第31話『初めての、魚料理』



 代金を支払い、本屋を後にする。


 これで俺の懐には、5枚の銀貨。袋に入れてるけど、ずっしりと重い。銅貨相当で250枚だとか考えると余計数字に酔ってしまいそうだったので、考えるのをやめた。


「それじゃ、そろそろご飯にしよっか」


 本を抱えたルナは声を弾ませる。どちらかというと倹約思考なんだけど、やっぱり欲しいものが手に入ると嬉しいらしい。


「やっぱり、ここまで来たら魚料理だよね……」


 本屋から少し離れた場所にある飲食店街を歩きつつ、各店舗の前に出された看板に目を配る。料理見本の絵が描かれていたり、食材の新鮮さをうたう店があったりしたけど、魚料理に絞れば銀貨1枚も払えば二人で満腹まで食べられそうだ。


「……よし、ここにしよう」


 悩んだ結果、飲食店街の外れにある、隣を水路が走る食堂に入ってみることにした。それなりに人が入っていたし、味が保証されている気がした。


「こ、こんにちはー」


 入口を開けると、聞き心地の良い鈴の音がして俺たちの入店を知らせる。


「いらっしゃい。お客さん、二人かい?」と、トレーを持った女性の店員さんが声をかけてくれ、そのまま窓際の空いている席に案内された。


 ちょうど昼食の時間帯ということもあり、店内は賑やかだった。食堂なんてこれまで入ったことないけど、出されている料理とか内装とか、どことなく家庭的な雰囲気がある店だと感じた。


「えっと、どれ食べよっか」


 隣の座席に買った本を置き、メニューを手に取る。その手はわずかに震えてる気がする。


「ルナ、緊張してるのか」


「う、うん。こんなお店、入るの初めてだし」


 そう言って苦笑いを浮かべる。俺も初めてだよ……なんて言えず、愛想笑いを返すのが精一杯だった。


「えーっと、当店自慢の川魚料理。定番のソテー、ムニエルの他、ブイヤベース、アクアパッツァ、オサシミもございます……」


 ルナがメニューを広げて、小さな声で説明書きを読んでいた。たぶん料理の名前なんだろうけど、普段魚なんて食べない俺たちは、たき火で作る焼き魚くらいしか調理法を知らない。オサシミって何だ。


「せっかくお店に来たんだし、ここは食べたことないのがいいよね。わたし、アクアパッチァにする」


 少し悩んで、ルナが注文する料理を決めていた。なんか舌がもつれて、うまく言えてなかったけど。


「それじゃ俺は……」


「ウォルスくん、この、オサシミってのを食べてみない? わたし、気になるし」


 ブイヤベースってのにしようかな……なんて思った矢先、ルナが瞳を輝かせながら言う。気になるなら自分で頼めばいいのに……なんて思ったけど、俺も少しだけ気になったので、結局アクアパッツァとオサシミを注文した。


 ……注文後、近くのお客さんから「お兄ちゃん、オサシミ行くのかい。彼女の前だし、男見せるねー」なんて言われた。もしかして俺、とんでもないもの頼んじゃったのかな。値段、ルナのとそこまで変わらなかったんだけど。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※



 それからしばらくして、俺たちの料理が運ばれてきた。


 ルナのはトマトやオリーブと一緒に魚を煮込んだ料理で、熱々。湯気と一緒にワインの良い香りが俺の方にまで漂ってきた。


「わぁ、すごぉい……」


 一人前にしては多すぎるくらいの量だし、ルナが目を丸くするのも無理はない。それにサラダとパンがバスケットでつくというんだから、多すぎるくらいかもしれない。


「はいよ。オサシミ、おまちどおさま」


 一方、俺の前に置かれた料理は……なんだこれ。


 平たい皿の上に、その身を切り刻まれた魚が一匹横たわり、ぴくぴくと動いている。中央に盛りつけられた魚の肉はどう見ても生だし、これ、食べ物なのか? 調理途中で、間違って出てきたとかじゃないよな?


「うちは裏の水路で魚の養殖をしてるんだよ。養殖の魚は臭みがないから、生のまま食べられるんだ。お兄ちゃん、若いのに通だねぇ」


 料理を運んできてくれたのはどうやら店長さんのようで、笑いながら去っていった。別の器に黒いソースが入ってるけど、これをつけて食べるのかな。


 俺はルナと顔を見合わせた後、とりあえず食べてみることにした。こんな見た目だけど、美味しいのかもしれない。


「いただきます」と挨拶をして、フォークで魚の身を突き刺す。すごい弾力があるけど、やっぱりコレ、生だよな。


 その身を例の黒いソースにくぐらせて、意を決して口に運ぶ。思わず、目をつむってしまった。


「……お?」


 変わった触感だったけど、特段不味くはない。このソースが美味しいというか、魚本来の味を感じた。偉そうに語れるほど、魚食べたことないけどさ。


「……ウォルスくん、それ、おいしいの?」


 ひょいひょいとオサシミを口に運ぶ俺を見て、ルナが心配顔で言う。


「なんか、素材の味がする」


「???」


 俺の言葉の意味が分からないのか、ルナは首を傾げる。「食べてみるか?」と、黒いソースをつけて差し出してやると、一瞬躊躇した後、はむっ、と食いついた。


「……うぇ」


 その直後、えづいた。どうやらオサシミはルナの口には合わなかったみたいで、なんとか飲み込んだ後も、アクアパッツァのスープで何度も口直しをしていた。


 そんな様子を見ながらオサシミを完食すると、また隣のお客さんから「かっかっかっ。兄ちゃん、やるねぇ。俺にゃ、とても食えねぇよ」と言われた。見かけの割に美味しかったけど、一般受けしないのかな。コレ。


 ……まぁ、付け合わせのパンとは恐ろしく合わなかったけどさ。


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