第44話 死にたい私と雫の過去
約一年前、あたしが高校生活にも慣れて一人でトイレに行ったときのことだった。用を足して個室から出ようとしたとき、クラスメイトの声が聞こえてきた。
「ねぇ、クラスに
「いるねー、見るからに陽キャって感じのちっちゃい子。その子がどうしたの?」
「いや、なんか気持ち悪くない? 男子とかにも変に話しかけに行ってさ、絶対下心ある気がするんだよね」
「あはは、確かに。あ~いう女子って表裏激しそうだよね。裏では何考えてるんだか」
「ねー、不気味っていうか人は見かけによらないから」
「ほんと気持ち悪いわぁ」
女子トイレというのはまさに陰口のたまり場だ。周囲に見聞きされることはないという考えからか、そこにいない人の悪口を言い合い、鬱憤を晴らす。それが例え友達でも変わらない。ここで散々言い合ったとしても、トイレから出たら何事もなかったかのように話す。
実際に友達とトイレに行ったとき、何度もグループの子の陰口を吐いたと思えばあたしに共感を求められたことがある。
あたしはそれが嫌いだから人とトイレに行かない。人の悪口なんて言うのも聞くのも楽しくないし、そんなことを言い合うために友達を作ったわけじゃないから。友達は学校生活を明るく楽しく過ごすために作っているんだもん。
その分裏では散々陰口を言われているかもしれないなんて考えたこともあった。でも中学の三年間は一度も聞いたことがなかったし、一々そんなことを考えていたら人間不信になりそうだから考えないようにしていた。
そんなあたしは今、ドアの先の人たちに陰口を言われている。しかもクラスメイト、つい一時限前の休み時間に話してた人から。
特別に仲の良い相手ではない。暇だったから偶然話しただけの関係。クラスが変われば話すこともないような間柄。だけど、そんな相手からだとしても陰口を言われるのは悲しい。話してる間にもウザいとか思われてたのかな……。
今更個室から出るという選択肢はなくなっていた。今行けば変な空気になるだけだし、ここはあたしさえ我慢すれば全て丸く収まる。どうせトイレから出て会えばいつも通りなんだから。
あたしさえ、あたしさえ我慢すれば……。
「――あの、すみません」
声が聞こえた。あたしが今まで聞いたことのない声だった。
「え、なに? 誰?」
「そっちの知り合いじゃないの?」
「いやいや、初めて見たしそっちの知り合いじゃなかったの?」
「あぁ、急に話しかけてしまってすみません。B組の
「あー……それで
「はい。誰に向かって言ってるか知りませんが、その陰口やめてくれませんか? 不快です」
え?
そんなストレートに言えるものなの?
「はぁ? 訳分かんないし、別に自分のことを言われてないんだから関係ないでしょ」
「ほんと、部外者は首を突っ込まないで」
「別に部外者が首を突っ込んでもいいじゃないですか」
当然のようにクラスメイトから反撃を受けるが、それでも彼女の声音に変化は見られない。
「それに声が外へ漏れていましたよ。なんでしたっけ、その子の裏が不気味かもって話でしたっけ? それって貴方たちがそうじゃないですか。わざわざ誰にも聞かれないトイレで陰口を言うなんて情けない。そういう人間だから、他の人たちもそういう目で見えるんですよ。勝手な憶測で人の陰口言うなんて、はっきり言って無様です」
「反論があるならどうぞ?」
「なんなのその態度。ほんと気に食わない」
「こんなの構っても時間の無駄だって。早く行こ」
「だね。あ〜、しょうもない時間使っちゃった」
最後の
それを合図に私はトイレから脱出する。そのまま教室へ向かい、何事もなかったように自分の席に座った。あたしの頭に浮かぶのは先程の光景。姿形は見えなかったけど、臆せず相手に物事を伝えるその姿に感動する。
……かっこよかったな。
あの人となら仲良くなれるかもしれない。
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