【旧】1.辺境騎士団とうさぎの従者
小路つかさ
第1話 二人の剣士
刺さるような真夏の陽光。
萌える緑と澄んだ清流に架かる苔むした石橋の上。
永遠の語らいかとも思われる二人の剣戟は、最初の会合からすでに一刻にも及んでいた。
やれやれ、元気なこって。
魔剣同士の戦いは初めて見るが、どういう理屈か、かち合う度に綺麗な色の光を発した。剣ごとに色が違うらしく、それは三色が混じり合う花火のようで、その美しさに目を奪われた。しかし、それも一刻も見ていては飽きるというものだ。
涼しい木陰の岩を見つけて、足先を沢の流れに浸しながら、それでも義理堅い俺はその一部始終を見届けてやるつもりだった。それは、どうやら“あちら方“も同じ思いのようで、陽の当たる中にも関わらず剣先を地面に突いた仁王立ちの姿勢で一列に並び、主人の一騎打ちの様を凝視していた。全身甲冑に家紋の入った外套姿。よくもまぁ長時間立っていられるものだな、と正直感心させられる。よほど、あの白髪の少女を思慕しているのだろう。白い全身甲冑に白い外套、おまけに白い大剣を長時間振り続ける少女なんて、まともじゃない。最初は年端もいかない女性を旗印に仰ぐ連中なんて、碌なもんじゃないとたかを括っていたが、今では騎士たちが慕う気持ちも解らんでも無い気分だ。
うちの相棒も、久方ぶりに出逢えた好敵手にご満悦のご様子だ。
それみろ、笑ってやがる。
何やら時折、会話をしているようだが、渓谷を流れるせせらぎが音を消し去り、その声までは届かない。カチン、カツン、と乾いた剣戟が聞こえる程度だ。こうやって見ていると、いかな剣豪といえど、その力は哀れなものだと思える。たった数メートル離れただけで、水の音にも勝てはしない。所詮、個人の力などその程度のものでしかないのだ。
実のところ、相棒の剣技はそれほどじゃない。それは、長年見てきて判っていた。だが、並外れた膂力、反射神経、そして持久力を武器に、どんな小技も寄せ付かせない。今までの対戦相手は、疲労を感じた頃に技に走るようになり、そして隙をつけ込まれた。だが、今回の相手の女騎士は、体力自慢なのか真っ向から相棒と打ち合いを続けている。
この長時間、相棒と正面から打ち合い続けるなんて、まともじゃない。否、流石というべきか。辺境制覇を進める騎士団の女団長、白い髪の“剣の姫“の噂を聞きつけて、この橋で待ち受けた甲斐があったというものだ。
もしかすると、これで見納めかも知れない。
相手の体の中心線を目掛けて振り下ろされた互いの剣は、パッと鮮やかな火花を散らし、鍔迫り合いに移った。白髪の騎士と桃色の毛の相棒は、背丈も年齢も同じ程度に見える。大きく後ろにまとめた三つ編みの白髪も、短い乱切り状の桃毛も人間族としては、共に珍しい髪色のはずだ。ま、それ以上に、この戦闘の様相の方が珍しいとは思うが。女騎士の纏う煌びやかな全身甲冑とは違い、相棒の甲冑は身体の一部分しか覆っておらず、左右不均等の歪なものだ。そして、武器は二刀流。細身の長剣と、パタと言ったか、肘まで覆うガントレットと細身の剣が一体化したものだ。相棒のそれは、十字の形状をしており極端に短く、パンチングダガーに近い。普段は馬鹿力で蛮族を殴り倒すように戦うのだが、白髪の騎士の膂力が尋常でないのか、それら二本の剣を支えに剣圧に堪えていた。
正直、これには驚いた。力負けするタマじゃないはずだ。
橋桁が邪魔で全容が見えないので、俺は沢から足を抜いて高い岩に飛び移った。
なるほど、足技だ。剣を捏ねるようにしながら、踵や膝に圧をかけて力が入らないようにしている。今まで相棒の力押しの剣技しか見て来なかった性もあり、これには正直なところ感動を覚えた。白髪の騎士はバケモノではなく、どうやら本物の達人らしい。騎士たちが割って入らない様子から見て、下手すりゃこの中で一番の腕利きなのかも知れない。
これで、本当に終わりかも知れない・・・。
苔むした大きな岩から石橋の欄干に飛び移ると、俺は、二人の殺伐とした語らいに水を差した。
「終いだ。もうじき雨も降る。続きはまた今度にしよう」
二人からの返答はない。地味な動きだが、互いに体勢を崩そうと全身全霊を込めて技比べの真っ最中。倒されたり、剣を取り落としたりすれば、きつい一撃を喰らうだろう。
「なぁ、後ろの皆さんもキツかろう。橋はもう渡っていただいて構いませんので、もう終わりにしませんか?腹も減ったしよ」
騎士たちは、互いに何かを語り合っている素振りだ。彼らの後ろには、数百人から一千人近い兵士たちが控えている。行軍の最中、ここらで唯一の橋で通行を邪魔した俺らには一泡ふかしてやりたい気分だろうが、実際時間の方が大事なんじゃないかい?
「名誉ある一騎打ちに横槍を入れるな、うさぎ族の道化よ」
「橋の通行を邪魔し、一騎打ちを条件としたのは、其方らだろう。勝手な言い草に、こうして団長がお相手なされたのだ。それを今更なんだ、怖気付いたのか?」
いや、分かってますがね。失礼で気分屋で不条理な奴だと言うことは。これでも、こちとらお前らよりも歳上ですしね。
「ウサちゃんはぁ・・・黙っていてぇぇぇ」
二人の中心で三色の閃光が走り、弾けて押しのけられるように互いの体を引き離した。瞬時に体勢を整えた二人は、同時に踏み込み、上段からの渾身の一打を浴びせ合った。
二人の気迫と殺気がまるで爆発でもしたかのように、激しい閃光が二人の間に発生した。間近にいた俺の瞼は、閉じたところでその光を遮る事もできない。
「凄まじく強烈なフレクシン光だ。姫!やりすぎると魔剣が融解するぞ」
「桃毛のは、両方とも魔剣なのか?」
壮絶な光が渓谷の木々を真横から照らし、影を落とす。
そして、光は消えた。だが、焼きついた光の残像で何も見えない。
視界の脇で見るように、視線をずらして確認すると、ぶつかり合った両者の剣は、なんと石造りの橋に突き刺さっていた。
「ふぬ、抜け・・・ないッ」
相棒が間の抜けた声で呻く。屁っ放り腰で二本の剣を抜こうと悪戦苦闘している。馬鹿がバレるから、やめてほしい。
「やめろ、刃こぼれする・・・って魔剣はしないのか。一度落ち着け、休戦だ」
「やだ!やめない!最後までやる!」
「駄々をこねるな。なんだ、こりゃ?石が溶けたのか?杭とハンマーを持ってくるから、それで石を砕けば抜ける。いいか、ここは、引き分けだ。今度はこちらが相手の希望を叶える番だ」
「なんで、こんなに強い人なんだよ!なんでよ!」
見た目、十七歳かそこらの大きい少女は橋の中央にへたり込んで泣き出してしまった。
「先程のお言葉に甘えて、ここは通らせていただきます」
白髪の女騎士が俺に言った。その口調は控えめで上品だが、反面、こちらの意思は確認しない話ぶりだ。俺の苦手なタイプかも知れない。先程まで死闘を演じていたというのに、もう相棒の事はすっかり忘れたかのようだ。
「我が相棒のわがままにお付き合いいただき、心よりの感謝を。そして願わくば、再戦のご機会を賜りたく・・・」
「おのれ、まだ言うか!止めに入ったのは其方だろう」
囲んできた騎士たちに詰め寄られる。騎士ともあろう方々が、うさぎ一匹の戯言にむきになるとはいやはや、大人気ないぞ?
「姫、だから申したのですぞ。辻斬りなど、まともに相手にする必要はないのです」
「今は先を急ぎます。その気があるのならば、一度私の元に来なさい。ただし、次は私たちの戦争が終わるまで待っていただくわ」
「なん・・・姫!何故、かような・・・」
姫と呼ばれる女騎士は、騎士たちの抗議もどこ吹く風。従者に剣を抜くよう指示をして、自身はさっさと橋を渡って行ってしまった。魔剣のぞんざいな扱いといい、壮絶な一騎打ちの理由にも、貴族に対する無礼な行いの責任にも触れず・・・この清々しさは何だ。なかなかに、男気のある女騎士じゃないか。
騎士たちからは憎々しげな、ズサっと刺さるような視線を向けられた。騎士たちが通る間は生きた心地がしなかったが、後続の軽装備の兵士たちからは、散々といじられた。
「かわいい嬢ちゃんなのに、姫のように強いんだな!」
「言葉を話すうさぎは初めて見たぜ、よく見ると普通のうさぎとはちょっと違うんだな」
「当たり前だ。ブーツを履いて人語を話す野うさぎがいたら、逆に教えて欲しいもんだ」
「うわ、もふもふだぜぇ!」
「やめ・・・あはははっ!この野郎!」
「剣を抜くのを手伝ってやろう」
「姫と渡り合って、よく生きてたな、すげぇよ」
言葉使いから、ここ辺境の地場の人たちだと知れた。この橋を渡って北上していく流れだとすると、目的地は“山の民“の領地だろうか。尋ねたところで教えはしまいが、物は試しと聞いてみる。
「あぁ、山の民を攻めに行くところだ」
あっさり教えてくれた。
ロバに荷を乗せた最後尾の連中を見送ると、渓谷は再び清流と鳥の声に支配された。
一年ほど前に、騎士団は西からやって来たという。それから、辺境の豪族や僭主たちを掃討し、新たな秩序をもたらしていると、もっぱら評判だった。騎士団が治める土地の者から意見を聞けば、総じて好評価、と言っていいものだった。騎士団長は、白髪の少女。白い魔剣と白い甲冑を纏い、凄まじく腕が立つと言う。その噂を頼りに、俺たちは北上する騎士団の行く手を先回りして、ここらで唯一の橋の上で通せんぼをしたわけだ。
その腕前は、噂通り尋常でない事はよく判った。
だが、山の民は武勇に長けた者たちだ。兵数だって、一万は超えるだろう。たかだか一千程度で山の民の本拠地を落とせるとは思えない。本人たちだって、それは判るだろうに、騎士は陰気だったが、地場の兵士たちは妙に明るく、垢抜けていた。信頼、しているのだろう。あの、姫と呼ばれていた女騎士の戦い方を。
いずれにせよ、次なる目的地が決まった。
「もう、しょげるな。再戦の申し込みに行くぞ」
へたり込んだまま静かになった相棒の肩を揺すると、鼻提灯を拵えながら眠っていた。
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