第24話 露呈

「何かの用事かな?……しかし、言っては失礼だが、君はもう研究所入りディビエントでは……」


「お言葉ですが、こっちのセリフです。……室長クラスが日々ご多忙なのは承知ですが、討究学部の長であるアナタは当然出席しているものかと」



全身に緊張が走る。単純な驚きもそうだが……気がしたから。


このフロアには、約定環のシステムメンテナンスを行う部屋と各室長の研究室しか無い。私が今も主任をやっていたとしても、ここに来ることなど殆ど無いのだ。加えて今の私は普通の学生。どう見ても怪しい。



「いやぁ、残っている作業があってね。これから出席しようと思っていたんだ。………話を戻すけど、君はどうしてここに?」


「私は最初から出席してませんので」


「はは……なんだ、じゃあ私の事を言えないね」


「権利が剥奪されても……文献研究くらいは個人で進められるので、早速暇つぶしでもと以前から少しずつ進めていたものに手を付けようと思ったんですが……当時、富和元室長に推敲をお願いしたまま、急にE.N.K行きの件でバタバタしてしまって。結局進捗無いまま今も室長の部屋に置いてあるんです。資料データ」


「………それを取りに来たのかい?………このタイミングで」


「一度気になると、身内の危篤以外では止まれない性分なので。……データベースの権限自体は各室長で共有されてるって聞いてたので、フロアに居る誰かにお願いしようとしたんですが………」


わざとらしく、東海枝の顔を見る。


今のところかなり強引なこじつけだが、この目的自体は明日にでも実行しようとしていた事実だ。矛盾はない。


数秒の沈黙の後……彼は軽く笑った後に、やれやれといった口調で言う。



「瑞葵さんの言っていた通り、奔放な研究員だね君は。……しかしまだ瑞葵さんが持っていた多くのアクセス権限を引き継げていなくてね。他の室長に頼んでくれるかい?」


「些かシャイな性格でして。……初対面の人間に頼むの嫌だなぁと思っていたんです。……権限がないのであれば、お手数ですが東海枝室長から他の方にお願いして貰っていいですか」


「小学校低学年の様なパシリ方だね君………。いやでも初対面はあり得ないだろう。君ほどの研究員であれば、研究の中で室長クラスの人間とも嫌でも関わって来た筈だ」


「一人で出来る研究しか、したことないので」


「いっそ清々しいね君………。うーん……まぁ、いいよ。人見知りってのも聞いているし。私から頼んでみよう」


「ありがとうございます。………あと、お手洗い行きたいのでに該当のデータ入れて貰っていいですか。”読むやつ①”ってフォルダ名で文献研究の所に入ってると思うので」


「…………やりたい放題だね君………。……わかったよ。預かる」



運良く、先走って持ち歩いていたUSBを取り出して渡す。


彼はややたじろぎながらも了承した。私は至って平静を装ったまま一礼して、その場から離れる。


逸る気持ちを抑え、挙動不審な動きを見せずに歩みを進め、突き当りを右に曲がり死角に隠れた後……音を立てぬよう走り出す。


「耐えたー………」



彼がデータベースから私の資料を取得している間に、迅速に管理室へと入り哉太の現在位置を把握しなきゃ。


予想通りまだ殆どのアクセス権限を彼は持ってない。恐らく他の手続きも相まって今週一杯はあのままだ。……なら、管理室に入りロックすれば万が一にも邪魔は入らない。居場所だけ見てすぐ戻り、USBを回収すれば万事OK。



「………よし……」



ものの数秒で管理室前へと到着。


正面扉の右脇に張り付いている、指紋認証システムに人差し指を付け……扉上部に埋め込まれた虹彩認証用のカメラを見つめる。瞬時に識別を果たすと、物静かな機械音と共に扉のロックが外れた。


念のため周囲を見渡し、誰も居ないのを確認してするりと中へ入る。


無数のモニターが四方の壁に張り付いており、正面奥に巨大な操作パネルが一つ浮遊している。……無制限の角度や長さに調節する、やたら透明度の高いアームによってそう見えてるだけだが。


入室と同時に起動したパネルに近づいて、約定環のメインシステムの管理画面へと飛ぶ。新規契約パートナーのリストの中から哉太と那奈美の顔が載ったサムネイルを選択し、識別番号の入力へと進んだ。



「えっと、確かあの時一瞬見たな。………Z0-95187-PM-18………だっけ」



実際覚えているのは5桁の数字のみ。他の番号はホムンクルスと契約者の素性、能力によって数種類の中から割り振られているだけなので、推測でどうにかなる。


パパっと打ち込むと、瞬時に照合完了と番号の合致が通知されやや小さいタブが出る。


……暫しのローディング。という事は、やはり哉太達の約定環は無事起動しているという事だ。



「早く……!!早く教えてってば……!!」



何故こういう時に限って、しかも最新設備の筈のシステムが焦らしてくるのだろうか。先程のバスを待っていた時とは比じゃない地団駄を踏みながら、ただ結果の表示を待った。




『契約№513。富和哉太、Z-PM-18の位置情報を取得しました』


「やっと出た……!!てか番号で呼ばないでよ那奈美の事……!!!」


そして、画面が2分割され二人の居場所がそれぞれ表示される。


右に移るのは那奈美。……キャンパス内を簡易化したマップの、契約式の会場と思しき場所に赤いスポットが出ている。こちらは既知の位置情報。


そして左側。


………一瞥しただけでも分かる。明らかにキャンパス内のマップではない。


平面的ではあるが地形も建造物もまるで見覚えが無く、しかしどこかの広大な施設がマップ中央に我が物顔で表示されている。


その後、流れるように周辺のランドマーク等の表示が追随して……ついに哉太の居場所を表す青いスポットが、上述の施設内の中央付近に現れた。



「………施設名は……」



緑色で表示され続けているその施設をタップし情報を開示する。


………そしてすぐさま現れた名称は、今現時点で私が抱えていたあらゆる懸念が、恐怖すら伴う確信に変わるものだった。




◆◇◆



「裏切者……?どういう事だよ……俺が攫われるのに協力した研究員でもいるってのか!?」


「……部屋の設備を見て、まぁすぐ察したと思うけど……ここは研究所だ。それも国内でも指折りのね。そんな場所に僕みたいな存在が自由に行き来できるなんて………土台無理があるだろ?」



世間話でもするようなトーンで、目の前の男は口を開き続けている。


藻掻けど決して解けないロープには既に見切りを付け、今は少しでも情報を得る事に神経を使っていた。



と、君達のキャンパスへの行き来。契約式の詳細と……約定環とかいう玩具の機能について。……部外者の僕がここまでのアドバンテージを得るには、当然の研究所に顔が利く協力者が必要だ」


「………双方……?そんな人間………」



ここまでの暴挙を実行出来てしまう程、ある程度の地位をどちらでも得ている研究員。


無論いる訳が無いと思った。いたとしても関りは無いと。


しかし、瞬間的に脳裏によぎった人物がいた。



「………因みに、言い忘れてたけど……ここの研究所の名称を教えてあげよう」


「お前………まさかあの人が……」


「”井能前いのまえ生命科学研究所”」



それは、以前本人の口からプロフィール上で触れられた名前。


瑞葵さんの代わりとして、学部長と室長を一身に引き継いだ東海枝文崇が……楼ヶ峰へと来る前に所属していた研究所だった。

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