第9話 恋心
「紹介します!!!彼女が僕と
「………ぺこり」
大柄な金髪メイド姿の彼女が”ぺこり”と言いながらぺこりと頭を下げる。その隣に立つ彼は得意げに鼻を鳴らしていた。……が、急に何か思い出したかのような表情を浮かべ、こちらに歩み寄り懐から名刺を取り出して渡してきた。
「あ、申し遅れました。僕は
「……ご丁寧にどうも」
「さぁ!!!!それは置いておいてどうですか!!!僕の様な優秀者はこのように実際のホムンクルスと行動を共にすることで、より深く彼らの生態や行動真理などを研究できるのです!!!!」
情緒が心配になる程の切り替えを見せつけた彼は、再びドヤりにドヤった顔をする。
「えっと………じゃあその、上位10%以上の生徒は皆、ホムンクルスと契約……てのをしてるんですか?」
「全員ではありません!!!研究の為にと申し出た生徒、並びに彼らホムンクルスの意思を尊重したうえで適正審査を行い………潜り抜けた者がこうして契約を結べるのです!!」
「………じゃあ河瀬先輩は、一層踏み込んだ研究をしたかったと」
「せ、先輩………!!!そっ……そうです!!!彼らを間近で観察し対話を重ねる事で、ホムンクルスの謎を解き明かそうと………!!!」
「…………あの……出来てるんですか……?研究」
こうして問題なく会話している様に聞こえるだろうが、実際は名刺を渡し終わった直後から……彼は金髪メイドに身体を軽々持ち上げられ、そのまま新体操のバトントワリングのように高速回転させられていた。
「正直出来てませえぇぇぇええん!!!ミーシャやめてぇぇえええ!!!!三半規管こわれりゅううぅうううう!!!」
「…………ぴたっ」
”やめて”という言葉を聞いた彼女は、”ぴたっ”と言いながらピタッと動きを止め……何故かそこだけは丁寧に彼を地面に降ろした。
「ハァ………ハァ………ま、まぁ少々………奔放なところもありますが……」
「奔放というか……鬼畜というか……」
「とにかく!!!僕の様な優秀者こそ、樋口さんとお近づきになる資格があるという事です!!!ぶっちゃけアナタ良い人そうですけど、そこだけは譲れません!!」
「いやだから埜乃華じゃ……」
「………いいよ哉太。説明しても聞かないだろうし」
先程から呆れた様な表情で河瀬先輩を見ていた那奈美は、一つ溜息を吐くと……静かに彼らの方へと近づいていく。
「ほいっ」
………突如、メイド服の彼女の前に立ち、片手で体を持ち上げ、先程の河瀬先輩を上回る高速回転で回し始めた。
「おおおおぉおぉおい!!!何やってんだお前!!!やめろやめろ!!!」
「ええぇぇええ樋口さん!!!?どどどどういう事ですか!!?」
………やがて、十数秒間の演舞の後に那奈美は彼女を地面に降ろす。
当の本人は全くノーダメージで目を回している様子も無かった。ただ目を輝かせながら、アトラクション終わりの子供の様な声で”ふぁーーー……”と放心している。
「はい。埜乃華どころか私は人間じゃないの。れっきとしたホ・ム・ン・ク・ル・ス。残念でしたー」
「え、えぇ!?本当に……樋口さんじゃない……んですか!?でも確かにあんな怪力……」
「お、お前……初対面の女性をいきなりぶん回すな!!」
「顔見知りならぶん回していいの?」
「揚げ足を取らない!!!」
すると、今さっき回されていた彼女が那奈美のジャージの裾を掴み、これまた浮かれた様な声色で”もう一回……!”と、まさかのおかわりを申し込んでいた。
そんな無邪気さを一切無視して、彼女は河瀬先輩に対して口を開く。
「じゃあ人種違いだったって事で……私達はもう行くから。あと一応ついでに言っとくけど、埜乃華本人にもあんまりちょっかい掛けない方がいいと思うよー」
その言葉と共に、俺の右腕に突然抱き着いてきた。……思わず目を剥いて驚愕するが、俺以上に驚いていたのは……河瀬先輩だった。
「んんんなっっっっ!!!??………ぐぅ………いくら樋口さんじゃなくとも…………ぎいいぃぃい羨ましいいいぃぃい!!!!!………おのれ……貴方の顔……覚えましたよ………」
「い、いや先輩……ちょっと待っ………」
「行くよミーシャ!!!もっともっと研究成果上げて、この間男から樋口さんを取り戻すんだあぁぁああああ!!!!」
いつの間にか間男認定されていた俺に背を向けると、ミーシャと呼ばれていた彼女の手を掴みまるで逃げるように立ち去っていく。……しかし、那奈美にぶん回しのおねだりをしていたところを邪魔されて苛立ったのか、ごねる様に呻きながら先輩の頭を小突きつづけていた。………先輩はその度に”ヤメロォ!!!”と叫んでいた。
「……完全に認識が混同してたな………」
「さ、邪魔なチビも消えたし行こっか!!」
………嵐が去った直後、有無を言わさず那奈美は俺を引っ張り、先輩たちが消えた方向とは真逆の道に進んでいくのだった。
◇◆◇
「……………駄目だ……もう……動けん………」
時は飛んで、午後7時30分頃。
あれから俺は、彼女に縦横無尽に連れまわされ、ほぼノンストップで学園内を巡った。買い物だけでなく映画やアミューズメントetc... この数年、受験の為に家に引きこもりっぱなしだった老体には到底耐えられない程の疲労が蓄積されてしまった。
そして、場所は移り変わり……俺は研究所から徒歩1分程の場所に聳える、これまた巨大なマンションの様な寮の、分け与えられた自室にいた。
………広さは宛らリゾートホテルが如く。ジャグジー付きの風呂に、そこそこのキャンプが出来てしまえそうな程のスペースを持つバルコニー。芸能人がホームパーティするときに立つ様なオシャレキッチン等……俺の様なハイパー一般人にはもはや手に余りに余るゴージャス加減だった。
「このベッドも……キングサイズとかいうやつだよな………寝心地やっば………い、いやいや。こんな豪華な部屋、住んでたら逆にプレッシャーで胃がやられかねん。………後からもっと小さい部屋に変えてもら………いや……別に明日……もはや………うん。来週とか、来月とかで……いいかな……」
人間とは、げに醜いものか。俺はいつの間にかその恐ろしい程の寝心地に耐えかねて、今日一日で溜まった疲労そのままに一瞬で眠りについてしまうのだった。
◇
「…………お邪魔しまーーーす」
「……………」
「あ………よし、ちゃんと寝てる。………この寝息の感じ、そして推定される疲労と体動の具合から見て………δ波50%以上は占めてる筈。ちょっとの事では起きない………」
哉太が寝息を立て始めてから凡そ2時間後。………那奈美は研究所に戻った後、入念なバイタルチェックを受けた。
それに加え本来なら、今回の脱走に於ける動機や現在の精神状況などを測るための問診を受ける筈だったが………しかし、それらは短時間で終わるものではなく、愚直にそれを受ければ、哉太の睡眠が最高潮に深くなる
「音立てないように近づい………うっわ寝顔かっっっわ………顔ごと舐めまわしたいなこれ………」
絶望的な発言が止まらない彼女だが、そこは最上位ホムンクルス。あらゆる音を極限まで抹消し、流れる様な足の運びで彼の枕元へと到達した。
「わ………わあ………さ、触っちゃった………やば………」
哉太の頬に指先を触れさせる。……流石の彼女でも、高鳴る鼓動と漏れ出る吐息の音はもはやどうすることも出来ない。燃えるように火照る顔を彼に触れていない手で無意識に抑え、静かに悶絶していた。
……一本の短い線を描くように、頬をなぞる。一本、また一本と……決して起きないよう、嚙みしめるように、なぞっていく。
いつしか、心に浮かぶ声をそのまま口に出していた。
「………本当に私、ちゃんと哉太の事……好きなんだ。……私の意思で」
彼女が抱える哉太への恋慕。それはホムンクルスとして生を受けた時点から抱えていたもの。………しかし、姿を見た事もない人間を好きになれる筈は無い。
加えて彼女は気付いている。埜乃華も彼の事を想っている事を。………つまり、那奈美の抱える恋心は、言うなれば母体である埜乃華の記憶からの単なる影響でしかないのではないか?と、………それは彼女の中で疑問と成り……いつしか恐怖へと変遷していた。
「でも………違う。今日、ちゃんと哉太と会って。話をして。考えを聞いて。………もう一回好きになれた。埜乃華の記憶じゃなくて……ちゃんと私の意思で、ちゃんと一から好きになれた」
始めから持っていた恋心が、ただのプログラムでも構わない。今この瞬間、彼女の想いは実体を得たのだ。
「哉太………好き。ずっと……ずっと一緒に………。だから、もう少し待っててね」
そこで、頬に触れていた指を、名残惜しむ様に離す。
「………………じゃあ、そう言う事で…………」
赤面した表情のまま彼女はニヤリと微笑むと……堰を切ったかのように口元から大量に垂涎し始めた。
「もう………いいよね………?私、本当に哉太の事好きだから………いいよね……?…………い…………いただきまーーーーーーす!!!」
宛ら獣の様な双眸を煌めかせ、有無を言わさず彼女は哉太のベッドの中へと………
「待ちなさい変態ホムンクルス」
「んなっっっっっ!!!!………の……ののか!!?」
振り向くと、部屋のドアの前に埜乃華が腕を組みながら屹立していた。ついでに……冷ややかな視線と共に。那奈美は往年のル〇ンダイブ寸前の状態で体を硬直させていた。
「まったく、急にいなくなって………まぁ絶対ここに来るだろうと思ったけど」
「…………み………見逃してくれない?」
「これを見逃すホムンクルス研究員がいると思うの……?いいから早く戻るよ」
ずかずかと入室し、那奈美の腕を掴んで無理やり外へと引きずりだしていく。
「やーーーーーだーーーーー!!!遺伝子ーーーー!!遺伝子だけでもちょうだーーーーい!!」
「生々しい駄々をこねないで。未成年も住んでるんだから。………ていうか私も来月までそうだし」
……………半泣きのまま、強制的に部屋を後にさせられる那奈美。
そして……これだけの騒ぎがありながらも、哉太は至って幸せそうな表情で、寝息を立て続けるのだった。
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