第6話『謎の落とし物』



「……ねぇ、あれ何かな」


 村まで残り半分というところまで来た時、ルナが突然立ち止まって、ある方向を指差した。


 つられるように視線を送ると、草原の真ん中に不自然なものが落ちていた。


「これ、なんだろ?」


 恐る恐る近づいてみると、それは木製の箱だった。


 たぶん、元は俺の身長より少し高いくらいのサイズだったんだと思うけど、どういうわけか下半分が潰れるようにして壊れていた。


 その壊れた部分からは積み荷がこぼれ出ていて、衣服や書類、鉄の欠片のようなもの、緩衝材として入れられたのか、綿のようなものも見えていた。


「立派な木箱だね。誰かの落とし物かな? ここ、商隊なんて通らないのに」


 ルナが自分よりはるかに大きな箱を見上げながら、そんな感想を口にする。


「こんな大陸の端、誰も通らないだろ。皆、街道を通るよ」


「そうだよね……」


 不思議そうに首を傾げる。村にも王都からの商隊が来ないわけじゃないけど、今は時期じゃないし。そもそも商隊の馬車が通ったのなら、草の上に轍(わだち)が残るはずだ。行きもこの辺りを通ったけど、そんなものは見てはいない。


「それにこれだけ立派な木箱だと、商隊の馬車から落ちたくらいじゃここまで壊れないと思う。落としたら落としたですごい音がして、商人もすぐに気づくはずだし」


 考えれば考えるほど、謎だった。この木箱、誰が落としたんだろう。


「……まさか、空から降ってきてたりな」


「ええ、鳥が運んで落としたの? これを?」


 俺がそう口にすると、ルナは驚いた表情で木箱と空を交互に見る。


「さすがにそんな怪力の鳥がいるとは思えないから、そうなると……ドラゴンとかな」


「や、やめてよ。そんなの、この辺にいないよね」


 ドラゴンの名前を聞いた瞬間、ルナはその身を守るように抱きながら、不安そうに左右を見渡す。オルフェウス大陸にはいるって話だけど、さすがにこの大陸にはいないと思う。たぶん。


「それにしても、何を運んでいたんだろ……?」


 そんなルナを尻目に、俺は草の上に転がる品物を物色する。


「リシュメリア国立商運……?」


 その時、見事に砕けた箱の側面に薄くそんな文字が書いてあるのが目に入った。リシュメリア。どっかで聞いたような。


「ウォルスくん、勝手に触ったら怒られるよ?」


「怒られるって誰に? ほら、高そうな箱があるぞ」


 困った顔をして寄ってきたルナに、目の前に落ちていた小箱を拾って見せる。全体に綺麗な装飾もされているし、まるで宝箱みたいだな。


「何か入っているのかな……ぐぬぬぬ……」


 俺は両手に力を込めて小箱を開けようとするけど、びくともしなかった。鍵穴みたいなものもないし、どうなってるんだろ。


「……あれ、おかしいな」


「開かないの?」


「ああ、鍵穴もないのにな」


「どこかに鍵穴が隠してあったりするのかも。貸してみて」


 そう言うルナが小箱を手に取った瞬間、箱自体が淡く青い光を放った気がした。ほんの一瞬だけど。


「……なんだ。開くじゃない」


 そしてルナの手の中で、小箱は簡単に開いた。嘘だろ。


 ルナの方が俺より力があるなんてことはまずないだろうし、隠されたスイッチを偶然押したりしたのかな。


「わ。綺麗」


 そんなことを考えていると、ルナは小箱から一つのペンダントを取り出した。


 金色のチェーンの先に、円形のペンダントトップがついている。何かの宝石を加工しているらしく、ルナの手の上で時折太陽の光を反射させ、キラキラと輝いていた。


「綺麗だけど……誰の落とし物かな?」


 ルナはまだそんなこと言っていた。王都ならまだしも、辺境にある村にわざわざ貴金属を売りに来る商人なんていないと思う。いよいよ商隊の線も消えた。


「せっかくだし、もらっとけよ」


「え?」


「お前、普段から飾りっ気ないしさ」


「飾りっ気ないは余計だよ……これでも、頑張ってるんだよ」


 眉を八の字にしながら両手を広げてみせる。所々修繕された、薄い灰色のローブ。見慣れたルナの格好だ。お世辞にも飾りっ気があるなんて思えない。


「も、もし落とした人が名乗り出てきたら、すぐに返すからね」


「ああ、そうしたらいいよ」


 ルナはすごく申し訳なさそうに、拾ったペンダントをしまい込んだ。この状況で、誰かが名乗り出るなんて思えないけどさ。


「それじゃ、帰ろうぜ。腹減ったしさ」


 草の上に置いていた麻袋を再び持ち上げて、俺達はセレーネ村に向けて歩き出した。



「ただいま戻りましたー」


「ん……戻ったか」


 薬草の入った麻袋を持って教会に戻ると、依頼主であるソーンさんは暇そうに祭壇奥の机で読書をしていた。


「ほう。それなりの量は採れたようだな。袋のままでいいからその秤に乗せろ」


 ソーンさんは本を閉じて立ち上がると、壁際に置かれた秤を指し示す。俺とルナは言われた通りに、麻袋を秤に乗せる。


「……ふむ。銅貨10枚と言ったところか」


 袋の重みによって動いた目盛りを見ながら、ソーンさんがそう言う。


「え、中身、確認しないのか?」


「今回は質より量が必要だったからな。それに、ルナが目利きしたのなら一定以上の品質は確保されているだろう」


 確かに、俺が集めた薬草のほとんどは一度ルナに見てもらってるけどさ。ぶっきらぼうだけど、ソーンさんもルナを信頼してるんだな。


「ご苦労だった。これが報酬だ。今日はもういいぞ」


 ソーンさんはそう言って俺に銅貨を渡してくれた。


 ラグナレク王国発行の銅貨だ。これ1枚で、パン一つが買える。正直なところ、多すぎるくらいの報酬だ。


「こんなにもらっていいのか?」


「ルナを護衛してくれた代金も含んでいる。気にせず取っておけ」


 そこまで話すとソーンさんは踵を返し、また机に戻ってしまった。毎日忙しいって言ってるけど、本当に忙しいのか疑問だった。


「ねぇねぇ。せっかくだし、お昼ご飯食べていかない?」


 仕事も終わったし、俺も帰って昼飯にしようかな……なんて考えていると、ルナからそんな提案をされた。


「じゃあ、お願いしようかな」


「うん。すぐにできるから、私の部屋で待っててね」


 そう言って、笑顔で台所へと消えていった。


 そんな背中を見送ってから、俺は言われた通りにルナの部屋へと向かった。


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