第25話 交錯

「井能前………井能前って確か……!!」


瞬時によぎったのは、東海枝文崇のプロフィール。


彼はこの研究所でホムンクルス研究を続け、数々の論文を世に出している過去を持つ。


それに少なくとも人間ではないであろうそのが、本来であれば万全のセキュリティで固められているであろう大規模な研究所に自由に行き来できるとは到底思えない。


後任の室長が彼に決まった瞬間から、漠然と抱いていた言い知れぬ不信感。それが今この瞬間を以って、線と線とがつながったように確信を得た。


「やっぱりあの男が………!!」


「…………私が、どうかしたのかい?」



……理解より先に本能が動く。鼓膜に触れた男の声を振り返る事もせず咄嗟に、倒れ込むような形で右方向へと回避行動を取った。


案の定次の瞬間、私が見ていたモニターに先の捻じ曲がった鉄パイプの様な物が叩きつけられ………無数の破片を伴いながら粉々に割れ、同時にけたたましい警報音が室内に響き渡った。



「危なっ………」


「これを見て……その程度のリアクションとは、やはり可笑しな学生だね。君は」



倒れた拍子に顔を向けると、そこには依然として不気味な笑みを張り付けている東海枝が、その凶器を握りしめたまま屹立していた。




「何で……入れてるんですか。まだ権限は移ってない筈じゃ……」


「………一部のアクセス権限の譲渡を、予め優先するよう頼んでただけさ」


も予想して……ですか?」


「答える必要はないかな」



そう言って、すかさずまた鉄パイプを振り上げる。


微かだが殺気を感じる。……もう彼の関与は間違いない。それも、トラブルへの対処すら用意していた程計画的なものだ。


私は、回避を取らず正面の位置でしゃがみ込み……頭部へと触れる瞬間に彼の腹部へと飛び込んだ。


空振りに終わったその腕を掴み、身体を捻った流れを利用して右膝へと引き込むと、そのまま彼の肘関節を圧し折る。



「っ……!!グッ………」



当然武器を落とし、痛みに声を上げたまま後方へと仰け反る。


有無を言わさず落ちた鉄パイプの端を踏みつけ、激しい回転と共に垂直に浮き上がったそれを手に取ると、彼の喉元を思い切り……先端を捻じ込むように突く。


………声すら出せずに、喉を抑えながらとうとう尻餅をついてしまった。



「…………舐めてます?」


「んっ………ぐ……ぅ………」


「少なくとも……この研究所に在籍していて、私の事をある程度知っている研究員は………こんな廃材持って一直線に襲い掛かるなんて真似はしてきませんよ」


「………何なんだ………君は………!」


「私はの研究員です。………人間よりも遥かに優れた頭脳、身体能力を持つ彼らと、我々はどこまでも対等に言葉を交わし、時には衝突さえする。………か弱い癖して態度だけは立派な研究員に、彼らは心を開くでしょうか」


「く………っ……クソ………!!」



漸く、張り付けた様な表情から……己の感情を全て曝け出した怒りの相貌へと変わる。



「あーあー本性出しちゃった。駄目ですよ、キャラは貫かないと」


「私の邪魔をするな!!!このガキがぁあぁ!!!」



懲りずに立ち上がり、闇雲に突っ込んでくる憐れな男。……今度はパイプなどでは無く素手でその喉元を掴み、強く且つ確実に締め上げる。



「埒が明かないので。眠っていて下さい」


「っ………ぅ………ぐ………!!!」




数秒後。藻掻いていた両腕がだらりと垂れ下がる。……頸動脈失神を利用したため、当然いるだけ。


丁重に扱う義理もつもりも無いので、その辺に身体を投げ捨てて懐からスマホを取り出す。


……大丈夫だろうか、那奈美の方は。



『………埜乃華!?分かったの!?』



数回のコールを以て通話が繋がる。未だ向こうからは群衆の声が鳴りやんでおらず、当の那奈美も息が切れており明らかに疲弊している様子だった。


……”殺すな”という枷があるのは分かる。けど、それでも彼女に対抗できるような能力を持つホムンクルスを私は知らない。……当然あの会場で暴れ出した彼らの中にいるとも思えない。全員分のデータは頭に入っているから分かる。



「だ、誰と戦ってるの那奈美……!?」


『………水島とかいう女のパートナーだよ』


「え……レルン……ちゃんが……?だってあの子の能力は……」



”物質の100℃以内の温度変化”。……顕現から幾度となく綿密なテストを行い認められた固有の能力だ。


しかし、この能力のみで那奈美に対抗できるとは到底思えない……。



『まさかの!!?………こいつ、原理掌握個体だよ!!原子レベルで振動数操って、熱でも破壊でも無制限に引き起こせるヤバい奴!!』


「……………嘘……」



能力の認定に誤りが……?いやそんな訳ない。能力によっては災害をも引き起こす可能性がある以上、事前把握の為に……気が遠くなる程徹底的な遺伝子分析や身体検査により確固たる答えを出すのだ。


それがまさかよりによって那奈美の様な原理掌握個体だという事実を見逃すなど、有り得る筈がない。



『それより!!哉太の場所分かったの!?さっさとコイツ倒して向かうからすぐ教えて!!』


「倒すって………レルンちゃんがそのクラスなら、いくら那奈美でも……!」


『いいから!!!』


叩きつける様な声に圧され、抱えていた懸念が一時的に脳裏から離れ……従う様に哉太の居場所を口に出す。



「場所は………いの……」



………そこまで言ったところで、突如首筋に激痛が走る。



「うっ……!!な……何………!?」



まるで針を刺されたかの様な痛み。


その直後……四肢の感覚が末端から消え始め、それに伴って意識すらも遠のいていく。筋弛緩剤……?それも強力な………


東海枝………いや、彼は確実に気絶させた。


じゃあ……誰が……ここに………



「ごめんね………」



遂に立っている事すら困難となり、崩れ落ちるように地へと膝を突いてしまう。


瞼が閉じる直前に、私の傍らに立つ一人の人間の顔を見る。


……震える足で身を支え、薬液の残滓に濡れたシリンジを両手で握り込み、許しを請う様な瞳を向けている女性。



「………………!な………んで………」



それはかつて顕現実験の際に怪我を負い、入院し続けている筈の……七瀬夕空の姿だった。

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