#001 コインランドリーの三毛猫

 八日間も雨が降り続いたので、諦めてコインランドリーに洗濯にやってきた。いつもの三毛猫が待合席で退屈そうに雑誌を読んでいる。

 私はびしょびしょの洗濯物を古びた大型の乾燥機に突っ込むと、抱えて持ってきた地球儀を三毛猫に見せた。

「これもう動かないみたいなんだけど、念のため見てもらってもいいですか」

 私がおずおずと頼むと、三毛猫は迷惑そうに雑誌から目を上げた。

「もう部品も作られてないし、修理といっても限度があると思いますけどね」

 やってみる前から文句を言う口調でぼやき、三毛猫はダルそうに腕まくりをした。

「どれどれ……」

 乗り気でない風だった割に、舌舐めずりをして、猫は地球儀をパカッと真っ二つに開いた。その中には精密な機械じかけがぎっしりと詰め込まれていた。

「これはもう絶望的だなぁ」

 猫は嬉しそうにボヤいて、鋭い爪のある小さな手でガリガリと精密な機械をひっかくように修理している。

 手の動きがあまりにも高速なので何かを引っ掻いているようにしか見えないが、これでもこの三毛猫は地球最後の職人と言われている。

 この猫が直せないならば、世界はもうおしまいだ。

「八日前に冷蔵庫の上から落としたんです。運悪く流し台で皿を洗っているときに、ドブンと水につかってしまって。それから雨が降り止まなくなってしまいました」

「そりゃあんたが悪いよ」

 猫はびしっと言って、オーケストラのマエストロがクライマックスの演奏を指揮する時のように、激しく両手を振り回し、地球儀の中を引っ掻き回した。

 壊しているようにしか見えない。

 それでも猫は最後によぅしと満足げに低く言うと、そうっと地球儀を閉じて元の真球の形に戻した。

 コインランドリーの机の上に猫が慎重に地球儀を置いて、肉球のある手で回転を加えると、地球儀はゆっくりと回り始めた。

 その広々とした青い海洋の上には薄い雲がたなびき、赤道付近にはいくつかの渦巻きも見えた。台風やハリケーンだろう。

 私の住む街の辺りにずっと垂れ込めていた厚い雨雲はもう消えていた。

 猫は仕事を終えた後、嬉しげにペロペロと自分の手を舐め、目を細めている。

「まぁこんなもんで、だましだましあと何年かは保つだろう」

 猫はそう請け合った。

「ありがとう。こうも大雨続きでは洗濯物を乾かすのにも、いちいちコインランドリーに来なくちゃいけないし、本当に大変だったんですよ。これで明日からは洗濯日和になりそう」

「次は鰹節を持ってくるんだろうね?」

 猫の一言に私は苦笑してうなずいた。

 やっぱりタダと言うわけにはいかないか。

 猫が雑誌に目を戻し、のんびりと読みふけり始めた頃、私の洗濯物が乾燥機で乾き、ピーピーとうるさいアラームが鳴った。

 熱々の洗濯物を取り出して、大きなビニール袋に入れると、私は修理してもらったばかりの地球儀を小脇に抱えてコインランドリーを出て行こうとした。

 こっちを見てもいないと思っていた猫が、ガラガラと引き戸を開ける私の背に声をかけてきた。

「あんたももう長いけど、大変だよね。この世界の神ってやつはさぁ」

 どうも猫は私を労っているようだ。そんな優しい言葉を私にかけてくれる者はめったにいないのに。

 いつの間にか晴れ上がっていた空を見上げて、私は明日も頑張ろうと思った。誰が知らなくても私は神だ。

 それに、洗濯物さえカラッと乾けば、私はいつでもご機嫌に生きていけるのだから。

 大荷物を抱えて帰る道道、青い空がどこまでも続いて見えた。


END




●原案となったカード

『コインランドリーで / 三毛猫と立ち話をした後 / 地球儀を / なおしてもらいました』


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