邂逅

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【手記】

D.1353 炎翠の月14

ディカラネベルの森を抜けた場所


 嫌な夢を見た。私はいつディクライットに戻れるのだろうか。

 今日は公道の作業場所を辿りつつテーラを目指す。方向はわかるが自分がいまどのあたりにいるのかよくわからない。早めに山を抜けることができれば良いが。


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【旅の記憶】


 甘い香り。鮮やかな空。一面の美しい花々。

 花畑の中に咲いた一際美しい一輪。何よりも愛しいその人がこちらを振り向いた。

「ディラン」

 その人が目を細めて呼んだ名前は自分のものだ。常盤色のきらめく瞳に誘われて、花畑を駆けていく。丘の上、ずっとその先まで行ってしまいそうな彼女の手を引いて抱きしめると、花の上に転がった。

 舞い散る花弁。緩やかに僕の体にかかる彼女の綺麗な長い髪。頬を撫でると彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。

 優しく、暖かい風で花が揺れている。彼女の柔らかい手が僕の胸に触れると、その暖かさで満たされた。ああ、このひと時こそが僕の最上の幸せだ。彼女が瞬くたびに世界は煌めいて、花畑は僕らを祝福している。

 艶めいて魅力的な唇が僕の頬に触れた。同じことを彼女の唇に返すと今にも消えてしまいそうなほど小さい顔が真っ赤に染まった。もう一度。そう思って彼女の頬に手を伸ばすと違和感があった。ぬめりとした感触。

 苦しそうなその表情の彼女を受け止めると口から血を流していた。ぐったりとして動かなくなった最愛の人。彼女のぬくもりが少しずつ失われていく。暖炉の火が消えるようにゆっくりと、されど確実に。いやだ、そんなことあってはならない。

 彼女が話さなくなった理由を僕は知りたくなかった。これじゃ父さんと母さんの時と同じで……そんなの……。


「ティリッ……ッ!」

 視界一面の星空。

 目が覚めたと同時に息ができないことに気づいた。涙が溢れて止まらない。これは嫌な夢を見たせいだろうか、過呼吸のせいだろうか。

「ッ……はぁ、はぁ……!」 

 息を吐いて呼吸を整えようとするがうまく行かない。目を覚ましたデュラムが心配そうにこちらを見つめている。掴んだ毛布の端が涙と涎でシミになる。

 やっと呼吸が落ち着いてきた。最近こういう夢をよく見る。どうにかなりそうだ。

「もう大丈夫。ありがとうね」

 撫でたデュラムが低く唸って目を閉じる。そうして僕はまた、望まぬ夢の中へと落ちていくのだった。


***


 岩肌が出ている道。デュラムは歩きにくそうで機嫌が悪い。

 朝は少し早く起きてしまったのでそのまま出発することにした。方角しかわからないが、なるべくデュラムの負担にならない場所を進んでいた。

 不意に悲鳴が聞こえた。続いて鳴る地響き。

 この道の先だ。地響きだけならやり過ごすが、人がいるようだ。デュラムを道の端に待たせて魔物除けをかけると少し離れたところから様子を伺う。

 大きな岩に隠れてわからなかったが、その奥の開けた場所にそれはいた。三つ目巨人ドライアゲンというその魔物は人の三倍ほどもあるその巨体の頭に一つの目を携えた魔物である。三つ目なんて名前を付けた人はきっと寝ぼけていたのだろう。

 それと四人が交戦していた。一人は風魔法で魔物の視界を遮っている魔導士で、後ろには癒魔法ゆまほうで援護している者もいる。槍で後ろの魔導士たちを守っている戦士もいる。一番前で勇猛果敢に切り掛っている剣士が指示役のようだ。

 と、その時、槍を持っていた女性が魔物の大きな腕で弾き飛ばされた。彼女を守るために後ろの二人が動き、体制が崩れる。

 魔物が大きく振りかぶって一番前の剣士に拳を振り下ろす。危ない。

 氷がドライアゲンの大きな瞳を貫いた。考える前に魔法が先に出てしまっていた。金髪の剣士が僕の存在に気づいて口を開く。

「助ける気があるなら援護をお願いします!」

 目を一つつぶしても魔物は少しよろけただけだった。煽られて無視するわけにもいかず、僕は岩の影から飛び出した。

 剣に氷の魔法を込めて照準を定める。魔物の足元に三発氷を撃つと、地面と接着する。離れなくなった足をうまく使えずによろめいた魔物の足に金髪の彼が切り掛るとそれはバランスを崩して倒れた。後ろから三人の嬉しそうな声が上がる。

 次の瞬間、僕は宙を舞っていた。僕を弾き飛ばした手の内側には大きな目玉がこちらを凝視していた。ああそうか、だから三つ目……。


──衝撃と共に、目の前が真っ暗になり。そして、消えた。

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