第9話 ナツメの武器コレクション
「……は?」
「いや。だから、ギルドで出会ったのがシャンヌで良かったって言ってるんだよ」
阿呆のように口を半開きにして思わず聞き返してしまったのは、仕方の無い事だと思う。
「もしかして、貴方まだ仲間になるつもりなの?」
「そうだけど? 何か問題でもあるのか?」
至極当然のように頷かれて、真っ先に感じたのは喜びなどではなく、戸惑いだった。
「……貴方の戦闘力が今もって不明なのは置いておくとしても貴方、あの魔法鞄をちらつかせれば大抵の探索者たちは諸手を挙げて歓迎する筈よ。なのに、どうして……」
「そいつらが欲しいのは、俺じゃなくてこの鞄だろ? 下手に強い奴に取り入ってみろ、すぐに身ぐるみ剥がされてポイだろ?」
「そうだけど……」
「それに、お前の戦い方を見て、俄然興味が湧いたんだ。魔法剣士、格好いいじゃないか」
「魔法剣士がいいなら、私なんかより、他を当たった方が賢明よ? 魔法剣士は絶対的に人口が少ないから、捜すのは大変でしょうけど、さっき貴方自身が口にしていたイメージに近い人間がいない訳じゃないわ」
これはナツメの為を思って言ったつもりだった。
けれど、私の言葉を聞くなり彼は苛立ちを隠しもせず言葉にならない声を発しながら頭を掻き毟った。
「あ~、ちっくしょう。何で分かんねぇんだよ!? 俺は仲間にするならお前がいいって言ってんだよ! そのくらい察しろ!」
「だったら最初からそう言いなさいよ!」
売り言葉に買い言葉だ。
自分の気が短い事など、誰かに指摘されるまでもなく自覚している。
叫ぶと同時に、私たちを目掛けてまたも特攻を仕掛けて飛んできたコウモリを左手の剣で叩き落とす。
懲りないものだ。
だけど、それは私にも言える言葉だ。
さっきから、出会ったばかりの男の一言に一喜一憂し、こんなにも心を揺さぶられている。
「男ってのは、不言実行が信条なんだよ。皆まで言わせんな、がさつ女」
「悪かったわね、インチキ考古学者」
「インチキ言うな」
異世界から来た、という言葉はやっぱりにわかには信じがたい。
けれど、こうした軽口の応酬の中で、彼の思想が垣間見えるたびに、こことは全く異なる文化圏で彼は育ったのだろうと感じる。
オールドバラでは、女だとか男だとかなど関係無い。
男も女も戦えなければ生きていけないのだ。
近隣諸国では女性は淑やかに、綺麗に着飾って後方で男性に大事に守られているのが常だと聞いた事がある。
そういう国の人たちから見れば、この国に住まう女性たちは野蛮に見えるのだろう。
この国以外のところで生まれ育った。
そのくらいなら、信じてあげてもいいと思った。
「貴方が私の下僕になりたいという事はよく分かったわ」
「下僕じゃねえ。上下関係おかしいぞ、コラ。仲間だ、仲間! 対等な関係だよ。そこを履き違えるなよ」
「だけど、私はまだ貴方が仲間と呼ぶに足る人間かどうか、決めかねているわ。まだ、貴方の戦い方をよく見ていないもの」
一回目の戦闘では、恥ずかしながら自分の周辺に意識を割き過ぎていて、ナツメの方を殆ど見ていなかった。
二体を倒して視線を遣ったら既に解体中で、どうやら何か戦える手段を持っているらしいと推測出来ただけだった。
そして二回目の戦闘。
これは話している最中に構って欲しそうに邪魔をしてくるコウモリが邪魔だっただけで、ばっちり二回目としてカウントしていいのか微妙だけれど、彼の武器は見る事が出来たので、一回目よりはマシかもしれない。
「貴方の武器はその本で間違いないのよね?」
「ああ。別にこの本限定って訳じゃないけどな。気分によって変えたりもする」
確認するように問えば、ナツメはしっかりと頷いた後に補足情報を付け加えてきた。
「その本は特別製じゃないの?」
「いや、別に?」
「鉛でも仕込んであるのかと思っていたのだけれど……」
「そんな物を仕込んだら、読む時に重くて不便だろう?」
「え、読むの?」
「当たり前だろう! 本を何だと思っているんだ?」
「それは、貴方が言うべき言葉じゃないわよ」
てっきり、彼の中で読む用のものと叩く用のもので二種類の本があり、戦闘にのみ使われる本があるのだと思っていた。
しかし、どうやら違うらしい。
「これとか、頭を叩くにはうってつけだぞ」
そう言ってナツメは古代文字らしき言語で書かれた何かの専門書を取り出して見せてくる。
分厚いそれは確かに鈍器として役立ちそうだ。
「あと、これは雑誌と言って男のロ……何でもない。今のは見なかった事にしてくれ」
ナツメが鞄から取り出す本は、大きさも形もジャンルも様々だった。
一部、子供の頃に読んで今はもう家にはない絵本を見せられ、懐かしい気持ちになる。
最後の本だけは、出した瞬間に何故か血相を変えて仕舞われたせいで、よく見えなかった。
チラッと見えた感じ、表紙にやたら肌色の部分が多かったような気がするけれど、何だったのだろう?
余程、危険な本だったのだろうか。
「何にしても本で魔物を殴る学者だなんて、前代未聞だわ」
結局、最後の本についてはどんなに訊ねても頑なに口を割らなかったナツメに、恨み節も込めてわざと嫌味ったらしく言う。
中途半端に隠されると気になるじゃないの。
けれど、ああ言えばこう言うタイプのナツメは、全く悪びれた様子も無い。
「珍しいものが見れて良かったな。ちなみに、さっきは咄嗟に右だけで対応したけれど、俺も本来は二刀流だ」
「両手に本を持って、魔物をタコ殴りにする学者ってどうなのよ……」
「嘆いているところ悪いが、お前も大差ないからな」
学者といえば、「知識は宝だ」とか主張しつつ、ものすごく大事そうに本を抱えているイメージだ。
しかし、ナツメは本が傷むだとかそういう事は全く考えていないと思う。
私の立場から言わせてもらうならば、こちらはもともと武器カテゴリーに属するもので戦っているのだから、一緒にしないで欲しかった。
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