第8話 シャンヌの剣



 この場合、殴るという表現が正しいのだろうか?


 私は魔法で出現させた剣で、ナツメは魔法鞄から引っ張り出したらしい分厚い本でコウモリを倒した。

共に一撃だ。


 個体数が多く、基本的に放っておいても無害あるいは極めて軽微な害しかないコウモリは普段、探索者たちになかなか相手をしてもらえない。

素材を集めて売ったところで、子供のお小遣いにすら心許ない金額にしかならないので、普通はわざわざ倒して回る必要がないのだ。

と、それはそれとして。


 視界に捉えたナツメに叫んだ。


「お前もか!」


 学者なら、もっと高尚な戦い方があるだろう。

例えば、アーティファクトを利用するとか。

なのに、予想や期待を裏切ってナツメはコウモリをあろうことか本でぶっ叩いている。


 あまりの驚愕に、涙も引っ込んだ。



「あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてないわよ!?」

「あ、わりーわりー」


 あんなに悩んだ時間は何だったのか。


「貴方、ちっとも反省してないでしょう?」

「いや。でもまあ、言い忘れたのはお前も一緒だし、これでチャラでいいんじゃないか?」

「私は言い忘れた訳じゃないわ。さっきも言ったでしょう、貴方のせいで言いそびれたって」

「まあまあ、細かい事はどうだっていいだろ? それよりその武器、ちょっとよく見せてくれよ」

「……もういいわ」


 いい加減なナツメの言葉に、何だか色々な事が馬鹿らしく思えてきて、投げやりに手中のそれを差し出す。

もとより、ばっちりと目の前で披露してしまってはこの後に及んで隠す意味など無い。



 ――ブォォオン。


 赤い光を宿したそれは、私の心の動きに反応するかのように一度だけ強い光を出しながら明滅し、ナツメの手が触れるやいなや、光度を落とす。


「へえ、近くでよく見たら刀身も実体があるのか。柄の部分は……、駄目だな。材質が判らない。……しかし、この棍のようなフォルムといい、遠目に見る分には某映画で見覚えのあるアレにそっくりだな。昔、ペンライトを持ってよくチャンバラごっこをしたっけ。懐かしいな……」

「えいが……? ペンライト? ちゃんばら……?」

「ああ、わりー。こっちの話だ」


 遠い目をしながら語られる話の半分も私には理解する事が出来なかった。

辛うじて呑み込めたのは、私の武器が彼の知っている何かに似ているらしいという事だけだ。



「この武器、名前は何て言うんだ?」

「フレイムセイバー」

「じゃあ、そっちの青いのは?」

「アイスセイバー」

「……魔系統によって名前が違うのか。ちなみに、光系統になったら何て言うんだ?」

「……えっ? ライトニングセイバーよ?」

「惜しいっ!」


 駄目だ。

やっぱり何がどう惜しいのか私には全くもって理解出来ない。


 地団駄を踏んでいるくらいだから、ナツメ的にはかなり悔しいのだろうが、私はそんな事よりも自分の武器の事、ひいては私の事なのにナツメが一人で納得して頷いているこの状況が気に入らなかった。



「この武器は私が発案した魔法で造り出した、完全オリジナルよ。それを言うに事欠いて他に似ているものがあるだなんて。何だかケチをつけられたようで不愉快だわ」

「ああ、別にパクリだとかそんな事が言いたい訳じゃない。これ、魔法で出してるのか?」

「ええ、そうよ。ほら……。こんなふうに、自由自在に……グランドセイバー、ダークセイバー」


 私が心の中で消えろと念じれば、魔双剣は一瞬で霧散する。

反対に、出て来いと念じれば一瞬で形成される。


「スタイリッシュさでいえば、こっちの方が上かもしれないな。……そうか、シャンヌはただの魔法使いじゃなくて、魔法剣士だったんだな」

「魔法剣士?」

「ほら、稀に魔法と剣士を織り交ぜて戦う奴っているだろう? シャンヌはその一種なんじゃないのか?」

「確かにそうとも言えなくはないわね……」


 持っているのが金属製の剣ではなく、自分の魔力を練って造り出した武器という点に違いがあるが、まるっきり別物という訳でもないように思える。


 魔法剣士といえば、下手にやれば中途半端のどっちつかずな役立たずになる者が多く、実戦レベルで活躍する者は私の知りうる限りでは皆、超エリートだ。


 それ故、どこか一線を画する存在と見ていたのだけれど、どうやら意外なところに身の落としどころがあったらしい。

奇しくも、それに気付かせてくれたのが、未だ正体のよく判らない男だという事実は少々不服に思うが、今は目を瞑るとしよう。


「まあ、俺のイメージだと、魔法剣士っていや、羽根帽子やら、真っ赤な外套を身に纏った如何にも金持ちっぽいキザ男だから、シャンヌとは真逆だけどな」

「確か、アイヒベルガーの近衛騎士団長がちょうどそんな感じだったわね……って、失礼ね! 誰がド貧乏よ!?」

「お前が貧乏なのは事実らしいが、そうは言ってないだろう? しかし、そんな奴が本当にいるのか……」

「ふんっ、悪かったわね。イメージ通りの魔法剣士でなくて」



 ナツメ相手に見栄など張っても仕方がない。

我が家は常に財政難状態にあるとカミングアウト済みなのだから。


 開き直りつつも、もう少し物には言い様があるだろうと頬を膨らませる。

どうせ明日からまた明日から当面の間、一人で探索を続けなければいけないのなら、せいぜい今日くらいしっかり稼いでおこうと思った。


 初心者向けのこの迷宮では、大金を稼ぐ事は難しいけれど、ナツメの魔法鞄があれば仕留めた魔物は全て持ち帰れるのだ。

少なくとも、数日分の食料は確保出来る。

謎草、謎茸のレパートリーを考えなくてすむのだ。


 肉のある食生活は素晴らしい。

それだけで食卓が華やぐ。

あの歯ごたえ、肉汁、香り、どれを取っても肉に勝るものは無い。


 私の意識は既に、無事に帰った後の食事に向けられていた。

貧しくとも、とりあえずお腹いっぱい食べられるなら幸せだと思う。


 そんな事を考えていたから、ナツメの次なる言葉に対する反応が遅れてしまった。


「別に? 俺はシャンヌで良かったと心の底から思ってるけど?」


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