取引2 購入者ミア
「あ、あの、確認なんですが……」
「はい、何でしょうか?」
「やっぱり、そっちが購入者ってことで、間違いないんですよね?」
休憩スペースで、米太は留学生と膝を突き合わせる。未だに講堂では講義が続いているので、無意識に遠慮して米太は声を潜めた。その声を拾うために留学生は頭を近づけてくるのだが、
「ウィー、その通りです。アナタも、出品者でよろしいでしょうか?」
(こ、声が透き通ってて可愛い。めちゃくちゃいい匂いがする、どうしよう!)
くらくらする。妹の蛍がいつも使っている安っぽいシャンプーの香りとは数段違う。嗅覚に脳が全力で持っていかれそうになるけど、会話も出来なくなってしまいそうなので、米太は必死に雑念を無にして答える。
「そうです。……ええと、本来はこうやって直接会うのは基本ダメだと思うんですが、……その、花野井米太です。経済学部の一年生で……」
おずおずと自己紹介を始める米太に、留学生は、ハッとしたような顔をして、
「申し遅れました、わたしはミア。ミア・ルヴェと申します。アナタと同じ一年生で、日本文化学部所属です。よろしく」
「ど、どうも、よろしく。その、日本語、めっちゃ上手ですね」
「……単なる下手の横好きです。それに日本に留学するのはこれで三回目で、ようやく慣れてきたとこかな、と思っています」
謙遜しているが、実際ミアの日本語のイントネーションは完璧だった。その目立つ容姿を視界に入れなければ、ちょっとクセのある日本人でも、充分に通じるほどだ。第一、下手の横好き、ってどういう意味だよ、と米太は内心苦笑する。
「それで、取引のことなんですけど」
「ウィー、もちろんわたしも、そのことを話したいです。……ですが」
ミアは言葉を切り、
「ここではなんなので、場所を変えませんか? どこかの空き教室にでも移動したいです」
(あ、空き教室だと!?)
一瞬のうちに振り払っていた雑念が脳内を席巻して思考を奪っていく。『こんなに可愛い子と空き教室で二人きり? 何これ何のご褒美? バイトと勉強に明け暮れるあまり、中、高と徹底的に異性と交流の無かった俺へのボーナスタイム?』などと、おめでたいことを沸々と考えつく米太の頭。
「ええと、イヤなのでしょうか?」
「まままさか! むしろ光栄というかなんというか」
「? ……そうですか、ならすぐに向かいましょう」
「は、ハイ!」
どぎまぎと緊張しながら、後に続く。誰もいない廊下を少し進んだ後、手ごろな空き教室を発見したミアが振り返る。首肯する米太は、高鳴る鼓動を抑えながら、誘導されるがままに扉を開けてその中に入り、追って入室したミアが後ろ手で扉を閉める。米太の緊張が一層高まった。
「あの……、急なのですが、手を出してもらえますか?」
「え?」
(握手? さすが留学生……)
唐突な要求に疑問に思うも、能天気に言われるがまま手を出す米太。しかし、ミアは米太の腕をとり、
「――ごめん、なさい!」
「!?」
次の瞬間、米太の世界が反転する。
天井、窓、机、そして、床。
鈍い音を立てて米太は床に倒れこむ。投げられた、と自覚したのは数秒遅れてからだった。しかもその腕は未だミアに抱えられたまま、と思ったところで、
「あ! いでででででッ!! ちょ、ギブ!! ギブ!」
それはもう、折れるんじゃないかという勢いで腕を締め上げられる。突然の衝撃と痛みとに理解が追い付かない米太は悲鳴を上げるが、
「ダメです」
視線を上げると、至近距離でミアと目が合う。さっきまでの顔とは打って変わって、その表情は明らかにこちらに対する警戒のようなものをはらんでいた。
「な……急に、何だってんだよ……?」
「わかりませんか? 自分の犯した過ちが?」
「……は?」
ますます困惑する米太に、ミアがその綺麗な眉を吊り上げて言う。
「あんな不誠実な値段で物を売りつけるなんて、恥を知ってくださいッ!」
「えっ」
「――あ、悪徳業者の方ッ!」
「……はあああああああああああ!?」
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