第13話 放置プレイ
「聞いた事が無い魔法ね」
「あ~、魔法とはちょっと違うな。俺のユニークスキルなんだ」
本を召喚し、操る魔法なんて聞いた事が無い。
そう言うと、ナツメは自分の頭を掻き混ぜながら答えた。
どうやら、説明はあまり得意ではないらしい。
「固有の、スキル?」
「そう、俺だけの」
世界に一つだけ。
ナツメはそう言い切った。
ちょっと珍しいだとかそういうレベルではなく、使えるのは自分だけだと言う。
「ふ~ん。じゃあ、あの本は世界のどこかの書庫から転送されてきたのね」
「それもちょっと違うな。あれはどこかにあった本であって、そうじゃない」
「どういう事?」
「俺が召喚しても、世界のどこだかにある本は消えない。ここにあるのは、本物であって本物ではなく、レプリカであってレプリカではないんだ」
本棚の間に閉じ込められた巨大兎が暴れる度に私の思考力が鈍る。
ナツメの言葉は謎掛けのようで、難解だった。
「例えば……そうだな。その昔、呪いの本と呼ばれる本が実在していて、その多くを南の皇国・アイヒベルガーの魔法師団が封印したってのは、お前も魔法使いの端くれなら聞いた事くらいあるだろう?」
「生憎、座学は不得意だから全く記憶に無いわ」
「お前……。まあいい。その封印された呪いの本なんだがな、俺はこの能力を使えば封印前後どちらの状態でも喚び出す事が可能なんだ。同じ理屈で、現在その存在が抹消されてしまった本も俺には召喚する事が出来る。逆に、俺が召喚した本が消失・汚損・破損したところで、いつか何処かに実在した本は消えないし、破れも汚れもしない」
やはり、ナツメの話は眉唾物だった。
やたら規模が大き過ぎて、信じきれない。
「別に今すぐに信じられなくてもいい。後で幾らでも実証しようがあるからな。それより、だ。今は物理的にコイツを操れるって事を実演しよう。……クラッシュ・ラッシュ!」
パチンとナツメが指を鳴らすと、本棚の囲いの内側に変化が現れた。
これまで、ただ静として巨大兎の動きを封じるのみだった書架が反撃に出る。
そこから聞こえてくるのはボコボコという、断続的に何かが打ち据えられる音だった。
「……と。そこからだと見えないよな」
もう一つパチンとナツメが指を鳴らすと、私の視点がグッと高くなった。
足下に本棚を出現させたらしい。
高い視点からは、巨大兎に今まさに訪れている不運がよく見えた。
本棚から次々に飛び出してくる本に、全身をとめどなく甚振いたぶられている。
まさか、巨大兎とてこんなにも本に打たれようとは思いもしなかったに違いない。
ただのイタズラと言って済まされない程度には、飛び出す本の破壊力は強かった。
「このスキルは防御だけじゃない。攻撃に利用したり、足場として利用したり、幅広い」
ナツメがパチンと指を鳴らせば、本は意のままに動く。
時間さえ気にしなければ、このまま嵌め殺してしまう事すら可能なのだから、敵にとっては驚異と言ってもいい。
今のナツメは考古学者と言うよりも、手品師か何かのように見えた。
「さてと。俺のスキルの説明はここまでにしておいて。俺もさっきから気になっている事があるんだが、いいか?」
「ええ」
サッと本棚の上から飛び降りて頷く。
頷いたのと同時に、たった今まで足場にしていた本棚が背後で消失したのが判った。
きっとナツメが消したのだろう。
「お前のその手のものは何だ?」
わざわざ前置いてナツメが指差すのは、私の武器だった。
何かと問う声に逆に何を今更と首を傾げてしまう。
「これ? だからさっきも言ったでしょう? これが私の武器だって。もう忘れたの?」
「だから、そうじゃなくて! その配色は何だよ!?」
忘れるのが早過ぎじゃないかと言えば、ナツメは地団駄を踏んだ。
一方、私はというと配色と言われ、ようやく合点がいく。
「ああ、これね。あのボスモンスターの弱点属性が判らないから、全部宿しておけばどれかは弱点だろうと思って。無系統を除いた六系統を左右の剣に三つずつ宿したのよ」
「一本の剣に同時に複数系統を盛れるなんて聞いてねーよっ! だいたい、それにしたって何でその組合せなんだ!? 右なんて、赤白青で床屋のサインポールかよ!? しかも、ご丁寧にウネウネ動いてるし!」
「サインポール……?」
またしてもよく解らない例えを口にされ、逆に疑問に思ってしまう。
ナツメが何かすごいカルチャーショックを感じているという事だけは理解出来たけれど、何をそんなに騒ぐ必要があるのだろうか。
「右は火・光・水を、左は風・闇・土系統を宿しただけよ? 普通でしょう?」
「左は左で緑・黒・黄で虫っぽいカラーになってるだろうが。どこが普通だ? どんなセンスだよ!?」
「別に色なんてどうでもいいでしょう? 相手に有効打撃を加えられればそれでいいのよ。倒せばいいの。だいたい、貴方には関係ないじゃない!」
「いいや、関係あるね。戦闘中にサインポールがチラついたら気が散る! 戦闘中、虫型モンスターの脚のようなものがチラついたら敵かと思うだろうが!」
議論は平行線を辿った。
戦闘に支障をきたすと言われてしまえば、こちらも一考せねばならないけれど、果てしなく面倒くさい。
これが、赤の他人とパーティーを組む弊害なのだろうか。
「……お互い、どうあっても譲らないつもりのようだな」
「そのようね」
「斯くなる上は……」
「ギャーーーー!!」
それは、さながら放置プレイに対する抗議の声のようだった。
「あっ……」
私とナツメの声が完全に重なる。
口論を続ける私達の間に一際大きな魔物の悲鳴に割り込まれ、ようやく思い出したのは今がボス戦の真っ最中だという事実だった。
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