アルトマインド
@Project_AM
J
1人、小さな子供が瓦礫の山に蹲っている。見た目は小学4年生ぐらいだろうか。年齢的には3年生かもしれない。
死んだように座り遠くを見つめている、そこに涙はない。ただ、年端もいかない子供のする表情でもない。俺が今認識し把握しているどの顔でもない。故にそれを把握しようと考えた。
「坊主、そんな所で何をしている。親はどうした」
その紺碧の瞳が真っ直ぐに俺を見つめている。澱みない、澄んだ目だった。なのにその目は悲愴感を漂わせ希望などの輝かしい美しさは何一つない。
瓦礫の山、スクラップ置き場に相応しい。この少年に抱く印象はそんな所だ。俺はこの少年をそのように定義付けた。
その少年は小さく、ボソリと俺に向かってこう言った。
「おじさんも、ゴミなの?」
「……!」
その時俺が今まで感じたことの無い初めての感覚を味わった。皮膚が粟立ち、ゾクリと背筋を撫でる悪寒を感じた。
それに俺は1歩、無意識に足を引いた。それにより瓦礫の山がガラガラと崩れ、少年は落下する。
間違いなく死ぬだろう。このままなら骨を砕くには十分すぎる運動エネルギーで頭から落ち、仮に一命を取り留めたとしても二度と動く事は叶わない、俗にいう植物状態に陥る。
少年は手を伸ばさない。その事実を、落下死するであろう事を本能的に理解している。然しその心臓の鼓動や様子は驚く程落ち着いていて、焦りや後悔の念は一切見受けられない。
勿論、機械である俺にそんな事を感じる事は出来ない。全部心拍数や脳波を検知して得られた情報だ。そんな紛い物の、作り物の俺でもわかるあの少年の生への執着心の無さに俺は何故か惹かれた。何かを期待した。作られて初めての感情だ。
俺は雪崩のように崩壊するゴミを蹴り、正確には空気の壁を蹴りつける反発力で前へと加速した。そのまま少年を抱きかかえて地面へ着地する。少年は依然としてどうでも良さげな顔で俺を見つめていた。
「坊主、大丈夫か?」
「坊主じゃない。ヴィヴィド・メサイアって名前がある」
「そうか、メサイア。悪いがまだ少し振り回すぞ。耐えろ」
俺はそう言って前方へ回し蹴りを行った。そこには柔らかい肉があり、中で何かが破裂した事を感触で理解する。推測では胃袋か肝臓が破壊されたのだろう。そしてそれは勢いよく横へと飛んでいった。
その私服を着用し一般人に扮していた敵意ある人間を問い質した。
「何故少年を狙う?」
「………」
無言、そしてなおも抱き続ける敵意。口から零れる赤い液体を地面に吐き捨て恨めしそうにこちらを見つめている。
「……足を踏み潰す。それでこの人は完全に動けない。それに多分だけど連絡装置をもってる。それも壊してここで気絶させる。僕らは逃げる。これがこの現状の最適解だ」
それを言ったのはメサイアだ。その驚くほど冷徹かつ最善とも呼べる答えを口にして、敵をしげしげと観察している。
合理的な意見に俺は首を縦に振った。
「承知した」
敵の脚部を粉砕骨折させる。これで追いかけて来れない。苦痛に歪む顔の顎部を殴って意識を昏倒させた。そして胸元に入れていた通信機器を握り潰し、本気で走ってその場から逃走した。
走りながらメサイアに質問する。
「何故あいつを殺す選択を取らなかった?」
「だって、おじさんは殺したくなかったんでしょ?」
下らなさそうに、それでいて面倒臭そうに答えた。
驚くことに正解だ。どこからその結論を導き出したのか俺には分からない。分からないが彼が恐ろしく賢い、思慮深い人間である事は理解出来た。
「君は賢いな、ちなみにいつ俺が人間でない事に気付いた?」
「最初に見た時に感情がなかった。すごく味気なくて冷たい人だと思ったけどそれにしても感情が無さすぎたから人じゃないと思った…おじさん、名前は?」
「…ない」
それにふぅん…と少し考えるように言って一言。
「ラルフって呼ぶよ」
と、少し楽しげに呟いた。
「う…っ…!」
目を覚ます。酷い痛覚とぐにゃりと歪んだ視界に吐き気を催す。
血が足りない、足は使えない。見てみれば小型の無線機もなくなっている。
意識はこの状況でも平然と思考できるように訓練されている。まるで冷たい機械のようだ。
機械といえば、あの蹴りは強烈だったがあれでこの惨状が生まれるとは到底思えない。それを、いや、なんでもいい。まずは何かを伝えることが、報告することが大前提だ。
「ぐぅ………うっ……………!」
通った道は真っ赤に濡れている。それに口からもそれが溢れている。誰かに、誰かに伝えないと…
ゾクリ、身体が震える。本能的な恐怖が体を縛りつけ、皮膚を粟立たせる。
すぅ、そんな音が聞こえた。その後に響くのは物悲しい、それでいて澄んだ歌声。
────よく響く破裂音と共に、その男の身体は文字通り木っ端微塵に消し飛んだ。
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