8月26日 後編
ひとしきり雨が降ったあとの空が青く美しいように、泣いたあとの二人はつきものが落ちたように、静那の話をし始めた。もともと加恋とれものふたりで始めたバンドだが、メンバー集めは難航した。
「蕾菜はお金の話したらすぐ参加してくれたけど、静那はなかなか頷いてくれなかったよね」
恨めしげに静那を見下ろすれも。もちろん冗談だ。
「あたしがお金につられたみたいな言い方やめてくれます?」
「静那は、どうしてバンドに?」
私が聞くと、「よく聞いてくれた」とばかりに、加恋が笑った。
「ずばり、いきなりデビュー作戦」
「い、いきなりデビュー?」
「あれはもう、ほんとにうまくやったよね」
れもも笑う。
「いやいや、あれだまし討ちみたいなもんでしょ」
「でも蕾菜、あれでバンド結成できたんだからさ」
加恋いわく、これが最後のお願いと称して、二人は静那を呼びつけた。静那はしぶしぶそこに行ったのだが、実はそれは二人のしかけた罠だったのだ。もう既にライブハウスの予約も取り、まばらながら客も入っていた。静那に逃げ道はなかった。ましてあの性格だ。期待されていたら断れない性格。まだギターも弾けなかったのでボーカルのみだったが、半分自棄になった静那は一時間歌い切った。そして、ファン一号が生まれた。
期待されたら断れない静那。まんまと二人にのせられて、静那はバンドメンバーに、しかもギターボーカルに就任することとなった。
「ほんとに、あたしハラハラしながら見てたよ」
「蕾菜。静那に最初めっちゃ気遣ってたもんね。マネージャーみたいに」
「二人が全然何もしないからじゃん」
「だって蕾菜がしてくれるから」
つぎはぎだらけのバンドだったんだなあと、私はおかしくなってつい笑った。
「こうして、誕生したわけだよ高村さん」
「そうだったんだね。あ、バンド名ってなんだったっけ」
「高村さんは、質問上手だね。言ったって下さいよ蕾菜さん」
「なんであたし? 加恋が名付け親でしょ」
「ちょっと照れくさいじゃんか」
「……」
私が視線を送ると蕾菜は、「サンライズ、ね」としぶしぶといった様子で答えた。
「そうだ、いい名前ですよね。日の出、ですもんね」
「ふふ」
「あー」
加恋とれもがこらえるように笑っている。
「えっ、違うんですか」
そう問うたときだ、うめき声、私ははっと下を向いた。
「静那」
「あっ……、静那……!」
私たちは、みんな静那の方を見た。
静那は薄く目を開けてうめいている。
「なに?」
驚きを隠せないみんなを代表して、私は耳を寄せた。
「なんて」
静那は昨日と同じ、肺からこぼれるように声を出した。
——メロン、パン。
「メロンパン?」
「静那も覚えてた」
加恋がげらげらと笑う。
「なに? メロンパンって」
——ひひ……。
「れもが差し入れ買ってきてね」
ようやく、加恋が説明を始めてくれる。
「それでけんかしてね」
「メロンパンでしょ?」
「違うよ。サンライズ」
「なんで? 変だって。メロンパンじゃんどうみたって」
「メロンはパンじゃないもん!」
「太陽だってパンじゃないでしょうが!」
「神戸ではサンライズって言うんだったね」
秘密のケンミンショーでやっていたような気がする。
「うちのママが神戸出身でさ、だから家ではサンライズっていうのよね」
「それでその言い争いを面白がった私がサンライズにしようって決めたんだ」
「静那、気になったことはつっかからずにはいられない子だから」
「変なとこで頑固だったものね、この子」
——蕾菜に言われたくない。
「あ?」
「もうけんかしないで」
「あはは」
たぶん、これが静那の青春だったんだろうな。私の知らないところで、きっとこんな風にけんかして笑って、怒って泣いていたんだろう。うらやましいな。私も、そこにいればよかったな。
「ひかるも入らない? 楽しいよ歌うの」
静那が誘ってくれた時に、私も手を握っておけばよかったな。
でも、こんな薄暗い嫉妬よりも何よりも、穏やかな表情で静那が耳を傾けている。それだけで、私は安堵した。
三人が去った床梨家は、火が消えたようだった。
「静那、よかったね。友だち、たくさん来たね」
静那はまた、ゆったり眠りについている。
「よかったね」
その安心は本物だ。だけれど、私は少し醜い。人間的といえばそうかもしれないけれど、さっきは抑え込んだ感情を言葉にしたくなってしまう。
「静那には、たくさん、笑顔にしてくれる人が……」
そのときだ。
「うっ……」
静那がびくりと身体を動かした。
「静那?」
「ひ……ひ、かる」
「な、なに?」
静那はキッと鋭い眼光を私に向けたまま、しばらく口をパクパクと動かしていた。その雰囲気に圧倒されて何もできずにいると、やがて静那は「ほへっ……」と笑って、一言言った。
「ばか」
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