第42話『アレスの大図書館』



 俺たちは壊れた鍵の修復方法を求めて、街の図書館へとやってきた。


 湖畔の街アレスの大図書館は街の中心にあって、街のどこからでも見えるくらい巨大な建物だ。ゼロさんの話によると、ラグナレク中の本が集まっている……らしいけど。


「……噂には聞いていたが、すげぇ本の数だな」


「俺、目が回りそうだよ」


「あー、あたしも同感」


「素敵な場所だよね」


 重厚な扉を開けて図書館内部に足を踏み入れると、すぐに俺たちはその本の数に圧倒された。


 建物が大きいのも納得だ。ほぼ真ん中に総合受付があるのだけど、それ以外の場所は無数の本棚で埋め尽くされていた。その高さも尋常じゃない。比喩ではなく、まるで山のような高さだった。


「すごい……これ、全部本!?」


 この中から、目当ての本を探すのか……なんて、俺たちが億劫な気分になる中、ルナだけはキラキラと瞳を輝かせていた。これだけテンションが高いルナ、初めて見るかも。


「うーん、あたしって、場違いよねー」


 そんなルナを見ながら、ソラナは何とも言えない顔をしていた。ルナに誘われたからって、ソラナの身体能力なら逃げるのは容易いだろうに。それをしない辺り、意外と律儀な奴だ。やっぱり、根はいい奴なんだと思う。


「でも、図書館ってことは探し物するんでしょ? あたし、簡単な字しか読めないんだけど」


「え、そうなの?」


 ルナが聞き返すと、「生きていくのが精一杯で、勉強とかしなかったからねー」と、あっけらかんと言う。オルフル族への迫害が始まったのが10年前だとすると、ソラナが勉強できる時間はほぼなかったと思っていいかもしれない。


「そもそも、こんな場所に入るのも初めてなんだから。何かあっても知らないからね」


 そう言いながら、ソラナは深く帽子をかぶり直す。今更だけど、あの帽子はオルフル族特有の獣のような耳を隠す役目もあるみたいだ。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※



「装飾品関係の本ですと、この棚になりますね」


「ありがとうございます」


 書士さんに案内してもらって、俺たちは図書館の奥地へと辿り着いた。いや、この棚……って言われても。


 俺たちは揃って目の前の本棚を見上げる。他の本棚に比べれると高さはないけど、外にあった二階建ての家よりでかい。本を取るためか、一応梯子もついてるけど……これ、全部調べるのか。冗談だよな?


「こりゃ、骨が折れそうだな」


 ゼロさんはそう言いつつ腕を回し、明らかに準備運動をしていた。どう見ても、本を探す雰囲気じゃない。


 一方、ルナは相変わらず一人だけテンション高く、「ぼやく前に、探そうよ」と、梯子に足をかける。


「お、おいルナ! いきなり登るなよ!」


「なんで? ほら、あの辺とかそれっぽいタイトルだし、ちょっと取ってくるよ」


 そう言うと、するすと梯子を登る。俺はとっさに目を背けた。あいつ、本に夢中になって自分がスカート履いてること忘れてるんじゃないのか。




 ……しばらくして、「この本なんてどうかな」なんて呑気なこと言いつつ、ルナが戻ってきた。


 ちなみにゼロさんは腕組みをしたまま、ずっと後ろを向いていた。紳士だ。いや、俺だってチラッとしか見てないけどさ。


「あー、ルナ、そのー……バッチリ見えちゃってたわよ?」


「……ふぇ!?」


 そんな微妙な空気の中、同性のソラナが口を開いた。それでようやく気づいたのか、今更ながらスカートを押さえていた。いや、もう色々と遅いと思うぞ。


「欲しい本があったらあたしが取ってきてあげるから、アンタたちは調べ物に集中しなさいよ」


 俺たちのやりとりを見てか、ソラナはそう言うと、ぴょんぴょん、と身軽に梯子を登る。さすがの身体能力だ。すげぇ。


「ありがとう。じゃあ、『装飾品今昔物語』と『古代装飾品大全』を取ってもらえるかな。あそこの、緑と赤い表紙の本」


「あれねー。任せといて!」


 言うが早いか、ソラナは言われた本を脇に抱えると、するすると梯子を下りてきた。


「あと、向こうの本も気になるの。『古の装飾品』と『伝説の職人技』。黒とオレンジ色の表紙なんだけど」


「ほいほい。取ってくるわねー」


 ……こんな感じで、あっという間に俺たちの前には四冊もの本が置かれた。俺とゼロさん、ルナの三人は床に座り込み、本を開く。


 ちなみに俺が手にしたのは、『古代装飾品大全』。もくじから鍵の修理に関係ありそうなページを探し出し、目を通していく。


「ところでよ、今の動きからして、ソラナも魔力使えるのか」


「魔術師じゃあるまいし、使えないわよ。あたしは身体能力が高いだけ」


 この項目は違うっぽい。ここも違う……なんてページをめくっていると、隣のゼロさんが同じ作業をしながらソラナに話しかけていた。


「ところでアンタ、オルフル族と一緒にいて何とも思わないわけ?」


 ソラナも本を探し終えて手持ち無沙汰なんだろう。床をてしてしと叩きながら、そんな質問をしていた。


「俺は別に何とも思わねぇぞ。その運動能力見せつけられると、負けられねーとは思うけどな」


 純粋に笑う。予想はしていたけど、ゼロさんもオルフル族に対する偏見は持っていないみたいだ。


「ふーん。まぁ、オルフル族相手に物を売ってくれる商人も時々いたけどね」


 大抵ぼったくりだけど……と付け加えつつも、ソラナはどこか嬉しそうだった。こうやって人と話すのも、随分久しぶりだったりするのかも。


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