感動しちゃ悪いか?

ゆうゆうゆう

 よく晴れた冬の日だった。

 何てことない一日だ。学校に行って、勉強して、飯を食って、寝る。そんなルーティーンの中に、何か刺激が欲しかった。今の生活が退屈な訳ではないが、楽しくもない。習慣化された行動では、何の楽しさ、嬉しさ、苦しみさえ感じることができなかった。

 私はアニメが好きだ。小学生の時に親におねだりして防水のテレビを買ってもらって以来、風呂に入りながら録画したアニメを見るのが習慣になった。大体三十分くらいで私は風呂から上がるので、毎日一話は見ることができた。

 その日はちょうどアニメシーズンの境目で、いくつか目をつけていたアニメの第一話の録画が溜まっていた。私がアニメを好きになったのは中学に入ってからだが、俗に「神作」と呼ばれる作品は十年程前の作品が多いので、少し不満があった。


「うーん、もう少し早く生まれればよかったのに」


 私は浴槽の中で呟いた。音が反響して、厭に煩く聞こえる。自分の声ほど耳障りなものはない、と私は顔をしかめた。

 録画リストに目を移すと、そこには「異世界」「転生」「スローライフ」といったクリシェが溢れていた。正直飽き飽きする。と言いつつ面白いので見てしまうが、そんな軽い物語に面白さを感じてしまう自分にも厭気を感じる。畢竟私も大衆向けコンテンツを消費してインスタント化された感動を啜るだけのしがない俗人か、と私は溜息を吐いた。

 そんなアニメの中に一つ、目を惹くタイトルがあった。再放送の作品だ。確かアイドルアニメの元祖と謳われている作品だったと思う。そういえば番組表を眺めて次に見るアニメを決めていたとき、人気作品だから教養として見ておこうと思って録画したのだった。

 とりあえず、のノリで早速第一話を見始めた。そろそろのぼせてきたので、湯船から重苦しい身体を持ち上げてシャワーの前に座った。シャンプーを手に取り、髪で泡立てて洗い始める。


『――私、アイドル始めたい!』


 強く目を閉じたままシャワーのノブを探り当て、捻って熱湯を浴びる。湯冷めして冷え切った身体が表面から暖まっていく。


『――大切なのは、やりたいかどうかだよ……私は絶対にやりたい!』


 大方髪を流したら、洗顔剤を取りネットで立てた泡で顔を包む。

『さあ、歌おう、未来へ向かって!』


 歌が始まった。ライブシーンはアイドルアニメの命だ。少し目を開けて見てみようか――


『始まりは怖いけど、走り出そう、今 輝きを求めて――』



 私は言葉を失った。

 そこには、「輝き」そのものがあった。


 これから新たな一歩を踏み出す彼女らの覚悟、それに伴うワクワク、不安、恐怖、興奮、その全てが緻密に描き出されていた。歌声のトーン、歌詞、メロディ、コレオ、コード、様々な要素が複雑に絡み合って、彼女らの心をありありと表現していた。それは私にとってあまりに率直で、純粋なメッセージだった。


 私は何も考えられずに只々呆然と彼女らのパフォーマンスを見ていた。エンドロールが始まるとすぐに録画を巻き戻してもう一度見た。途中で身震いをして、それが寒さからであることに気づいたときには、既に三回はライブシーンを見ていた。


 私は殆ど消えてしまった顔の泡を流して湯船に浸かり、急いで風呂から出てドライヤーをかけた。その間にもずっとライブを見ていた。普段アニメを見た後に感じるチープだとかよくある感動ポルノだとか、インテリぶった批評は不思議と思い浮かばなかった。ただ心に残ったのは、夏祭りの雑踏から離れて一人花火を眺め遣っているときのような奇妙な昂りと、夏の終りに似た僅かないみじさだけだった。

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