第14話 迷宮の流れ星



「忘れてたな」

「そういえば居たんだったわね……」


 一旦議論を中断し、二人して視線を向けるのは重そうな本棚だった。


「きっと、駕籠の鳥ならぬ書架の兎は決死の覚悟で叫んだに違いないわ」

「まあ、実際既に死にかけているんだけどな」


 ひどい話だと思う。

再度本棚を足場にして上から覗き込むと、巨大兎が心なしか縮んで見えた。

私たちが議論している間、そして現在も進行形でかのボス兎は飛び出す本に全身を余すところなく殴られ続けている。


「ラピッドラビットの親玉で、どうやら巨体に似合わず素早さ自慢らしいが、囲い込んでしまえば何て事は無かったな」

「貴方が特殊過ぎるのよ……」


 文字通り高見の見物状態で吐かれるナツメの言葉にはさすがに同意出来なかった。

迷宮の魔物というのは、一切外界へ出る事が出来ず、外界の魔物と違って自分達のテリトリーを荒らされない限りは基本的に悪さもしない。

彼等からすれば、私達の方が招かれざる客で、排除すべき対象なのだ。


「今では緊張感の欠片もないけれど、出会い頭に背後を取られたあの瞬間は目を見張った。大きな生き物はもっとのんびり動くものだとばかり思い込んでいたし、慢心もあってあそこまで見事にしてやられるとは思っていなかったから驚いたわ。もし、私が一人で対峙したならば、大怪我は免れなかったと思う。お互い生死がかかっているんだから、甘く見てはいけないわ」

「ふ~ん、まあそういう考え方も否定はしないけどな」

「勿論、だからって倒すのを躊躇するわけじゃないわ。倒すならきちんとこの手で倒すの」

「んじゃあ、まあ、今回はトドメはお前に任せた。さっきは俺がかっさらってしまったからな」

「ふふん、任せなさい」


 漸く、本当に漸く私の見せ場がやってきたと胸を張る。


「問題は、兎のあの素早さね。今は捕らえられて身動きが取れない状態だけど、解き放てば厄介だわ」

「それなら、こっちであいつの動きを制限してやればいいんじゃないのか? どんなに素早かろうが、動きが予測出来さえすればそれは脅威じゃなくなる」

「そんな事が出来るの?」

「ほら、猪なんかの狩りでよくあるだろう? 囮役が罠や仲間の待つ場所まで獲物を誘導して、待ち構えいたやつが仕留めるって作戦」

「なるほど、ナツメが囮になるのね」

「ちげーよ! ったくお前は、人の話を最後まで聞けっ。俺が本棚で兎の移動ルートを制限する。お前はその通路の出口で武器を構えて待機、出てきたところを一撃で仕留めろ」

「それなら武器は刺突系の貫通性の高いものがいいわね。例えば……そう、槍とか」

「出来るのか?」

「ふふん、任せなさい」


 しっかりと頷いて見せると、ナツメは指を鳴らして一旦兎への攻撃を止め、次々に本棚を出現させてあの大兎がギリギリ通れるくらいの通路を作った。

その先で私は待機だ。


「次に通路の入り口を塞いでいる本棚を消す。俺が指を鳴らすのが合図だ」

「了解」


 息を吸っては吐き、深呼吸を繰り返して集中力を高める。

耳に届くのは本棚のバリケードを抜けようと兎が本棚に体当たりをする音のみだ。


 何をするでもなく、その数を数えた。


 いち、にぃ、さん……!!



 ――パチンッ。



 ナツメが指を弾くその音は、やけに大きく聞こえた。

壁の一角が消失すると同時に巨大兎は脱走を開始したようで、地響きがする。


 瞬く間に近付いてくる足音に私は覚悟を決めた。


「……そこ! シューティング・スター!!」


 こちらから見て、湾曲した通路の先に兎の姿を視認した途端に私は短く唱えて武器を形成する。

ジャストタイミングだった。


 喚び出した武器を前に突き出した瞬間、自由を求めた兎が目の前を過よぎる。


 闇・火・水・風・土・光・無。

七系統の魔力を宿し、六芒星の形をしたそれは深々と兎の肉を抉った。



「ギャシャアアアァァァ!!」



 耳を塞ぎたくなるような、断末魔の叫び声が天井を震わせる。

しかしそれでも私は手を弛める事なく、長柄を握り込み、足を踏み込んでぐりぐりと回すようにしながらさらに押し込んだ。


 それが致命傷となり、兎は力無く地に倒れ伏す。


「作戦成功、だな」

「このくらい、当たり前じゃない」



 知らずに滴っていた額の汗を拭えば、トンと肩を叩かれる。

白い歯を見せて笑うナツメに当然だと返した。




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