第43話『続・アレスの大図書館』



 ……それから数時間もの間、俺たちは本とにらめっこした。無数の本棚の間に僅かに見える窓から入ってくる日光はいつの間にかオレンジ色になり、夕暮れが近いことを教えてくれていた。


 そんな中、ゼロさんは少し前に「頭が痛くなってきた」と言い、外の空気を吸いに行ってしまった。


 その背中を恨めしく見送った後も、俺はルナと調べ物を続ける。少し前までルナと色々話していたソラナも、今は近くの本棚を背もたれにうつらうつら。こいつ、すっかり警戒感なくなったよなぁ。


「……たぶんソラナちゃん、普段はゆっくり眠れていないんじゃないかな」


 そんなソラナの様子を横目で見ていたのか、ルナが本から視線を逸らさずに言う。確かにソラナのこれまでの生活を聞いた限り、気の休まる時間はなさそうだったけど。


「……ねぇ、ウォルスくん。お願いがあるんだけど」


「お願い?」


「ソラナちゃんをね。私たちの家に住まわせてあげちゃ駄目かな」


「え?」


 予想外のお願いに、俺は思わず調べ物の手を止めて顔を上げた。


「帰る場所があるって、大事なことだと思うの」


「……そっか。ルナが良いって思うなら、俺も構わないぞ」


 少し考えて、俺はルナの提案を了承した。それこそ、一度帰る場所を失ったルナだからこそ、ソラナの気持ちも分かるんだろう。


「えへへ、ありがとう。後でソラナちゃんにも話してみるね」


 調べ物をする手は止まらないけど、はにかむような笑顔だった。やっぱり、ルナも同性の友達が欲しかったのかな。


「……あ」


 そんなことを考えていたら、本をめくるルナの手が止まった。直後、「ウォルスくん、ここ見て」と、その体ごと本を押し付けられた。


「……伝説の鍵職人・ロッド・ウッドワース?」


 ルナが読んでいた本は『伝説の職人技』。100年ほど前に書かれた本らしく、各種装飾品の作り方が図入りで解説されていて、それぞれの担当した職人のコメントが載っていた。このロッドさんというのは、その職人の中の一人だった。


「そう! この人、ラグナレクに住んでるらしいの」


 ルナは興奮気味に話す。伝説というくらいだし、この人なら壊れた神殿の鍵も修理できるかもしれないけど……。


「ルナ、この本は100年以上前に書かれた本なんだぞ。そこに載ってる職人が今も生きてるはずないじゃないか」


「ウォルスくん、この職人さんはエルフ族なんだよ」


「あ、そうなのか」


 上機嫌でルナが言う。エルフ族というのはラグナレク大陸の西の森に住む長命の種族で、軽く数百年は生きるという話を聞いたことがある。知ってる人では、ソーンさんが同種族だ。


「……そういうことなら、この人に頼むことができるかもしれないな」


「でしょ。ゼロさんが戻って来たら、話をしてみようよ?」


「だな」


 嬉々として話すルナに相づちを打っていると、飲み物を手にしたゼロさんが戻ってくるのが見えた。図書館内は飲食禁止だった気もするけど、今はそんなことはどうでもよかった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……なるほどな。エルフ族の鍵職人がいるのか」


 見つけた情報を、ルナは興奮気味にゼロさんに話す。賑やかな声が聞こえたのか、眠っていたソラナも目を覚ましていた。


 目を擦りながら「あ、なんか見つかったの?」というソラナにも、ルナは同じように饒舌だった。それほど嬉しいんだろう。


「そういや、西の森にエルフ族の集落があるな。最近は足を運んでねぇけどよ」


 ルナから受け取った本を見ながらゼロさんが言い、「元々、他の種族の関わり合いが少ない連中だからな」とも付け加えた。言われてみれば、王都からここアレスに至っても、エルフ族はほとんど見ていない気がする。それこそ、セレーネ村のソーンさんだけだ。


「それで、その森に行きたいんだけど……」


「構わねぇが、アレスからだとかなり離れてるな。一度ラグナレクに戻って、準備をしてからだな」


「今日は出発するのは無理だろうし、明日の朝一に出発する感じになるのか?」


「いや、今の時間なら王都行きの定時馬車に乗る手もある。もちろん金はかかるが、時間は有限だからな」


「……じゃあ、あたしはそろそろ帰るわねー」


 俺たちが額を寄せ合って話していると、潮時と思ったのか、ソラナがそう言って立ち上がる。とっさに出た言葉なんだろうけど、どこに帰る気だろう。


「帽子、修繕してくれてありがと。それじゃ」


 一瞬、どこか愁いを帯びた表情を見せて、ソラナは俺たちに背を向けて走り出した。


「ソラナちゃん、待って!」


 直後、図書館全体に響き渡るほどの声でルナが叫んだ。その声量に、一度は駆けだしたソラナが足を止め、こちらを振り返る。


「……あのね。ソラナちゃんが良ければ、わたしたちと一緒に暮らさない?」


「へっ?」


 続くルナの言葉を聞いたソラナが妙な声を出した。本人にとっても、予想外の提案だったらしい。


「その、ルナの気持ちは嬉しいけど……無理よ」続けて小さな声で言い、かぶりを振って視線を落とす。


「どうして?」


「言ったでしょ。あたしはオルフル族だから、一緒にいるだけで迷惑かけちゃう。アンタたちの気持ちは嬉しいけど、そういうわけにはいかないの」


 言葉とは裏腹に、ソラナは今にも泣きそうな顔をしていた。そしてほとんど聞き取れないような声で、「友達、できたみたいで楽しかったわよ」と呟いて、再び背を向けた。




「……ソラナの言う『迷惑になる』ってのは、オルフェウスでの話だろ」


 その時、それまで黙っていたゼロさんが口を挟む。思わぬ人からの言葉に、ソラナはまた振り返る。


「俺もオルフェウスには何度も行ってるが、確かにあの国の『種族隔離』は徹底してる。俺個人としては、嫌になるくらいにな」


 ゼロさんは腕組みをしたまま、そう続ける。当然、俺はオルフェウス大陸がどんな場所なのか知らないけど、ゼロさんが言うくらいだし、本当のことなんだろう。


「この国にも、妙な噂を真に受けて、オルフル族を悪く言う連中も少なからずいる。それは事実だ。俺が言えた義理じゃないが、謝らせてくれ」


 そう言って姿勢を正し、ゼロさんは頭を下げた。突然の謝罪に、ソラナは呆気にとられていた。


「だが、この国には理由なき差別をした者を捌く法律だってある。お前みたいな存在を守ってやるのも、本来は国の務めだからだ」


「……ねぇ。アンタ、さっきからなに言ってんの」


「……こう見えて、俺は国王やってんだよ。つくづく、自分の無力さを思い知らされるぜ」


「……は?」


 さらっと告げられた衝撃の事実に、ソラナは驚愕の表情で固まった。すぐに「本当のことなんだよ」と、ルナが説明をしていた。


「つーわけで、ソラナは『迷惑になる』なんて気にする必要はねぇわけだ。そんな『障壁』は、俺が全力で取り除いてやれる」


 ゼロさんはソラナにそう告げて、柔らかい表情を向ける。


「……後は、お前が決めることだぜ」


 続けて、ゼロさんは俺とルナを見る。つられて、ソラナも俺たちに視線を向けた。


「……本当にいいの? 迷惑になったりしない?」


「ルナと話したけどさ、俺は全然構わないぞ。むしろ、ルナの友達が増えるんならいいと思う」


「迷惑だなんて思わないよ。ソラナちゃん、わたしと友達になってください」


 ルナは静かに歩み寄って、右手を差し出す。


「もう、しょーがないわねー……」


 ソラナは一瞬だけ躊躇して、しっかりとルナの手を握った。


「えへへ、ありがとう、ソラナちゃん」


 ……こうして俺たちに新たな仲間が加わった。


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