたことは、事実だと思う。俺は最低だ。許してほしいとも思えない。本当にミアと比べたら俺は、ごみ以下の汚い存在だと思う。……でも」
顔を上げた米太が、穏やかな表情でミアを見る。
「……楽しかったんだ、ミアといるのが。どうしようもなく何度も時間を忘れて、いつの間にか、俺はミアに救われてた。……そのことに気づくのが、こんなにも遅くてごめん。でも、どうしてもこれだけは伝えなきゃと思って、俺は今日、ここまで来た……」
米太が笑う。不器用に、それでも実直に目を線にして。
「……好きだ、ミア。俺の初恋の相手になってくれて、ありがとう」
「……!」
「突然来て、勝手に言いたいこと言って、すまない。迷惑だってわかってるし、こんなに周りを巻き込むつもりは正直なかった。そこは、心底申し訳ないと思っている……」
「……でも、俺は、どうしても、またキミと……」
「……ッ」
突然、両耳に柔らかい感触を感じる。驚いて顔を上げた瞬間、
「……ッむ!?」
勢いよく、唇が塞がれる。ミアが米太の頭ごと両手で引き寄せ、唇を重ねていた。動揺する米太に、ミアの唇が接近し、離れ、接近、また離れ、接近して柔らかい感触。熱い息、たまに触れる前歯の固さ。時々盗み見える、目を閉じた赤い顔。あまりに絶え間なくて、息が苦しくなった。驚きと、どうしようもない高揚感に包まれて、自分が今何をしているのか、見失うほどだった。
「……プはっ」
息が限界を迎え、口を離す。ハァハァと荒い吐息を吐いたミアが、その顔を真っ赤に上気させつつも、潤んだ視線で目を合わせ、
「……ベイタ、わたしも、こんなに人を好きになったの、初めてです……」
「……ッ」
「……ベイタ、わたしと、取引をしてくれませんか?」
「……取引?」
「ウィー。……今のが、わたしのファーストキスです。生まれて初めてのキスを、米太に捧げました。世にも貴重な、公女のキスです。……なので」
上目遣いのミアの視線が、いつなく熱くてのぼせそうなくらい。
「……代わりに、米太の全部を、私にください。いいですか?」
「……ッ」
あまりに熱いその告白は、あまりにも甘さ成分が過剰すぎて、脳が理解を拒否するようだ。理性に危険信号が灯り、貞操の危機を感じた米太は、
「……もし、断ったら?」
「その時は、慰謝料として、999万円をベイタに請求します」
「……な、何だと、それは、つまり……」
「……ウィー。被害者ビジネス……です……」
ミアが目を閉じて、長いまつげが瞳を隠す。自分の中の抑えがたい何かが、引力のように米太を引き寄せ、……そして、衝突した。
◇◇◇◇◇◇
その後のこと。
ジョエルの皮肉めいた口調を借りていうなら、大層盛り上がりなられた。という感じだった。ぶっちゃけ、もう完全に舌がインしてたし、ウブな甘酸っぱい少女漫画みたいなキスは、どこにもなく、それはもはや限りなく性的なニュアンスを含んだ、大人な愛情表現へと昇華していた。たっぷりとお互いの唾液を交換し合った後に、
「……ハァ、ハァ……」と息が荒い公女様が、米太を見上げ、
「……ベイタ、……ハァ、わたし……ハァ、……」
思わず生唾を飲み込んだ。慣れですっかり忘れかけていたが、金髪美少女という属性が本気を出して自分に襲い掛かるのを実感して。
「……このまま、ベイタに、初めてを……」
「……ッ! ……本気?」
「……ダメ、ですか……? ベイタ……?」
ミアの熱い視線が、うるんだ瞳がこちらを見上げる。唇のツヤに先ほどの感触がよみがえり隆起した肩から胸にかけての曲線が、狂いそうなくらい魅力的で、何なら心の九割くらいはミアとの『初めて』のことで一杯になった瞬間、
「……さ、さすがにそれはダメです!」
「……!」
「……!」
突然の発声に驚いて振り返ると、いつのまにか全開になっていたエレベータ―の扉から、メリッサが真っ赤な顔でこちらを指さしていた。傍らに取り残されたフローラに至っては、
「ふしゅうううぅうう、ふしゅうううぅ、ふしゅうううぅう……」
と銀河帝国のなんとか卿みたいな音を出し、完全に目をまわしてる有様だった。
「ちょ、……い、いつからそこに!?」
「……大変申し訳ございません、……本当はダメだと思ったのですが、どうしても気になって……」
そういえば、考えてみると、エレベーターの扉は閉まったけど、動いた音はしなかった。つまり、ずっと同じ階にいたということだ。メリッサのことだから、ミアに別の盗聴器を仕込んでいてもおかしくない。
「……つ、つまり、全部聞いて、いたと、そういうこと、……ですか?」
「も、申し訳……」
「……の、ノン――――――ッ!」
「……ちょ、ミアッ!!」
「ミア様! 待って!」
全身をゆでだこの様に真っ赤にしたミアが、耐え切れずに自室に飛び込み、ぴしゃりと勢いよく引き戸を閉めた。
「……」
「……」
残された米太とメリッサは(フローラ絶賛フリーズ中)、互いに顔を見合わせ、どちらからともなく膝をつき、
「「も、申し訳ございませんでしたァー!」」
純和風な入り口の目の前で、日本の伝統文化を互いに披露しあうことになったのだった。
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