第47話 死にたい私と花言葉

 落ち着きを取り戻した私は未だに頭を撫でてくれる手を優しく触った。


「もう大丈夫だから、それに高校生にもなって子どもらしいのは恥ずかしい」


 それでも全然頭を離してくれない。不満げに顔を上げると笑われてしまう。


「そう? 高校生はまだ子どもでしょ」

「そういう意味じゃないの。ていうか、もう大丈夫になったの?」

「約三年間、早いか遅いか分からないけどやっと現実を受け止められたよ。お父さんとも話し合って、涼音すずねが今住んでる家で暮らすことにしたんだ。お父さんも今年中は厳しいかもだけど、来年には戻ってこられるって」


 そっか。やっと元に戻るんだ。散々いがみ合って、バラバラになっていた家庭が一つになって私も独りじゃなくなるんだ。


「じゃあなんで面会できなかったの?」

「荒療治だったけど、涼香すずかのお墓に行っていたの。涼音すずねの文化祭に行ってから記憶がどんどん蘇ってきて、目を逸らしたかったけどそれじゃあダメだって思ってね。その日から体調とかも悪くなっちゃって、とても涼音すずねに見せられる状態じゃなかったから」

「文化祭、来ないでって言ったのに……」

「ごめんね、入院していて全然涼音すずねの高校生姿見られてないから」

涼香すずかって勘違いしていたのに?」

「それを言われたらぐうの音も出ません……」

「ごめん、流石に意地悪なこと言った」


 いい加減押さえつけられている手をどけて胸から顔を上げる。しっかり立ち上がると申し訳なくなり目を背けた。


「それで、いつ家に戻ってくるの?」

「今日だけど」

「え?」


 急な言葉に驚いて背けた視線を戻してしまう。お母さんはにししと子供が悪戯に成功したような笑みを浮かべた。


「その顔が見れてお母さん満足だわ。それじゃあ受付に行きましょうか」

「行きましょうかって、荷物はどうしたの?」

「病院側に配達お願いしちゃった」

「そ、そうなんだ」


 入院時に運んだ荷物を二人で持って帰る未来は回避できたようだ。あの量を歩きで持って帰ると想像しただけで疲れてしまう。


 それから受付を済ませてお母さんと一緒に外へ出た。お母さんは自分のカバンを持ちながら大きく腕を広げて空を見上げる。


「んー……シャバの空気は美味しいぜ!」

「それ刑務所から出るときの言葉だから」

「あはは、人生で一度は言ってみたかったの」


 昔みたいなとにかく明るいお母さんが戻ってきて安心する。アウトドアだったし、病院生活だと性格的に退屈そうだもんね。窮屈な生活を強いられているというところは刑務所と変わらないかもしれない。


「あ、そうだ。一つ寄りたい場所があるんだ。行ってもいい?」

「どこに行くの?」

「行ってからのお楽しみ~」


 先に歩くお母さんの後を付いていく。その道は私の歩き慣れた道だった。だから自然とどこに向かっているのか分かる。


「お母さん、本当に大丈夫なの?」

「だいじょーぶ! もう最近だと毎日行っていたからね」


 不安を感じながらもお母さんは先へ先へと歩いていく。そこは涼香すずかのお墓だった。私が前に見たときよりも花が増えている。多分お母さんが供えに来たんだろう。


 お母さんはカバンから線香を取り出すと火をつけて私に渡した。それを受け取り私たちは涼香すずかのお墓の前に立つ。お母さんは汲んできた水を墓石に軽くかけてから静かに線香を供えた。私も線香を供えるとお母さんは両手を合わせて目を瞑る。


 お母さんは今、なにを考えているんだろうか。なんて話しかけているんだろうか。いや、気にすることではないか。


 ――私たちはもう、過去に囚われていないんだから。


 私も目を閉じると涼香すずかに話しかけた。


 涼香すずか、やっとお母さんと正面から向きあえた気がするよ。きっと私たちを見守ってくれていたよね。頼りにならない妹でごめんね。これからは心配かけないように頑張るからさ、涼香すずかも少しは休んで私たちを見て楽しんで。それじゃあ、またね。


 目を開ける。お母さんもちょうど話し終えたそうで目を開けると私の方へ振り向いた。


「それじゃあ帰ろっか」

「うん」


 借りたバケツとひしゃくをお母さんと戻しに向かう。


「それにしてもちゃんとお花供えに来たんだね」

「そりゃあお墓参りだし。雑草抜きだって頑張ったよ」

「え、お母さんが草抜きしていたの?」

「そうだけど、どうしたの?」


 質問の意図が感じられないのか質問で返される。お母さんが草抜きをしていた。じゃあ、それって……。


「ちなみにいつここに来たの?」

「いつって言われてもなぁ。何回も墓地には着いたけどお墓まで足が向かない日あったし」

「それじゃ、お花供えた日は?」

涼香すずかの命日、十二月五日にやっとお墓まで行けてお参りできたんだよね。キレイな赤いカーネーションを供えたよ」


 赤いカーネーション。じゃああの花は……。


「それがどうしたの?」

「ううん、なんでもない」


 首を横に振り墓地を後にする。そっか、あの花はお母さんが供えたんだ。


 赤いカーネーションの花言葉、以前お墓に備えるメジャーな花を調べていたときについでに見つけたことを思い出した。


 その花言葉は……。

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