第48話『マンイーター』
「なんだ、あのカエルの化け物みたいなのは!?」
「あの見た目……間違いない。奴はマンイーターだ」
ルナとソラナを飲み込んだ謎の生物を前に動揺する俺に対し、ゼロさんは冷静だった。マンイーター?
「花に擬態して人をおびき寄せ、睡眠効果のある花粉で眠らせてから、背中の蕾に取り込んで食らう、森の奥深くに潜む魔物だ。俺も実際に遭遇するのは初めてだが」
言いながら、ゼロさんは口元に服の袖を当てていた。マンイーターと呼ばれた魔物が動くたび、バラバラと黄色い粉のようなものが舞う。あれが花粉なのか。
俺も慌ててそれに倣う。ルナたちはあの花粉を吸いこんでしまったために、眠らされてしまったんだろう。
「……ち。これじゃ近づけねぇな」
じりじりと後退しながら、ゼロさんが言う。でも、このままだとあの二人が食われてしまう。なんとかしないと。
俺も冷静さを取り戻して、手のひらに魔力を込める。それは次第に赤くなり、炎として具現化した。
魔物化していても、相手はどう見ても植物だ。火球をお見舞いしてやれば、多少なりともダメージを与えられるかもしれない。
「……おい。危ねぇぞ! 避けろ!」
「……うわっ!?」
意識を集中していたその時、ゼロさんの声がした。咄嗟に右に避けると、俺の左肩を鋭いトゲのついたツタが掠めていった。
あいつ、この距離を攻撃してくるのか!?
「魔力を操ることだけに集中してる場合じゃねぇぞ。しっかり状況を見ろ」
転がるように木の裏へ逃げ込むと、ゼロさんも別の木を背に身を守っていた。魔物は相変わらず黄色い花粉をばらまいているし、どうするべきか。
「悪いが、俺は近づかねぇと攻撃できねぇ。現状、お前の炎魔法だけが頼りだぜ」
「……わかった」
うかつに姿を見せたところで、またさっきのツタで攻撃されるだけだ。なら、奴の不意をつかないと。
俺はそんな考えに至り、手の中で炎の形を変化させる。イメージするのは、子供の頃に遊んだブーメランだ。火球で直線的に焼くんじゃなく、楕円軌道を描きつつ、焼き斬る感じだ。
「……これで、どうだ!」
木の裏に隠れたまま、特殊な形状にした炎を投げ放つ。高速回転するそれは奇妙な軌道を描きながら、地面スレスレを飛行し、マンイーターの根を焼き切った。
表現できないような奇声をあげて、バランスを崩したマンイーターが横倒しになる。「今だ!」と、合図するゼロさんとともに木陰から飛び出すが、奴もツタをめちゃくちゃに振り回して抵抗してくる。
「うおっと!?」
寸でのところで攻撃を避け、二人して再び物陰に隠れる。動きは封じたけど、まだ仕留めきれていないみたいだ。
もう一度……と、手のひらに炎を蓄え始めたところで、奴の蕾の内側からナイフが一本突き立てられた。
一瞬何が起こったかわからずにいると、そのナイフはじりじりと動き、切り口を広げていく。同時に、マンイーターが苦しみ悶える。
「ふんぬぬぬぬ……!」
やがて人がひとり通れるくらいに穴が広がると、そこから「ぷはっ!」という声とともにソラナが顔を覗かせた。
「ソラナ!」
思わず叫ぶと、ナイフと反対の手にルナを抱いたまま、ソラナが這い出てきた。
魔物はというと、内側からの攻撃が決定打になったのか、断末魔をあげてその場に崩れ落ち、動かなくなった。
「うー、酷い目にあったわ……」
消化液なのかわからないけど、謎の粘液でベタベタになった二人の元へ駆け寄る。すると「あ、ルナは寝てるだけで、怪我とかしてないから安心して」と、ソラナが笑顔で言った。
そして地面に座り込みながら「護身用のナイフ、役に立ったわねー」とため息交じりに続ける。そんなソラナにお礼を言って、ルナを横たえる。口元に耳をやらなくとも、規則正しい寝息が聞こえるし、本当に眠ってるだけみたいだ。良かった。
「……しかし、奴の花粉を吸って、ソラナはよく眠らなかったな」
持っていた荷物の中からタオルを差し出しながら、ゼロさんは不思議そうな顔をしていた。
「さすがに少し頭クラクラしてるけど、大丈夫よー。胞子病のおかげかしら」
もはや鼻水なのか粘液なのかわからない状態の顔をごしごしと拭きながら、ソラナが言う。胞子が先に入っていたおかげで、奴の花粉が体に入るのを防いだ……という感じなんだろうか。なるほど。一理あるかもしれない。
「こ、これは一体……!?」
……その時、俺たちの背後から人の声がした。振り向くと、木の陰に隠れるようにして、無数の人の姿があった。その誰もが一様に弓を持ち、そして耳が長く、尖っていた。彼らは、エルフ族だった。
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