第5章
第32話 死にたい私の後悔
文化祭が終わり振り替え休日の月曜日。私は朝からお母さんの面会に来ていた。だけど……。
「お母さん聞いてる?」
「え、あぁごめんなさい。なんの話だったかしら」
「だから、私の友達のお母さんが演劇のビデオ撮っていたから見たいかって聞いてるの」
「うん、見る見る」
お母さんのベッドに近寄って
「もぉ、ちゃんと見てる?」
「見ているわよ。えっと、この小さい子が
「そうでしょ。これで演劇部じゃなくて、陸上部なんだよ」
「そうなんだ」
会話が止まり、また映像を見る。でもやっぱり何かおかしい。気まずいというか、私の様子を窺っているような、いつものお母さんじゃない。
「今日のお母さん、なんだか様子がおかしいよ。何かあったの?」
「そういうわけじゃないんだけどね。すず……いや、うん……なんでもない」
「絶対あるじゃん。そんなに話したくないならいいけどさ」
お母さんの対応に胸がモヤモヤする。隠し事をされてるみたいで嫌な感じ。
「ごめんなさいね」
突然謝罪と共にお母さんが後ろから私に抱き着いてきた。
「お母さん?」
「お母さん頑張るからさ。お母さんはいつだって貴方の味方でずっと見てるよ」
ギュッとより強く抱き着かれ胸がざわめいた。黒いモヤモヤが増幅する。声が心に響かない、心が温かくならない。安心するどころか心臓が早鐘を打ち続ける。
体は勝手に力が入り自然と歯を食いしばっていた。
「なに……それ」
心の奥で感情が沸々と音を立てて湧き上がる。貴方の味方って何? 貴方って誰なのよ。
「お母さんは、何も分かってない……」
分かってる。ずっと前からそんなこと分かっていた。お母さんが私を誰と見ているくらい。だから今までこんな演技だってしてきた。それになんの不満もなかったはずだ。
だというのにこの感情を押し留めることができなかった。私を囲っている腕を乱暴に振り払うと距離を取る。
「お母さんは私の味方? 何それ、冗談も大概にして!」
「え?」
突然の叫びにお母さんが目を丸くする。ここが病院で、周囲に迷惑をかけることが分かっていても言葉は止まらなかった。
「貴方って誰よ! 全然
今までの苦労が脳裏に流れ、涙が込み上げるのを感じながらもお母さんを睨みつける。
「――いつまで経っても
イスに置いていた荷物を掴むと病室から飛び出す。廊下に出ると目元を押さえ、怒りを感じながらも歩いて駐輪場に向かう。
そして周囲に誰もいないことを確認して……限界を迎えた。
声を殺し、手を胸元に置いて、前屈みになる。先ほどまでの自分の行動を思い返して涙が零れた。
「ごめん……なさい。ごめんな……さい」
どうして、あんなことを言ってしまったんだろう。どうして我慢できなかったんだろう。
ずっと心に留めておけばよかった言葉なのに。いつもは我慢できていたのに。どうして、どうして、どうして……。
強い罪悪感に圧し潰されそうになる。何度も思い返して後悔する。鼻をすすり、涙を拭くと自転車に鍵を挿し込んだ。謝りに行こうにも病院の中に戻る気になれなくて、家までの道のりを歩いた。
今日は最悪の休日だ。
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