ワルモノ退治
双葉 草
第1話 ワルモノ退治
ワルモノ退治
「甘酸っぱい、青春の味……?んなもん味わったことねぇよバカヤロォォオオ‼」
受験勉強の息抜きに友人たちと遊びに来たとある海岸で、日頃のうっぷんを晴らすべく叫んでみた。
彼女たちはすでに帰った後だけど、万が一誰かに聞かれていたら恥ずかしいので注意を払う。ひと気のない小さな海岸だから大丈夫だとは思うけど。
「ふう、今日はこのくらいにしといてやるか」
ここにいない誰かさんを思い浮かべながら、パッパッと何もついていない手を払う。
すると突然、砂浜の奥から人影が姿を現してこちらを向いた。
「はーっはっはっはっはっはー‼」
「誰だ!」
ヤバい聞かれた⁈
「私の名前は、えと……そう、ツナミマン!」
人影は団扇で顔を隠しながら、まるでヒーローのような快活な発声とポーズでそう名乗った。
だが。
「おいお前、実夏(みなつ)だろ」
「"えっ……いや、違うけど」
「ふーん」
顔が見えないとはいえ、あどけない声と実名をひっくり返しただけの安直な名前でバレバレだ。何より顔を隠しているうちわのイラストが、彼女が好きな戦隊ヒーローなのが決定的だ。さっき使ってたでしょうが。
「それで、ツナミマン。何か用か?」
「ふっふっふ。日笠チャン、君は何か困っているようだね」
最近のヒーローは個人名まで特定してくるみたいだ。いやはや恐ろしい。
ともあれ、聞かれていたものは仕方ない。
丁度良い、このノリに合わせてシラを切ろう。
「あー、実は私の青春を脅かすワルモノがいてな。そいつをちょっと退治してほしいんだ」
「青春……つまり恋。なるほど、要するにその恋の相手をやっつければ良いと」
「え、あ……おう」
わざとぼかしたのに具体的に言うな。このエセヒーロー、察しが良過ぎる。
「よかろう!私がその不届き者を、海の藻クズにしてくれる!」
いや藻クズはやり過ぎだろツナミマン。
「それではそいつの名前を思いっきり叫ぶがいい!」
「あー……え?」
うおー!というそれっぽい掛け声で何かを溜め始め、前方の海に向かって駆け出すツナミマン。うそ、本気でやる気か……?
「叫べぇ‼」
まじか!ええい、どうにでもなれ!
「———てめぇのことだよ!バカ実夏ぅぁぁあ!」
「はえ……⁈」
足は止めないまま、今までの威勢とは真逆の何とも情けない声でこちらを振り返る実夏。うちわ落ちてるぞ。
「えと、えと……つつつつつツナミキーックッッ‼」
ドッポーン。海に向かって跳躍した彼女の小さな身体が水面を叩き、ツナミとは程遠い穏やかな波が微かに私の足元に辿り着いた。
言ってしまった……。焦ったとはいえほんとに言うか普通……?
「日笠ぁ!」
こちらに手を振る実夏。ここは冷静に。『冗談』で乗り切ればなんとかなるはず。
「あのさ、今のは———」
「私も大好きぃー‼お前も藻クズだぁ!」
全身を海水に浸しながら、満面の笑みで「あはは」と笑う実夏。本当に意味が分かっているのだろうか。彼女が言う『好き』は違う気がする。
だけど、敵わない。そう思った。
「でりゃぁぁぁあ!」
「ぎゃっははは」
ザッパーン!
少しでも波が立つように。
少しでも隠れられるように。
少しでもあんたの近くまで行けるように、大きく跳んだ。
「せっかくシャワー浴びたのにね」
「うっせ、誰のせいだ」
これが私の青春の味。
とびきりしょっぱい、海の味。
おわり
ワルモノ退治 双葉 草 @ki_mi_egg
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます