第27話『新しい家』



「というわけで、お前らはしばらくこの国で暮らせ」


 一通り説明を終えたゼロさんから、そんな言葉が飛び出した。


「……もしかして、城の中に部屋を用意してくれるとか?」


 俺が思わず問うと「ああ、立派な部屋を用意してやる。床一面に宝石がちりばめてある部屋をな」と、冗談っぽく言う。


 それを真に受けたルナが「えええ、そんな部屋歩けないよっ」と慌てふためく。そんな反応を見る限り、ルナも少しだけ調子を取り戻してきたみたいだ。


「城の中より、お前らにはもっと落ち着いた場所の方が良いと思ってな。今から案内してやるから、城門で待ってな」


 そんなルナの様子を笑いながら、ゼロさんはアグラスさんを呼んだ。


 この城は広すぎるし、どうやら帰り道を案内してくれるらしい。思えば、来る時は緊張しすぎていたのもあって、全く道を覚えていなかったし、助かった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「よう。待たせたな」


 そして城門でしばし待つと、城門脇にある使用人用の狭い通用口から、見慣れた商人の格好をしたゼロさんが出てきた。本当、この人が王様だなんて。今でも信じられない。


「……ねぇ。例えばあの門番さんとか、ゼロさんの正体知ってるの?」


「いいや。ちょくちょく城に出入りしてる商人くらいの認識だろうぜ。一般市民もそうだが、大多数の人間は国王の顔なんて覚えちゃいねーよ」


 小さな声で聞いたルナに対し、ゼロさんも同じくらいの声量で返す。というか、ぞれ自分で言っちゃうのか。


 ……その後も、ルナはゼロさんの生活に興味津々みたいで、「影武者とかいるの?」とか聞いていた。「さーて、どうだろうな」と、はぐらかされていたけど。


「城門から坂道を下ると、この大通りな。大抵の店が揃っているから、日用品や食料の買い物はここでするといい」


 話しながら坂道を下ったところで、ゼロさんがそう説明をしてくれる。どうやら王都で一番賑わっている場所らしく、綺麗に整備された石畳の上をたくさんの人が行きかっていた。道の両端には所狭しと店や露店が並び、客の呼び込みに必死だった。ものすごく、活気にあふれている。


「おっ、ゼロじゃねぇか! また良い話があったら、手伝わせてくれよ!」


「取り分次第だな! 次はこっちが多めに貰うぜ!」


「かー、抜け目ないねぇ!」



「あら、ゼロじゃない。今日はお友達を連れているのかしら。午後のティータイム、うちの店でいかが?」


「おう、考えとくぜ!」



 ……大通りを歩いていると、ゼロさんは商人仲間らしい男性やレストランのウェイトレスさんから話しかけられていた。そのやりとりを見ていると、国王だなんて雰囲気は微塵も感じない。


「……ゼロさん、人気者なんだね」


「まーな。贔屓にさせてもらってる連中ばかりだし、皆いい奴だぜ」


 クスクスとルナが笑う。なんか笑った顔、久しぶりに見た気がするな。


「……この十字路を左に進むと、大きな橋がある。その先にお前らの家を用意しといた。しばらくこの国で暮らすんだから、位置関係はしっかり覚えておけよ」


 ゼロさんは十字路の手前で立ち止まり、そう教えてくれた。ルナと一緒に頷きながらついていくと、やがて大きな橋に差し掛かる。何の気なしに視線を送ると、下の水路を魚が泳いでいるのが見えた。


「すごいな。水路で魚を育ててるのか?」


「おう。この国の名産は水草を使った染め物なんだが、使い終わった水草を餌にして魚を養殖してんだよ。天然もんに比べると味は落ちるが、お手頃価格だぜ」


 近くに川や池のない村では、魚は貴重品だったし。養殖だなんて考えたことがなかったな。




 ……やがて橋を渡り切ると、周りの建物の雰囲気が変わった。


「ここら辺は旧市街地ってやつだ。建物は少し古いが、住んでる奴は皆いい奴ばかりだよ」


 そんな話を聞きながら、角を曲がり、坂道を少し上ると……赤い屋根の大きな屋敷が見えてきた。


「着いた。ここだぜ」


 そして辿り着いた俺たちの新しい家は、本当に大きかった。正直、俺が住んでいた村長の家より大きい。もはやお屋敷だろこれ。


 開け放たれた鉄製の門は所々錆びて、蔦が巻いていた。その先には雑草が伸びに伸びた庭が広がり、何本か木が植えられているのも見える。長い間手入れされていないのは明らかだった。


「家の中はそれなりに掃除はしたんだが、俺一人だと庭まで手が回らなくてよ。まぁ、のちのち整備すりゃいい」


 草に覆われ、かろうじて石畳が見える程度のアプローチを進みながら、ゼロさんは大きな鍵を取り出した。


 ……やがて、鈍い音がして扉が開く。ゼロさんに続いて中に足を踏み入れると、正面の広いエントランスと大きな階段が目に飛び込んできた。


 なだらかなカーブを描きながら二階へと延びるそれは、エントランスと同じように赤を基調としたデザインで統一されている。


 視界を一階へと戻すと、階段の両端にいくつもの部屋が見える。中には大きなテーブルが置かれた部屋もあって、どうやら食堂らしい。


「ゼロさん、外見だけじゃなく、中もずいぶん広いんだけど」


「かつて、ラグナレクに住んでいた貴族の屋敷だ。今は没落しちまって、元の持ち主は何年も前から行方知れずだが、この屋敷だけはずっと残されててな」


 階段の手すりを撫でながら言う。何年も放置された割に、真鍮で作られた手すりには埃が積もっている様子もなく、鏡のように輝いていた。まさか、ゼロさん一人でこの広さを掃除したのか? 信じられない。


「左右にあるのは客室だ。で、こっちが食堂で、その奥が炊事場だな」


 ゼロさんについていきながら説明を受ける。室内の家具は一様に埃をかぶってるけど、元は高級そうな家具だった。


「……ねぇ、お風呂があるよ」


 その時、俺の後ろを歩いていたルナが弾んだ声を出す。つられて見ると、炊事場の隣にそれらしいものが見えた。


「ああ、裏手にかまどがあって、そこで火を焚くタイプだけどな。珍しいか?」


「うん。初めて見た」


 ルナは小走りに湯船を見に行く。村には風呂がついている家なんてなかったし、近くに川もないから、時々くみ上げた井戸水を使って身体を洗うくらいだったし。風呂があるなんて、ここが貴族の屋敷だったってのも納得かも。





 ……その後もゼロさんに案内されながら、屋敷の中をくまなく見てまわった。さすがに二階は埃だらけだったけど、ここにもいくつも部屋が並んでいた。


 さらには一部三階になっている場所もあるらしく、そこは物置のようになっているそうだ。生活が落ち着いたら、一度整理してもいいかもしれない。

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