ユグドラシル・パーティ ~対人関係に疲れたので『擬人化スキル』で異世界を生き抜く~

兎角 惑(とかく まどう)

一章

一節:対ヒト恐怖症

000:所詮話術と愛想と偏差値と顔面とあと諸々

「疲れた……」


 自転車を押しながら、校内の駐輪場を抜けて、正門を目指す。

 コートと防寒具のせいで少し動きづらかった。

 もたつく最中についた言葉は、何度目かの――今日で何度目かの溜息交じりの言葉だった。


 人前では決して言わない、僕が一人だけのときにつける言葉。

 安住の地を求めるように吐き出す文句。


 きっと誰しも思うことなのだろうけれど、僕だけが悩んでいることはないのだろうけれど、一般的な普遍的な人間として――いち高校生として、対人関係の悩みを抱えていた。

 決して色恋のことではない。もし恋愛関係ならもっとテンション高く、声のトーンも五割り増しくらいで悩んでいるはずだ。


 悩みというのは「人と話すのが苦手」ということ。


 話を合わせる、相槌を打つ、愛想を良くする、いじりに付き合う、話を回す、誰かをほどよくいじる、話題を提する、エピソードトークを面白く話す、ボケる、ツッコむ、引き際を考える、オチを付ける、リカバリーをする、目を合わせる、目を逸らす、ジェスチャーをする、物真似をする、とぼける、笑う、笑みを浮かべる――


 誰かと話すとき、気を付けていることを数えていくとあまりにもキリがない。

 友達と話すのにこれほど労力をかけている高校生は、芸人志望を除いて、僕くらいなものではないか。


 そう思うくらい、そう思わないとやっていけないくらい気を遣う。

「僕は芸人でも、コメンテーターでもないんだぞ」

 将来の夢とてメディア方向に傾いたことは一度もない。

 むしろ誰とも話さず、書面だけのやりとりで執り行える仕事を探しているくらいだ。


「でもしょうがないんだろうな」


 しかし、しょうがない。

 そう思うしかない。


 僕には誰かを楽しませる天性の話術も、頬をほころばせるような魔性の愛想も、学年トップランカーを誇る偏差値も、二度見されるような二枚目の顔面も、その他諸々の特徴を――長所とも言うべき才能を持っていない。


 学校をという極めて小さな箱庭で、僕が人間たり得るためには、彼らと友達なり得るためには、このくらいの労力をかけるのは当然のこと。


「はあ……」


 吐いた息は白い。

 空を見上げると既に暗かった。


 冬ということもあって、北風と乾燥した空気のおかげで星が良く見える。


 幾千、幾万、幾億。

 きっと途方もない数がこの暗がりに広がっているに違いない。

 あいにくと星座にも詳しくないので、この星々が何を意味しているかは分からない。


 けれど、僕はこう見る。


 これらは全て人である。暗がりに押し付けられた人は周囲と同じように、あるいは周囲に負けないように輝いている。


 その中で、いくつも光の薄い星はある。彼らは自己を確立した生徒。


 光の強い星は僕の友人一行。カーストに囚われた貴族。


 そして――


 中途半端に光っている、おこぼれを貰っているようなのが僕だ。


 学校の中にも外にも意味を見いだせなかった、クソダサい星が僕。


 もういやだ。

 人と話したくない。

 誰とも話したくない。


 自己嫌悪の果てには何も残らないのを知ってはいるけれど、今はこうやって自分を責めていた方がまだ気が楽だっ――


 強い光。


 眩しさに目を眩ませながらも、どうにか光の方向を見た。

 轟音。

 まるでクラクションのような、まるでタイヤを引きずっているような、まるでブレーキを踏みしめているような、まるで、まるで、まるで――


 トラックが突っ込んできているような。

 

 僕はそのとき思い出す。

 僕の通う高校は街の中にある為、正門と国道が目と鼻の先にあること。

 僕は一度、物思いにふけりすぎて、ちょうどこんな風に轢かれそうになったこと。


 軋む体。

 靭帯のねじ切れる音。

 右半身に強い衝撃。

 よろける脚。

 頭を打った。

 自転車が倒れて、身動きが取れなくなって、そこをトラックが乗りかかって。


 ぐちゃり。


 僕はそのとき思い出す。

 僕が友達だと思っていた人たちは、友達とは呼べないクラスメイトだったことを。

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