取引16 値上げトリスト



「……で、ようやくここでフリマの話だ」

「ウィー、集まった真の目的ですね。いわば、タイトル回収というやつです」

「……よくわからんが、何のために危ない橋を渡ったかというと、この時のためだ。ここからは、フリフリのことをしっかりミアに教えてやるから、覚悟しろよ?」

「ウィー。なんだかベイタ、先生みたいです」


「ありがとよ! じゃあさっそくだが、ミア、何か欲しいものはあるか?」

「え、……急に言われると困ります、何でしょうね?」

「何でもいいぞ、何せ『中古なら無いものは無い』と言っても過言じゃないくらい、いろんなものが出品されてる。実物のないものや、法に触れるもの、つまり盗品や危険物とかじゃないかぎり、無限に種類はあるからな。噂だと、使用済みのアイスの蓋とか、どんぐりも、あるらしいぞ?」

「へぇー、すごいです! そう聞くと、何だかワクワクしてきますね」

「フリマは個人取引だからな。売れるかはともかく、出品が自由な分、窓口は広い。ほら、何か欲しいものはないか?」


「そ、そうですね。……ええと、お花、とかでしょうか?」

「……花か。それは生花? もしくはプリザーブドフラワーとか?」

「……生花ですが……さすがにないでしょうか?」

「……どうだろうな、わからん。でも……」


 米太はすかさず、スマホを取り出し、


「……だからこそ、調べてみようぜ?」

「ウィー、検索してみます。えーと……『バラ 生花 検索』………」

「「……あ!」」


 タップした瞬間、ミアのスマホ画面を、色とりどりのバラの画像が埋め尽くす。淡い色から、濃い色まで、色彩豊かなバラの花束が、『1000』『2990』『1650』『10000』とそれぞれの価格設定で並んでいた。


「――あったじゃん!(ありました!)」


 思わず顔を見合わせ、声を合わせる米太とミア。途端に気恥ずかしくなり目を逸らしたが、思わぬ商品発見の興奮は、いまだ健在だ。


「すごいすごい! 本当になんでもあるのですね、フリフリ!」


 目を輝かせるミアに、米太はスマホを受け取ってスワイプし、


「見た感じ、花屋のネットショップ代わりみたいなのと、個人で育てたのが混じった感じだな。……ほらこれ、価格設定1000円だから、ほとんど手数料と送料で消えると思うんだが、見てみな」



『廃棄品ですが、せっかく綺麗に育ったので、どなたかにお譲りしたいです』



「狙い目はこれだな。……何なら、値下げ交渉してみるか? この感じだと、あと数百円は安く手に入るかもしれないぞ?」

「…………」

「どうした?」

「いえ……、少し、考えてしまって」

「考える? 何を?」

「……その、いいのでしょうか。ほとんど利益が出ないくらい、ご厚意で出品されている相手に、値下げ交渉なんて……」

「そりゃあ、向こうからしたら、厳しい話だが、別にいいんじゃないのか? 中には完全に『不用品処理』として、手放すことだけを目的としてる人もいるし。……何より、値下げ交渉不可の記載がないし、それでも嫌なら、向こうが断ればいいだけの話だ」

「……ウィー、確かにそうかもしれません。……でもいくら相手の厚意でも、値下げしてもらって、結果的に相手を損させるとしたら、代りに自分が損した方が、よくないでしょうか?」

「……え?」


 ミアの言葉に、米太は思わず顔を上げる。


「……いや、損したら意味ないだろ、さすがに」

「……ですが、ベイタはそれで、気持ちよく取引できますか? 相手に対して引け目を感じたりしませんか?」

「それは……仕方ないだろ。相手だってその条件を飲んだわけだし……」

「……そうでしょうか。わたしは、自分が価値があると感じたものに、価値があると感じた値段をお支払いしたいです。……少なくとも、この花束は、わたし達をとても感動させてくれました。この感動をお金にするとしたら、1000円ではとても足りないと思います」


 ミアの真っすぐな目が米太を貫く。奇しくもそれは、土下座の直前の視線と同じ目をしていて、 


「……つまり、値上ねあげ交渉をしたい、と?」

「ウィー。その通りです米太! ダメでしょうか?」

「…………」


 言葉が出てこない。正直、単なる世間知らずだと思っていた。でも。


「……お金は人を喜ばせるために使うものだと、亡くなった祖母によく言われました。……それとも、値上げ交渉のコメントが来たら、ベイタなら迷惑だと思いますか?」


「い、いや……それは、喜ぶだろうけど……」


 人がいい、なんてもんじゃない。ただ何一つ不自由のない、金持ちの空虚な戯言かもしれない。


(……でも)


「……なら、送りましょうベイタ。……わたしに、コメントする時のマナーを教えてくれますか?」


 目を線にして笑う目の前の少女を、米太は心の底から眩しいと思った。


「……わかった。まず『初めまして』の挨拶は欠かせないな。……後は……」


 その後もミアの和室でひたすらフリフリを続け、あっという間に二人の時間は過ぎていった。





「……そろそろ帰るよ。今日はどうも。よかったな、出品者に喜んでもらえて?」

「ウィー、こちらこそメルシーです。あとは、届くのを待つのみですね。……本当に楽しみです!」

「ああ。……なんでも今日買った花は、来週には俺の家へ届くことになってるが……その……」


 口ごもり、頭をポリポリと掻いた米太は、


「……よかったら、取りに来るか?」

「……! ベイタ、それはもしかして、お、お家に訪問してもいいという……?」

「あ、あくまで玄関先だ! 俺の家なんかじゃ、みすぼらし過ぎて、ミアに敷居をまたいでもらう値打ちすら……」

「そんなことありません! どんな場所でも、ベイタのような優しい人が暮らす場所なら、素敵な場所のはずです。広さや値段は問題ではありません」

「……ミア」


 目を瞬かせる米太に、ミアは数時間前と同じように恭しく礼をする。


「……お招きいただき、感謝します。喜んでお伺いします、……ベイタ?」







「……ここでいい。降ろしてくれ」

「……まだ大学ですが、よろしいのですか?」

「ああ。どっちにしろ自転車を駐輪したままだから」

「そうですか。……すみません、止まってください」


 大学の裏門近く。正門よりは人気のない道路に、リムジンが停車する。


「……メリッサさんにも世話になったな。いろいろとすまない」

「いいえ。……あくまでもお礼ですから」

「……じゃあ、またな」

「ハイ……」


 リムジンに向けて一礼し、踵を返して歩き出す。自転車の駐輪スペースに思考をやっていると、後ろから声がした。


「……あの」

「……どうした?」

「…………」

「……?」


 夕暮れの中、メリッサが無言で米太を見つめる。意図がわからず困っていると、


「……あんなに機嫌のいいミア様を見たのは、久しぶりでした……」

「そう、なのか?」

「……ハイ」

「……」

「……」

「……それだけ?」


 その瞬間、一瞬メリッサの顔に迷いのような色が感じられ、目を瞠る。しかし、夕闇の中のせいか確信は持てないまま、


「あの……」

「……なんだ?」

「……花野井くんは、ミア様のこと、どう思っていますか?」

「ブフォ!?」


 あまりに唐突な質問に、米太は思わず噴き出した。


「……なんでもありません。失礼しました……」


 こっちが答えるよりも早く、メリッサが礼をして背中を向ける。未だに質問の衝撃にやられたままだったが、メリッサは一向に礼をしたままで、仕方なく踵を返して歩き出す。最後に一目ふり返ってみると、メリッサはいつの間にか直立して、こちらを見つめていた。


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