変わらぬ思い

────────────────────

【手記】


D.1353 紅翠の月3

テーラ城下町にて


 兵士長が話してくれた情報で次の目的地をカル=パルディア遺跡に設定した。砂漠越えの準備のためにテーラの城下町に滞在している。

 この町の人込みを歩いていると、ディクライットの賑わいを思い出す。

 人が多ければ多いほど、孤独を感じるのは何故だろうか。

 ここには私が帰るべき場所はない。

 はやく、彼女のもとに戻りたい。


──デュラムが最近ずっと不安そうだ。何かあるのだろうか。


────────────────────

【旅の記憶】


  砂造の街並み、賑やかな露店。砂漠の真ん中にポツンと現れたオアシスの周りで栄えたテーラはこの周辺では大きな国だ。僕は古くなった旅着を揃えるため布製品を主に取り扱う店を訪れていた。気のよさそうなおかみがやっている活気のある店だ。

「その靴、試してみるよ」

「あいよ。マントは? ボロボロじゃないかい。いいの揃ってるよお〜」

「いや、これはいい。端の直しだけできるなら頼みたいけど。できる?」

「あらあ、一張羅かい? 不思議な旅人だね。できるけど、砂漠に行くのにそんなんでいいのかい。靴は買う? 買わない?」

「魔法が得意なんでね。靴も丁度いいからもらうよ。時間かかるだろうから少し周ってくる。お金はその時に払うから一緒にまとめて置いてもらえるかな」

「はいな。じゃあ二刻ほどもらうから適当に戻ってきておくれ」

 女将はそう言って僕のマントを預かると店の奥へと消えていった。そうして僕もまたテーラの雑踏へと足を踏み入れたのだった。




 テーラの城は少し無骨だが大きい。城下の端のほうにいても見えなくなることはない。城には三日ほど滞在させてもらったが、その間ロイドは僕に銀髪の彼一行がテーラに訪れた時の話をしてくれた。

 魔女の呪いを解くために旅をしているという話をすると、彼は少し遠い目をして頷いた。

「それで、僕の事情は大体わかったと思うけど、ガクさんの話をしてくれるって気持ちは変わりませんか?」

「ええ。彼らがここに訪れた時のことをお話ししましょう」

 ロイドは客間で優雅に紅茶を淹れ、それをお互いの前に置くと話し始めた。

「私が彼らと初めて会ったのはここから少し離れた高台の上でした。当時まだ王子だった陛下を保護してくれたのが彼ら一行だったのです」

「王子……というと今のアズルフ王のことですか?」

「ええ。私は今でこそ兵士長ですが、昔は彼付きの剣士でした。当時ある理由があって城内は荒れていまして、王子は城を追い出されたのです。私も必死になって探しましたが彼らに出会っていなければどうなっていたことか」

「なるほど。それで、彼らはこの城に来たと」

「ええ。変わった組み合わせの旅団でした。ガクさんとティリスさんもそうですが、ほかにも子供が二人いたのです。ユイナさんという少女と、王子ととても親しくしてくれているチッタさんという少年……」

「チッタ? チッタも一緒に旅をしていたんですか?」

 不意に出た幼馴染の名に驚くとロイドも少し表情を変えた。

「ああ、チッタさんとティリスさんは幼馴染だといっていましたから、あなたもそのうちの一人だったのですね。チッタさんは今でもたまに顔を見せに来てくれますよ」

「そっか。そのユイナさんという子だけ知らないな。彼女はどこで知り合ったんだろ……」

「なんでもディクライットから三人で旅を始めて途中でガクさんも同行するようになったそうですよ。それはそれとして。ガクさんの行先はカル・パリデュア遺跡に行くというのを聞いたきり、私はお会いしていないです。ティリスさんとチッタさんはディクライットに戻る際にテーラに一度寄っていましたがその時はお見掛けしませんでした。その後の消息は私にはわかりません」

「なるほど……カル・パリデュア遺跡といえば大昔にクワイアンチャーの国があったところですよね。あそこはシェーンルグドじゃなくて……」

「リヒテルハイトです。今は遺跡があるのみですが。隣のザントテールと仲が悪く迫害された王家が山脈を超えた先でシェーンルグドを建国してからは崩れるのも早かったようです」

「そっか、じゃあリヒテルハイトとシェーンルグドはほとんど同じ国といっても過言ではないわけだ」

「まあ、そう……とも言えますね。とにかく、リヒテルハイトもクワィアンチャー族の国。そこに何か目的があって訪れたのでしょう。私がわかるのは残念ながらここまでです」

「ありがとう。次の目的地が決まりました」

 僕がお礼を言うと彼はまた少し遠い目をした。そしてまた口を開く。

「ティリスさんに、会えていますか?」

「……どうして、そんなことを?」

「やはり、旅に出てから一度も戻っていないんですね」

「魔女の呪いが本物だった場合彼女を危険にさらしてしまうから戻れない。それに、僕は死んだことにして国を出ているから、ティリスだって急に戻ったら驚きます」

「……ティリスさんはあなたのことを生きていると思っているし、戻ってくることを信じて待っていますよ」

「え、でも」

「彼女がこの国に訪れたのは理由がありまして、それはディクライットとテーラ間の公道を作る交渉。その関係でよく伝書を交わしているのです。彼女はここに滞在していた時もあなたがどのように素敵な人か話してくださいました。あんな表情をするティリスさんが、あなたのことを忘れたりすることは絶対にありません」

「……」

「だからどうか、早く旅を終わらせてティリスさんの元に戻ってください。私があなたにガクさんのことをお話ししたのはそれが理由です。魔女の情報も何か得ることができればお伝えしますよ」

 そういった彼の表情は子供を見守る親のようだった。ティリスが長年離れている僕のことをいまだに思ってくれていることに胸が熱くなりながらも、同時にそれは彼女を縛る枷になっているのではないかと思う。いっそ、僕がいない場所で幸せになってくれたら……。




「兄さん、大丈夫かい?」

 目の前に差し出されたマントと靴。惚けていた僕をのぞき込む女将の不思議そうな顔。

「あ……ごめん、ぼーっとしてた。代金だよ、ありがとう」

 女将から物を受け取って装備を揃えるとデュラムにまたがった。マントのほつれも直ってまたしばらくは持ちそうだ。砂漠の感触が嫌なのか少し不安そうにこちらを見るデュラムをなだめながらゆっくりと歩いていく。

 日が落ち始めていた。テーラの喧騒が段々と遠くなっていく。そうして僕はまた、新しい目的地へと旅を始めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る